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Story 34. いちばんの笑顔

 アジサイの葉をゆらした(あま)つぶが、はじけて王冠をかたちづくる。

 いくつも。あちらこちらで。


 ぴとぅん……ぴとぅん……


 ()()間近の下校時間とは思えない(ほの)(ぐら)さは、空にひろがる黒い雲のしわざだった。

 憂えるような(いん)(えい)をたたえた植栽や塀のたちならぶ小道を、ふたりはあるいていく。


「ゴメン」


 とだけいって(かおる)が沈黙した。

 わきあがる不安に、()(むら)の胸はトクントクン悲鳴をあげている。

 息をこらして待った。


「……ジャマしてた。(みな)(がわ)の」


 ひまりではなく、じぶんの名前がでたことにおどろいて薫をみる。


――なんの?


「泳ぐのを、ジャマして――ゴメン」


 ぐわっと薫の肩口を、歩邑がつかんだ。


「ジャマしてない! ジャマに思ったことなんて一度もない」




 うら道がカーブした先に、古びたお(みや)がひっそりとたたずんでいた。

 ちいさな鳥居をくぐって二〇メートルほどいくと、建物がひとつだけある。

 そのせりだした屋根の下で(あま)宿(やど)りしていた。


「泳いでる皆川は、ホント楽しそうで――」


 と薫は、(のき)(さき)からしたたり落ちる雨だれを見上げる。


「きれいで。ずっとみてたいって」


 はにかんだ歩邑は、(しき)(いし)ではじける雨だれをみた。


「なのに、ぼくが教わって……」


 薫が悲しい顔をする。


「皆川の泳ぐ時間……たいせつな時間を――うばってた」


 歩邑は逆に、怒った顔をしてみせた。


「薫は、あたしの“たいせつな時間”をうばった」


 じぶんが怒る理由を――薫に知ってもらおうとした。


「けど……教わったから、じゃなくて」


 からだをポンと薫にぶつける。


「教わらなかったから、だよ」


 薫が眉根をよせた。

 意味がわからない――と訴えている。


「覚えてる? “ねったい”(エリア)で助けてくれたこと」

「……出口まで手を引いて」


 思い出して、ちょっと照れる薫。


「あたし、薫の時間うばって――ジャマしちゃった、ね」

「ンなわけないだろ! ぼくは力になれてうれし……あっ」


 薫はようやく悟った。


「あたしも――うれしかったんだよ。薫の力になれて」


 歩邑のいわんとすることを。


「ぼくの力になれるのが、たいせつな時間?」


――薫の力になれる“たいせつな時間”!


 歩邑が肩をふるわせた。


「だから――つらかったんだぞ」


 ヒック……としゃくりあげ、薫に抱きつく。

 こらえきれない涙をポロポロ落として、声をあげて泣いた。

 ちいさな子供みたいに。


「……や……だったの」

「ゴメン」


 薫がふわっと歩邑にうでをまわす。


「息つぎは、あたしが教えるの」

「うん」

「教えるのー」

「……うん」


 幼いころのままに、歩邑が泣きじゃくる。


「うあ~んん……」


 いつしか薫は、トントンと歩邑の背中をやさしくなでていた。



 どれくらいの時がすぎたろう。


「ありがと」と歩邑が顔をあげた。

()んだな」と薫が空をあおいだ。


 雲間から伸びた光のカーテンがひらき、太陽がすがたをみせた。


「胸、借りたお礼――」


 ふりそそぐ陽光に、雨上がりの景色がきらめく。


「ねがいごと、きいてあげる」


 ほんのすこしだけ考えた薫が、まえのめりにお願いした。


「皆川の笑顔がみたい」

「うん――」


 歩邑はうれしそうにうなずき――泣きはらした、ぐしょぐしょの顔で「にひひ」と笑う。


「薫よ、薫。世界でいちばんの笑顔は――だ~れ?」


 眉を(はち)の字にした薫が、消え入りそうな声で答えた。


「皆川……」


 歩邑がここぞとばかりにからかう。


「きーこえーませーん」

「み! な! が! わ!」


 身をかがめて怒鳴る、やけっぱちの薫。


「そかそか」


 といかにも満足げに歩邑は、お日さまの――まばゆい光のほうへあるいていく。

 ぴょんと軽やかに、一メートルほどの塀に飛び乗った。


「今度は――なに!」


 と薫が、お約束の質問を投げる。

 半分ふり向いた歩邑は、声にださずに口パクした。


――か・お・るー! だ・い・す・き


 逆光に浮かびあがる、ふり向いた歩邑のシルエット。

 その美しさに薫は、こころをうばわれた。


「! ……なんかいった?」

「べつに! キャハハ――」


 追いかける薫と、逃げる歩邑。

 ふたりは曲がり角の向こうに、なかよく走り去った。


 教えろって~ やーだよ――



 第三章 ハランの水泳授業

 ムジカク少女はネバギバ男子に特訓する おわり


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