Story 30. さわがしい乙女心
水泳授業の休憩タイム。
プールサイドに薫と木崎がならんですわっている。
足をのばした薫は、おでこにゴーグルをかけていた。
「ピンクにすればよかったのにー」
と、となりにきたひまりが腰をおろす。
首から下げたピンクのゴーグルがゆらりゆらめく。
「お笑い担当はイエローだろ」
「かわいかったよー」
――ぐむー
「なに、この会話……おまえら、そーゆー関係?」
と、ふたりの顔を交互にみる木崎。
「どーゆー関係?」
ひまりがニンマリと、薫の表情をうかがう。
「とりま否定しとく」
と薫はそっけない。
「えー」
ひまりの不満は、担任の合図にかき消された。
ピィーーッ!――
「クロールの練習を再開します」
渡りに船と、薫がたちあがる。
「さ・て・と――練習いくぞ」
「さっぱりわかんね」
「フフッ……」
薫はクロールの正統な息つぎを、歩邑に教わるつもりでいた。
それまでは我流でも、とにかく泳ぐ練習をしてやろうと思っている。
――んじゃ、やりますか
バシャバシャバシャ……チャプチャプ……
いままで薫は――ブザマな息つぎをみられるのがいやで、まともにクロールの練習をしたことがなかった。
はじめてとりくみ、たちまち成果があらわれる。
足をつかずにスタートから中ほどまで、すすめるようになったのだ。
これなら短期間で、ゴールまで泳げるようになるかもしれない。
だが――
薫はこの泳ぎかたを、クロールと認めていなかった。
クロールもどき。クロールに似た、別のなにか。
かりに二五メートル泳げたとしても、目標達成にはならない。
薫は――正統な息つぎを覚えて、だれもが首肯するクロールができるようになりたいのだ。
ひたすら泳ぐ薫。犬かき息つぎには、けっこう慣れた。
まわりのみんなも、もちろん木崎も――じぶんにできることを練習中だ。
こうして初級者サイドは、ゆっくりと堅実にスキルアップしていく。
いっぽう上級者サイドは、のびのびと壮快にパフォーマンスしてみせた。
歩邑の力泳。いや、爆泳と呼ぶべきか。
――ぷんすかぷくー!
仲よさげな薫とひまりが、まぶたにちらつく。
こみあげる感情を、歩邑はからだを動かすことで発散しようとしていた。
誠也とならんで泳ぐさまは、さながら競技大会の決勝。
パワフルに水を押しのける誠也と、シャープに切り裂いていく歩邑のコントラストがあざやかだった。
プールサイドにあがった歩邑は、じぶんが肩で息をしていることに気づく。
――ひまりカワイイから……
いつのまにか二五メートルを数本こなしていた。
疲労感もちょっぴりある。
――あたしなんかじゃ……
歩邑はひまりの魅力をじゅうぶんすぎるほどに知っている。
だが――
無自覚だった。
じぶんも引けをとらぬ魅力のもちぬしであることに。
むしろ歩邑は、同級生たちのあこがれの存在――話しかけることをためらってしまう高嶺の花であることに。
ムジカク少女の、ムジカク少女たるゆえん。
歩邑がおのが価値を悟るのはいつの日か。
――どうしよぉ……
「スゥーッ、ハァーー」
――ダメダメダメ! 負けないんだから……
フレッ、フレッ、あたし!
援羽のおまじない。
すこしだけ、気持ちの整理と切り替えができた。
練習している薫に目をやる。
――フレッ、フレッ、薫!
課題は息つぎだぞ
△ △ △
へやで机に向かい、なにやら書きつけている歩邑。
ノックする音がした。
「なに~?」
ドアから顔をだした早倉が、
「お風――勉強してるの? じゃ、さき入っちゃうね」
「わかったあ」
歩邑は時間をわすれ、夢中になっていた。
両手をグッとのばし、ひらいたノートをかざす。
「でーきたっと! にひひ」
ページの最上部に、こう書いてあった。
息つぎ特訓スペシャル計画表――
▽ ▽ ▽
薫が顔をあげて息をすうのがみえた。
頭部を水から出して呼吸をするのは、水泳を習ったことのない人にとって――たしかに、もっともわかりやすい息つぎのやりかただろう。
――いまの薫に足りないもの、なーんだ?
歩邑はいつかと同じように、問いかけた。こころで。