Story 29. 解けないナゾナゾ
三度目のスタートをきった薫が、ついにやってみせた。
お世辞にも、カッコイイとはいえないシロモノだった。
クロールの途中に、犬かきのような動作をくわえた――オリジナル息つぎスタイル。
だが、みていた全員がうたれた。こころを。
木崎が……翔太が……歩邑が……佳奈が。
まるで――たったひとり薫だけにフォーカスされた世界かのように、その一挙手一投足に視線がそそがれ、クギづけになった。
気迫にみちた泳ぎに。表情に。
「やればできんじゃん」
ふだんは薫を小バカにしたような佳奈が評価した。
歩邑も食い入るようにみている。
すこし顔が赤らんで、うれしそうなのは気のせいか。
――尊敬だよ……薫のネバギバ……
ようやくのことゴールした薫が、ハァハァと息あらくプールからあがる。
すぐさまプールサイドを小走りして、スタート側からもういちど……
ピィーーッ!――
鳴りひびくホイッスル。
「五分休憩をとります! プールからあがってください」
しぜんに初級者グループと上級者グループが、プールの両サイドにわかれた。
「サンキュ」
と声をかけて薫が、木崎のとなりにすわる。
「オレなんかしたか?」
「木崎のおかげで吹っ切れたんだわ」
できることをやりきったふたりがニカッと、白い歯をみせあう。
そして共通の弱点について、
「息つぎねえ……」
「どうやったら、うまくできんのかな」
と空をあおぐ。
梅雨の晴れ間に、きまぐれな太陽が照りつける。
佳奈と歩邑は――南側の木陰に逃げこんだ。
――暑くなりそ、今年も……
身ぶり手ぶりをまじえた佳奈の、ごきげんトークがはじまる。
きき役にまわった歩邑はフェンスに背をあずけ、アハハと笑う。
「歩邑もやってみ?」
「あたしはいいよ」
「やっても――いい?」
「や・ら・な・い」
キャハハ――
「皆川に、息つぎのコツ――きいたんだわ」
「それを早くいえよ」
薫が大マジメな顔をする。
「ありのまま、いわれたことを話すゾ。息つぎのコツは――」
“息を吐くんだよ”――
「息を吐くんだよ」
たちまち疑問符がならんだ。
「???」
「なにをいってるのかわからないと思うが、ぼくも――なにをいわれたのかわからなかった……」
木崎があたまのうしろで手をくむ。
「ナゾナゾ、わかんね」
「ナゾすぎるよな……」
薫の視界のはしに、向こうでしゃべっている歩邑と佳奈のすがたがあった。
楽しげなのは、佳奈のジェスチャーの大きさゆえか。
翔太が――歩邑に声をかけるのがみえた。
「…………」
キッとにらんでしまう薫。
軽口をたたいていると、話しかけられた。
「皆川さんってキレイだね――」
にこやかに、翔太に。
クラス一のイケメンと、クラス一の美少女がならぶ圧巻。
纏ったオーラの格がちがう。
「――キレイ?」
とクイズ王なみの反応速度をみせたのは佳奈だった。
よくきこえそうな耳が、ピクリうごく。
「体幹のつかいかたが。習ってるの?」
と翔太がたずねた。
「もうやめちゃったけど、いっぱい練習したんだ」
がっくり意気消沈した佳奈は、
「クロールの話か~」
と、なんとも残念そうだ。翔太は、
「努力の証なんだね……」
と、腕ぐみをしてあるいていく。
歩邑がふと投げかけた視線のさきに、薫と木崎がすわっていた。
息つぎという共通の弱点をもつふたり。
そこへ――
やってきたひまりが、なにやら話しながら腰をおろすのがみえた。
薫のとなりに。
反射的に、身を乗りだす歩邑。
――ふーーっ!
と毛をさかだてたネコさん状態だ。
――ぷんすかぷくー!