Story 28. 初級者のプライド
「協力――してあげよっか」
とつぜんの歩邑の申し出に、とまどう薫。
「えーと?」
「息つぎのコツ、知ってるよ」
パアアア――
という効果音が、まさにぴったりの変化だった。
薫の表情が、歩邑のことばで――たちまちあかるくなる。
その瞳にともった希望のかがやき。
▽ ▽ ▽
ピッ、ピッ、ピィーー、ピッ――
プールサイドでじゅんび運動をする柳沢と子供たち。
学校指定の水着――ユニバーサルデザインの半袖ショートパンツ仕様の水着で。
――どうなることやら……ハァ……
などと薫が考えているうちに、ラジオ体操がおわった。
水中散歩でプールを往復したあと、いよいよはじまる。
「つづいて、クロールの練習をします」
柳沢が拡声器で指示をだす。
「得意な人は第一~第三レーンで、そうじゃない人は第四~第六レーンで泳いでください」
子供たちが、たぷたぷ波をたてて移動していく。
「二五メートル泳げる人は、タイムを意識してー! 無理な人は、泳げるように息つぎを練習――」
――息つぎ!
眉間にシワをよせた薫が、口をへの字にまげる。
いつのまにか木崎が、おんなじ顔をしてとなりに立っていた。
「…………」「…………」
キャアア!――
黄色い歓声があがった。
ざぷざぷと豪快に、誠也が爆泳している。
――リアル、ゴーグル・レッドだ!
と薫は尊敬のまなざしを向けるが、ちがった。
女子の声援をひとりじめしていたのは――クラス一のイケメン、久喜翔太だった。
美しいフォームに魅せられ、知らぬうちに声をあげてしまったらしい。
いっぽう第四~第六レーンは混雑していた。泳ぐのが遅いメンバーだからしょうがない。
薫は待っているあいだ、上級者の観察にふける。
佳奈がきた。大口を叩くだけあって、なかなかの泳ぎではある。しかし――
「おおー!」
と男子をどよめかせたのは――歩邑だった。
フォームだけでなく、しなやかなモーションまでもが美しい。
――皆川はすごいよな
小並感とはいわせない、リアル小学生の感想である。
初級者も、分相応にがんばっていた。
木崎がクロールを披露する。
息つぎのたびに、ぎこちなくリズムがくるう――本人曰くヘンな動きになるものの、クロールとしていちおう認められるだろう。
――つぎは……ぼくか
おろしたての黄色のゴーグルをつける。
腕をそろえて三角のポーズをつくると、プールの底をけった。
バシャバシャバシャ――
泳ぎはじめた薫は、右手・左手・右手・左手……交互にテンポよく水をかき、さまになってい――る?
いやいや、おかしい。そう――
「ぶわあっ」
息つぎをしないのだ。やはり、できないのだろうか。
とびあがるように足をついてしまった薫。
――いやだ……
リスタートする。そして――またも足をついた。
――いやだ……
息つぎをみられたくない――と訴えるちっぽけなプライド。
じつは薫はできるのだ。ひどく残念な、ブザマな息つぎが。
けれど醜態をさらしたくはない。
ために、できないフリをした……のだが。
△ △ △
ふたりきりの児童書コーナー。
背伸びした薫が、ぐぐっと顔を近づけてきいた。
「コツってどんな」
「息を吐くんだよ」
歩邑はさらっといった。
――はいー? 皆川さん……
「くわしく教え――」
向こうで歩邑をさがす声がきこえた。
「あっと、プールで練習しよ? バイバイ」
と言い残して足早にきえた。
――ハァァ?
「理解不能……」
――息つぎで……息を吐く?
▽ ▽ ▽
泳ぐ木崎が脳裡に、なんどもフラッシュする。
薫の、無意識のこころは感じとっていた。
ヘンと自覚しながら、それをやってのけた木崎の――強さを。
その強さに――惹かれるじぶんを。
いわゆる“そこにシビれる、あこがれるゥ!”を実体験したのだ。
――そうか、そういうことか
薫が三たび泳ぎはじめる。
――いやじゃない、これがぼくだ