Story 26. よさげなアイテム
古くなったアスファルトがゆがんでできた――ゆるやかな凸凹や、きまぐれな穴ぽこの存在を、タイヤごしに感じる。
ながれる景色はいつもの風景を、ほんのすこしだけ外れたものだった。
薫は循環バスに乗っていた。
二〇分たらずの小旅行。
じき、ショッピングモールに着いた。
薫は二階にある、直営の衣料品売場へと向かう。
お目当ては――ゴーグル。
水泳でつかうゴーグルがみつからず、買いにきたのだった。
なぜ、ゴーグルがみつからないのか――
こころあたりがない――わけではなかった。
むしろ、じゅうぶんすぎるほどあった。
クラスの“いらんことしい男子”三人がやらかした黒歴史。
その奔放さが、まさに黒歴史だった。
「爆泳戦隊! ゴーグルジャー」
名乗りパフォーマンスの完全コピーである。
中央にゴーグル・マリンがすっくと立ち、両わきにレッドとイエローが中腰にかがむ。
三人とも右手をゴーグルに――レンズ部をつかむようにそえ、左手をのばしてポーズをきめた。
――ゴーグルジャー!
思わずポーズをとりそうになって、ピタリ固まる薫。
平静をよそおい、さりげなく――あたりをみまわした。
――あっぶね……
いまさら、はずかしがることもなかろうに。誇らしき黒歴史。
ともかく――ゴッコ遊びをしているうちに、ゴーグルが行方知れずになったということらしい。
上りエスカレーターに乗る。
フロアマップをみて薫は、ひとまず子供服エリアをめざした。
カラフルな服たちがならんだ売場は、通るだけでも気分があかるくなる。
――この辺のはず……だな……
ポップが目に入った。“プール用品コーナー”――
「水着、サンダル、キャップ……はい、ゴーグル発見」
――黒だけじゃない? ほー……
レンズに色がついていたり、サングラス仕様になっているものもある。
ゴム部が――白やブルー、黄色やピンクのものもあった。
「迷ったら、試着試着」
いたって標準的な、黒ゴムのゴーグルはさけたい――と思う薫。
――はい、地味ー
いちおう試着してみた感想である。つづいて青は、
――マジメっぽい
と不満げだ。さらに黄色をつけてみると、
「いいんじゃないー?」
と鏡のなかの薫の背後から、ピコリ顔をだしたのは――ひまりだった。
「青は、どうかなー」
手にとって薫にあてがう。
「わー、クール」
「おい!」
「気に入ったのは、どーれ?」
「い・ま・み・て・ん・の」
と今度は、ピンクを試着してみる薫。
――ちょ、こ、れ……
「かわいいー!」
ひまりが大よろこびする。
パチパチとまばたきした薫は、無表情をつくって照れをかくす。
――かわいすぎるだろ、われながら
「ピンクにしなよー、わたしとおそろ」
「ぐむー」
▽ ▽ ▽
「どれが、よさげー?」
ひまりと薫はプチプラファッション店の一角で、ローティーン向けの服にかこまれていた。
「学校に着てくヤツか」
「うん、うんー」
数えきれないほどの、シャツやスカートやワンピースがぶら下がっている。
「どれでも、いいんじゃ」
「テキトーだなー」
「富永、なんでも似合うだろ? 色白は得だよな」
すぐそばのワンピの列に指を走らせて薫は、
「やっぱ黒か――これだ」
と一着、ひまりにつきだす。
「へー、いい感じ……ほかにもある?」
なぜかひまりのコーデをみつくろうはめになった薫は、意外にも手ぎわよく――ピンク色のプリーツスカートや、胸元がレイヤード風の水玉シャツ、濃紺デニムのタイトスカートなどをえらぶ。
ひまりはそれらを試着室にもちこんだ。
待つことしばし……
シャーッ――
「いかがでしょー」
「想像以上に映えるな」
まんざらでもなさそうな、黒ワンピをまとったひまり。
ひまりは着替えては薫に感想をもとめ、ファッションショーを楽しむ。こころゆくまで。
気づけば、出会ってから――三〇分がすぎようとしていた。
「松本ってセンスいいんだねー」
「てか、富永のセンスどうなってんの? ガチャポンまで爬虫類かよ」
ウフフと目をほそめるひまり。
おしゃべりを弾ませながら、仲よくならんで通路をあるく。
週末のモールは混みあい――こちらからの流れと、向こうからの流れが不規則にまじりあって、買い物客が行き来していた。
ざわざわ――
せき止められたかのように――ふいに立ち止まった。ひとりが。
雑踏にかき消されそうな弱々しさでつぶやく。
「どゆ……こと……?」
ぼうぜんと立ちつくした歩邑だった。