Story 24. やってきたユーウツ
――梅雨の季節はユーウツだ
薫がためいきをついた。
遠足の翌週――六月も中旬になって、ようやく梅雨入りが発表された。
小雨がぱらつく通学路には今朝も、黄色い傘の花がぴょこぴょこと列をなしていた。
――ついに来週は……
「来週は――プール開きです!」
担任の柳沢が声をはりあげた。
週の予定をつたえる月曜日の朝の会。
平年よりおそい梅雨入りとあって、梅雨とプール開きがつれだってやってきた。
プール開きにさきがけて行う清掃は、五年生の担当だ。
「プール掃除は、あすの五・六時間目に行います」
男子がおもにプール内壁の苔おとしを、女子がおもにプールサイドと周辺の草むしりをうけもつ。おもに――というのは、個々の希望でどちらを選んでもいいそうだ。シャワーまわりの掃除なども希望者が行う。
「雨が降ったら――あさって・しあさってと順延になるので、時間割どおりのじゅんびもおねがいね」
暗い雲が東の空にきえさり、うす雲におおわれた火曜日の午後。
デッキブラシをつえにした薫が、いく度目かのためいきをついた。
「やだな……水泳かよ」
うでに顔をふせる。
――ンなもん、きまってるだろ……
苦悶していると、叱声がとんだ。
「薫! さぼんなよ」
プールサイドに腰かけ、タワシで壁面をこすっている佳奈だった。
「おまえがな!」
と秒で返した薫は――プールの底を掃除していた。
佳奈のトレードマークは――ぴょこんと短い高めのツインテと、かよわげな見た目をうらぎるハードな口撃。
ストレートな会話の応酬は、なんというか――親密なふたりのなかよしアピールにきこえなくもない、佳奈と薫のキャッチボールであった。
――毎度まいど、ちょっかいかけてくる……
もしや坂井は……ぼくに好意を……
――いやいや、ないない!
コイン投げたら立ったわ~レベルに
とブンブンあたまを振っていると、
「モッチって泳げねえの?」
と声をかけられた。今度はクラスのやんちゃ男子のひとり、木崎に。
ブラシをせわしなく動かし、きょどりまくって薫が反論した。
「そ、そーゆーわけじゃ……」
△ △ △
薫の机に体重をあずけると、佳奈がいった。
「いよいよ来週だし」
「だな」
「楽しみすぎる~」
応じたのは薫と歩邑である。
「泳げれば……ねえ? ヒヒヒ」
と佳奈が、小悪魔フェイスを薫になげた。
「大活躍のチャンスってか」
「華麗な泳ぎで――魅せてあ・げ・る」
「きゃー、すてき! サカナさまー」
「ハァ?」
「水をえた坂奈ってね」
うまいこといったつもりの薫がドヤる。
しかし今回も――三人組にはかなわなかった。
ひまりが、あらわれるなり指摘した。
「水をえた魚、ですねー」
「うおっ!?」
「……〇点」
「プッ――」
思わず口走った薫に――佳奈は白眼をむけ、歩邑は逆にふきだす。
「ドンマイー」
と、なぐさめるひまり。
気づいた歩邑のつぶやきが、とどめを刺した。
「薫……泳げないんだ」
「正解!」「正解……」
ばらした佳奈と、みとめた薫。
プールがはじまる前から歩邑にバレたことに、薫はうなだれ――しかしすなおに、クロールができないと観念した。
▽ ▽ ▽
「うわっとっと」
「冷たっ――」
ホースでまいた水が、プールの床面で跳ねてしぶきとなった。
「木崎、松本! 手、止まってるぞ」
掃除を監督する先生の指導だった。
ゴシゴシゴシゴシ――
木崎にまけじとみがきながら薫は、考えていた。
――今年こそは……
と考えていた。
ひたむきな思いがしだいに、こころに満ちみちて――あふれだす。
――やってやる
カン!――とブラシをつきたて宣言した。
「二五メートル泳げるようになる! クロールで」
ゆるぎない決意をこめた宣言だった。
――ぜったい!
とつぜん大声をあげた薫に、木崎はおどろいたが、
「おお! 応援するぜえ」
と励ました。
急上昇する薫のモチベーション。
あとは、具体的な方策だけだった。
さてさて――予定は未定の、出たとこ勝負?
前途多難のプールシーズン開幕である。