Story 22. トクベツとぼく
――“トクベツ”な存在……
かけがえのない……存在……?
視線をタヌキの柵に投げたまま、薫は――あてはめてみた。じぶんに。
日々の生活をささえ、彩りをあたえてくれる周りの人たち。
――家族をのぞけば……
かけがえのない、たいせつな……じぶんを笑顔にしてくれる存在は――
薫は考えようとした。
しかし――考えることはできなかった。
ことばにするよりも早く、浮かんだからだ。
まばゆいばかりの――
くったくのない笑顔で――
“やーだよ”と――
ふり返るすがたが――
その人物の名は……
――皆川歩邑
そうか、そういうことか――と薫はつぶやいた。
薫の本心は――無意識のこころは、とっくにみつけていた。
歩邑は――かけがえのない“トクベツ”な存在だ、と。
「……あったのか……ぼくにも」
涙があふれていた。
こぼれおちる、ぽろぽろと。
薫のこころは――それがじぶんの気持ちだと思っていた表層的なこころは、まだ気づかずにいたのだと、ようやく理解した。
もしかすると、気づいていながら目隠ししていたのかもしれない。
認めたくなかったのかもしれない。
なぜ?――
気づくことで歩邑との関係に変化が生じてしまう――そんな可能性に臆していたのだろう、きっと。
薫が泣いてる――と佳奈がさわぐ。
「……そっか……感動した」
じぶんの厄介なこころを、わずかながら理解できたことに。
無意識のこころにアプローチする、ヒントがえられたことに。
薫の口角が――上がった。
▽ ▽ ▽
「いちごミルク、ちょーだい」
佳奈がたのむと薫はトレーごともちあげ、さしだした。
「サンキュ」
「あたしにもちょうだい、あーん」
――あーん?
びっくりして薫が左隣をみると――歩邑が口をあけて待っていた。
――口に入れろってか……ぼく……に?
いちごミルクをひとつ、つまみあげた。
きんちょうで指がふるえる。
歩邑は――血色のよいくちびるをひかえめにあけ、くるんとしたまつ毛をぴたりとじて、待っている。
整った美しい顔を惜しげもなくさらしていた。
ふだん目にすることのあまりない、口の中をまるっとみた薫は、
――見てはいけないモノを見てしまった
という背徳感に、すくなからず興奮した。
――さわっちゃダメだ、ぜったい……
くちびるに、さわらないよーに……
指のふるえを責めるのは、酷だろう。
うっかりをよそおって歩邑にふれるような厚かましさを、薫はもちあわせてはいない。
よくいえばマジメ、わるくいえばヘタレ。
くちびるまで数ミリにせまった薫の指が――ガタつきながらも歩邑の口の奥へと侵入する。
ぽろん――なんとか放りこんだ。
――だれにでも、たのむわけじゃないよな……
ぼくは……“トクベツ”なのか?
▽ ▽ ▽
「さっきみた、夢のこと……ききたい?」
歩邑がたずねた。
となりの席の薫が笑う。
「話したいんだろ」
どんなふうに話そうか、あたまで練習してみる。
あたしと佳奈がポツキーゲームして、ひまりのつぎに――薫とも対決したんだ。
鼻がぶつかりそうなくらい顔が近くにあって、そしたらひまりが薫を押して――
あたしと薫が……ちゅ、ちゅー……しちゃったんだ……。
ピィーと沸騰を知らせる笛がきこえた気がした。
いっしゅんで歩邑が赤リンゴになる。
――あたしの願望? はずかしすぎる~
「やっぱ、ナイショ」
「もったいぶんの?」
こまった歩邑が話題をかえた。
「観覧車、乗りたかったな」
「……ホント、それ」
――! おんなじ気持ちだ
「乗ろうよ! 今度」
「う、うん……」
いつもより強引な歩邑に気圧される薫。
「じゃ、勝負――」
歩邑が薫の手をにぎった。ほかの人からみえないリュックの陰で。
そうしておいて耳元でささやく。
「先に離したほうが、計画たてて提出だよ」
いつしか寝入ってしまう歩邑と薫。
ならんで眠るふたりの手は――ほほ笑ましく到着までむすばれていた。
だれにも気づかれることなく。
数週間後、教室に動物園の集合写真がかざられた――
「はーい、いちばんのスマイルで! 1+1は――?」
「にぃーーっ」
カシャッ――
とびきりの笑顔をみせる歩邑・薫・佳奈・ひまり。
おそろいのダブルピースがまぶしい。
たくさんの思い出にめぐまれた、ほんとうに楽しい遠足だった。
歩邑と薫が経験をともにした――新たな思い出が刻まれた。