Story 2. 信号待ちとUターン
リュックを抱えた歩邑が先頭をあるく。
バランスのとれた筋肉をまとうスリムな体躯が、歩邑の運動能力をものがたる。
健康的な肌の色は、やや褐色をおびた地肌と日差しのコラボレーション。
その端正な顔だちは、かわいいよりも美しいというワードがふさわしかった。
――いつからだっけ?
うしろをついていく薫は思い出そうとしていた。
まったく帰る方角のちがう歩邑といっしょに下校している不思議。
西に傾いた太陽のひかりが商店街をまっすぐつらぬく。
足もとから伸びた薫の影は、歩邑にはわずかにとどかなかった。
――飽きもせず毎日まいにち、ぼくのリュックを……
飾らない性格もあいまって歩邑はクラスの人気者だった。
そのとなりを半歩遅れてあるくのは、やはりバレーボール部に属する坂井佳奈。歩邑のいちばんの親友だ。
部ではセッターをつとめ、状況に応じた指示をなかまにおくる司令塔にふさわしく、あたまの回転が速かった。
クラスでは薫のライバル、いや天敵といったところか。
一行の足どりは、じつにゆるやかだった。
休み時間のできごと、好きな芸能人のうわさ、本日の夕ご飯予想、ゲームの攻略法などなど、話題をあれやこれやと変えながらすすんでいく。
快活なおしゃべりが商店街ににぎわいをそえた。
「宿題めんどーい」
少女の悲鳴に、うしろから薫がちゃちゃを入れた。
「――てか瞬殺?」
「ムリだから!」「ムリだから!」
見事にハモった歩邑と佳奈。
「あはは、息ぴったりだな」
帰宅した小学生の最優先タスクといえば、宿題だろう。
親や担任に目玉をくらうコースは、だれしも避けたい。
「おおっと」
ちいさくうめいて佳奈が道をそれる。
えだ道の奥の、何軒目かが佳奈のアパートだった。
ひらけた駐車場をよこぎりながらブンブン手をふる。
「それじゃ歩邑、またね~」
「バイバーイ」
「薫もな!」
「さっさ帰れ!」
無遠慮な物言いは、むしろ仲のよさをあらわしていた。
学校をでて、およそ五分。
三人だった下校メンバーは、こうしてふたりになった。
「ところで……」
いいかけた薫に、歩邑がかぶせた。
「やーだよ」
半分だけふり向いてケラケラと笑う。
いっぽうの薫はヘタレた声をあげる。
「み~な~が~わ~」
「なんだい? 薫くん」
あえてシャンとして歩邑は答えた。
「返してくれ~」
「お・断・り・し・ま・す」
ふり返りざま人差し指をたてた左手をつきだし、ビシィ! とポーズを決めた歩邑。
――ああ、遠ざかるわが家
返してくれとすがる薫が、歩邑のうしろをついていく。
コントのようにやりとりをくり返しながら、ふたりは商店街をゆっくりとすすむ。
――本屋をすぎたな、お遊びもここまでだ
商店街をぬけると歩邑の家はすぐそこ。
リュックをとりかえす時間がきた。
「後悔させてやる! 皆川歩邑」
謎のキャラふうのセリフも板についてきた薫がさけぶと、それが合図だった。
うれしそうに、はにかんだ歩邑が逃げる。
薫が猛ダッシュで追った。
――かけっこなら勝てる! もうちょい
薫は身長のわりに、ずいぶんと足が早かった。
ぐんぐん距離がちぢむ。
あと数センチ――とつぜん歩邑が視界からきえた。
「修行が足りないのだよ、フフン」
背後から声がした。
――なん……だと……
歩邑は標識のポールに腕をかけ、ぐるり回ったのだった。そして薫のあたまにリュックを落とす。
「ドスン」
「お、重っ……くなかった」
効果音つきのアクションに脊髄反射した薫が、すぐさま訂正した。
「中身ほとんど入ってないじゃん?」
「そーだった……」
――置き勉主義者の荷物はすくないのだ
薫は手を伸ばしてリュックをつかむ。
――仕返し! ってか届かないか。くそ~
身長的に無理とあきらめてリュックを背負う。
ニヤつく歩邑。
ついにコンビニまできた。
すぐさきの信号がお別れの場所だった。
横断歩道をわたった向こうに歩邑の家がみえる。
「ここでいいよ。薫バイバイ!」
歩邑は赤信号でたちどまる。
「またあした」
そういってまわれ右する薫。
きた道を引き返していく。
知らず知らずのうちに早足になっていた。
――ったく……しいから困る
と、なにやら小声でつぶやく。
このとき薫が浮かべたフクザツな表情は、電柱の陰からのぞく歩邑にはみえなかった。