Story 19. 薄暗がりのなかで
いまなお太陽をかくす乳白色の雲は、おだやかな昼光と気温を提供していた。
芝生のわずかな波立ちが、わたる清風の散歩道を教えてくれる。
松本班はレジャーシートの中央に弁当箱をならべていた。
シェアしてめいめい気に入ったものを食べるスタイルだ。
「ぜんぶもってかれたわ~」
と佳奈がいったのは弁当のことではない。
「おにぎりいただきます。光る……くすっ」
「……もう!」
「あの発想はなかった――てか、このサンドイッチうま」
△ △ △
一行は“にっぽん”エリアにふみこんだ。
日本の固有種を展示しているエリアだ。
ムササビ舎のまえで歩邑がきょろきょろしていた。
「どこ、どこ、どこ~?」
ひまりがパネルの解説をよんできかせる。
「夜行性のため、ふだんは見ることができません――夜間開園にご期待ください」
「夜光性……光るんだ」
「発光するまで姿が見えない――だと?」
▽ ▽ ▽
笑いころげる佳奈とひまり。
歩邑は、わかってない薫にタネあかしした。
「ママはパン職人なんだ。いつまで笑ってるの!」
「やっぱ天然だわ」
そういって涙をぬぐう佳奈。
すでに切り替えたひまりは背中をおす。
「新しい目標ができたねー」
「よおし! 夜間動物園で会うぞ」
薫が心配そうに小声できいた。
「暗くても――だいじょぶか?」
「へ、へーきだよ……」
いささかの薫の誤解に、歩邑の胸が疼いた――
△ △ △
パンケーキリクガメからはじまった“ねったい”館は、哺乳類や極彩色の鳥類などがつづいた。
おもに日中活動するそれらは――ディスプレーやビジュアルのあかるさが観察者に肯定的なイメージをもたらし、その効果もあってか歩邑は――若葉色に迷彩したあざやかなカメレオンをも、拒絶反応なしに見学することができた。
しかし、ついに――通路の光量がおちた。
いよいよ本格的な爬虫類、ワニやヘビたちの登場である。
ニガテを悟られぬよう、歩邑はうしろをついていく。
だしぬけに目が合った。薄暗がりのなか、ワニと。
水面から飛びでた目がぎょろりと、こちらをみている。
裂けた口は、にたーり笑っているようだった。
「ひいいい……」
血の気が引き、身がすくんでしまう歩邑。
そして終幕にふさわしい、ヘビのラッシュがきた。
樹上に、あるいは地上にとぐろをまき、あるいは穴を掘ってひそむヤツら。
ひまりの狂喜もクライマックスだ。
佳奈はそんなひまりに半ばあきれ半ば感心していた。
この館に退屈しはじめた薫だけが、歩邑の変調に気づいた。
一見、ぼーっと立っているようにみえる。
しかし実際は、足をすくませ凍りついていたのだ。
――あいつ、ちがわないか?
順路に、しばし逆らって確信をえた。
薫は歩邑の手を引き、暗がりに「どうぞ」と声をかけた。
「えっ、薫。あ――」
壁ぎわにならんだふたりのまえを、一般客がすぎていく。
さして幅のない通路を、歩邑がとおせんぼするかたちになっていたのだ。
――皆川、ふるえてる
歩邑はなにもいわなかったが――つないだ手はこわばり、ぐっしょりと汗をかいていた。
事情を察して、薫もだまっている。
しばらく、ひまりと佳奈のようすをながめてからきいた。
「ダメなのか?」
「うん……ううん……」
この返答は、肯定なのか否定なのか。
思うんだよ――と目線をおとして薫がいった。
「ぜんぶカンペキだと、面白くないよなあ……たぶん」
「うん?」
「できないから、ニガテだから――もっかいやってみよーって」
「そう……だ……ね」
「暗いのがニガテでも――」
薫は歩邑に顔をむけ、気にすんな――とほほ笑む。
「!――」
歩邑は――無意識に弱みをみせまいとしていた。
ダメな部分をさらけだし、失望・幻滅されてしまう不安に怯えていた。
しかし、その不安は――相手を信じきれない自身の生みだした幻。
気づかせてくれた薫に感謝をこめてうちあけた。
「……あたし……ニガテなんだ」
薫ならうけとめてくれると絶対の自信をもって――白状した。
「手、貸そうか」
「もう借りてる」
と歩邑は、にぎった手をピッと引いて笑う。
一転――はずかしそうに目をふせた。
「つれてってよ……出口まで」
ふたりは手をつないだまま――ひま佳奈コンビに、つかずはなれずついていく。
いつしか歩邑は、薫の右腕にしがみつくように寄りそっていた。
薫のぬくもりを感じて、大きな安心に身をゆだねる。むしろ館の終わりを残念に思いながら――
▽ ▽ ▽
「みっなさーん」
ひまりのテンションが、またもおかしい。