Story 18. カメちゃん観察隊
薫は窮していた。
とあるケージのまえで、二者択一をせまられているのだ。
「ほら、どっちかな~」
「ハッキリしたまえ、薫くん」
「どっちー?」
隣接したふたつのケージの住人はコアラとペンギン。
どちらがよりかわいいか論争が勃発していた。
現在の得票は――コアラが二、ペンギンが一。
薫の一票によって勝ち・負け・分けがきまる。
トリオの視線は薫にささっていた。
――コアラのがかわいいぞ?
こころで祈る歩邑。
その名前をきいて思い浮べるのは、どんな姿だろう。
コアラ :樹上で赤ちゃんをおんぶする仲むつまじい親子。
ペンギン:翼をひろげてフラフラよちよちと行進する群れ。
両推しでは、なぜダメなのか。
「選択は挑戦だ」
「君の意見をきこう」
佳奈は語り、歩邑はゆだねた。
薫の本音としてはどちらでもいいのだが、あえて優劣をつけるなら――軍配はペンギンに上がる、と胸中がようやくまとまった。
「ぼくは――」
トリオが息をつめる。
「ペンギンだな」
はっきりと意思表示した。
「松本ありがとー」と踊りださんばかりのひまり。
佳奈は「引き分けかよ」と不満げだ。
ひまりが薫の手をつかみ、ペンギン派の同士によろこびをつたえた。
――まあた、仲よくして
落胆につづいて悋気におそわれた歩邑が口をとがらせる。
その表情からは「ふーっ、しゃー!」と、この上ない威嚇がきこえるようだった。
怒りの七秒がすぎ、ほんのすこしだけ落ちついた歩邑は
――ぷんすかぷくー!
とふくれっ面であるいていく。
にわかに捨ておかれた三人はあわてて追った。
佳奈が案内パネルに目をやる。
「お?――」
遊園地をとりかこむようにつくられた市立動物園は、エントランスから左にすすむと時計まわりに周覧することになる。
南東に位置するエントランス――時計の文字盤になぞられえば五時方向から出発した松本班は、六時方向でゾウを見学、八時方向で柳沢を見損ね、一〇時方向でふれあい体験に参加した。
コアラ・ペンギン論争がおきたのは、きっかり一二時方向だ。
佳奈が指さした。
「あれ、“ねったい”エリア」
「わくわくするー」
ひまりの直感がつげていた。
リーフレットをよみあげる薫。
「館内に熱帯環境を再現。エリアの一部は照明を暗くし、夜行性動物を展示して――」
「おもしろそうじゃん」
佳奈も惹かれたらしい。
ちょうど歩邑が入っていく。
はぐれないよう、走りだす三人。
ほどなく“ねったい”館にのみこまれた。
めいっぱいのつま先立ちで、すこしふらつく。
ひまりは――雰囲気づくりの熱帯プランツにしかみえない、植物ケージの高みに目を凝らしていた。そこにひそむアイツに。
いっさいを見逃すまいと、うんと仰向いて――
△ △ △
館ひとつめのケージに歩邑はいた。
のぞきこむ歩邑の腕を抱えるようにホールドした佳奈。
逃走経路をふさぐひまり。
連携に感心した薫も、ケージに顔を近づけた。
「パンケーキ……リク……ガメ」
「甲羅がやわらかいんだって」
「へっ、そっち――」
――意外に……へーきかも
手のひらサイズの、厚みもパンケーキほどのそのカメは、忌避の対象にはならなかった。
佳奈が話しかける。カメに。
「めちゃ食べるねえ、おいし~?」
エサの器に、ぐぐーっと首をのばしたカメの――コミカルな姿がなんともほほ笑ましい。
歩邑はこらえきれず、
「ぷっ、がんばりすぎ~」
と涙目で笑う。薫の肩をパシとたたくのだった。
▽ ▽ ▽
「――食べた!」
ささやき声でさけぶ。
前方にあったエサ、つまりコオロギがきえていた。
熱帯植物にまぎれ、長い舌でエモノをからめとる早わざを――
「みた?」ときいたのはひまり。
「みた!」と答えたのは薫。
だが――目を光らせていたのは、ひまりと薫だけではなかった。
――すっごーい
なんと歩邑もカメレオンの捕食シーンに興奮していた。
どたんばで爬虫類のもつ魅力に開眼したというのか。
「ムリムリ」と連呼したあの嘆きは、いわば――食わず嫌いだったのか。
それにしても、なんという僥倖。
日に一度あるかないかのごはんタイムに遭遇するとは、やはりこのメンバーもっている。
二番目に――ひまりの希望がかなった。