Story 16. 会いたいアニマル
人知れず、失意の淵にダイブした薫。
身じろぎすることなく、ただ沈んでいく――
柳沢が担任する五年二組は二五名。
引率するじぶんをいれて二六名なら、中型バスがぴったりだった。
中型バスは――最前列が左右に二席ずつのあわせて四席、それが六列目までつづき、最後尾の七列目だけがひとかたまりの三席である。
しめて――四席×六列+三席=二七席。
一席あまれば、なにかと融通がきこう。
柳沢は酔いやすい歩邑を三列目にすわらせた。進行方向の左側。
世話焼きの佳奈がとなりにつく。
二列目には、薫とひまりが腰をおろした。
こころえた佳奈は、歩邑を通路側にすわらせている。
フロントガラス越しにみえる前方の視覚情報から、ゆれを予測してそなえることができるのだ。
――そっか、まえみて準備するんだ……
歩邑がからだを左右にかたむけて予行演習する。
「みぎー、ひだりー、みぎーとみせかけて、ひだりー」
柳沢がマイクをにぎった。
「本日、運転を担当してくださる――」
一人ひとり、現地で見たい動物を発表することになった。
柳沢がまわしたマイクを――うけとったのは薫。
考慮タイムのほとんどない今回、即応力がためされる。
そして薫は――マジレスしてしまった。
とっさの機転には自信があるつもりだった。
歩邑の“魔の質問”につづいて、機転がきかないじぶんを再確認してしまう。
ごぼごぼごぼごぽ……
沈んでいく薫を、抱え上げたのは柳沢だった。
「目のつけどころがいいね~、面白い」
ピクリと反応して息を吹き返した薫だったが、ソレは興味ぶかい――という意味だ。ウケたのではない。
ずりおちそうになっていたマイクを、ひまりがつかむ。
「わたしの番ですねー、カメレオンちゃん」
ふんわりした声調からは思いもよらない名前。
――ちゃん……て……なに?
ムリムリムリ! 爬虫類なんてム~リ~
距離をおく歩邑。
関心をよせ、生彩をとりもどす薫。
「舌をのばしてエモノをとるさまを、じっくり観察したいものですから――」
「見てみたい!」
と食いぎみに賛同して、薫はパーフェクトに復活した。
じつにチョロい。
――なんでよ! どうして男の子は……
見学コースの雲行きがあやしい。
歩邑にとって、きびしい試練になるかもしれない。
――もう!
「富永さんは……爬虫類女子ね」
「ですねー」
担任にあっさり答えたひまりには、かくす気などなかった。
「おれ! 爬虫類男子」
なんにんかの男子がアピールする。
お嬢さまっぽくてかわいらしい、ひまりの人気がちらりみえた。
ちなみに、ひまりといえば――色白&姫カット。
肩までとどくクセのない髪をより上品にみせ、落ちつきをくわえる姫カットと、ぽわぽわしたしゃべりかたとの相乗効果は、とてつもない威力だった。
おまけに力持ちの爬虫類女子とくれば、そうとうユニークだろう。
なお、お菓子で豹変する特異体質は――社外秘ならぬ班外秘である。
さて――
ケーブルの関係で、マイクは薫がうしろにまわす。
うけとった歩邑は、薫の手ごとギュウとにぎって、
――フンだっ!
と、そっぽを向いた。
ぷう、と頬をふくらませて。
△ △ △
ピピピピ、ピピピピ、ピピッ……
パンとたたいて目覚ましがだまる。
長短ふたつの針がつげる時刻は六時半。いまどきめずらしいアナログ式だ。
「ふーーっ! ん~~ん」
歩邑は両腕で、大きく伸びをする。
「攻略するぞ! 動物園遠足」
今日のミッションは失敗できない。
その心意気をことばにこめた。
ゆうべ早めにベッドへともぐりこみ、じゅうぶんな睡眠をとった歩邑は元気いっぱいだ。
スリッパの音も快活に、ぱたぱたと洗面台に向かう。
さっと顔をながして鏡にスマイル。
――あたしは、だいじょうぶ
無意識の不安をもつ、じぶんへの声援。
朝ごはんにはトーストを焼いた。
あんずジャムをたっぷりぬって、ざくり頬ばる。
酸味のつよさが、大のお気に入りだ。
酔いどめも忘れず服用した。
はみがきと洗顔をちゃっちゃとすませて、鏡をみる。
――だいじょうぶ!
もういちど声援を投げかけ、万全のコンディションで玄関をでた。
▽ ▽ ▽
絶好調は、不機嫌すら推進力にしてしまうらしい。
歩邑はじぶんのふくれっ面を想像して、ついふきだした。
さっきまでのイヤな気分がとんでいく。
くるくるとかわる表情のわけが、さっぱりわからない薫。
いきおいよく歩邑がたちあがった。
「あたしが見たいのは――」