Story 15. バス旅のお楽しみ
「がおー」
エントランスをくぐった歩邑が吼えた。
団体入口からぞろぞろとつづく三クラス総勢八〇名ほどが、園に入ってすぐのスペースにあつまる。
予報のとおり全天のほとんどが白い雲におおわれ、お日さまの居所をつつみかくしていた。
おかげで気温はさほど上がらず、肌をなでるそよ風のやさしさがここちよい。
耳にとどく木々の葉擦れは、まるで歓迎する拍手のようだった。
「――が注意事項です。一一時四五分に西フォーラムに集合して、お弁当を食べます。それまで班ごとに見学してください」
昼食がおわれば記念撮影をして、一三時三〇分には園にさよならする予定だ。
現在の時刻は九時五〇分、自由時間はざっと二時間。
担任の柳沢が、名簿を手に采配をとる。
「それでは福田班六名、いってらっしゃーい」
「みんな、いこうぜ」
と誠也グループが出発した。
「つぎ! 松本班四名」
佳奈を先頭に、歩邑・ひまり・薫の四人が移動をはじめる。
どこからか鳥だか獣だかのなく声がきこえた。
「市立動物園、楽しんじゃおー」
「おー」
△ △ △
八時三〇分をすぎたころ、一行は中型バスに乗りこんだ。
最前列でマイクをにぎった担任が、あいさつをうながす。
「本日、運転を担当してくださる鈴木さんです」
「よろしくお願いしまーす!」
体操服の児童たちは元気いっぱいだ。
負けずに声をはりあげた歩邑は、まえから三番目の座席にすわっていた。
乗車の際――柳沢が背もたれをポンとたたいて、
「ここが、バス会社のお墨付き。酔わない席なんだって」
と奨めたのだった。そっと歩邑に耳打ちする。
「じつはね――」
△ △ △
職員室の柳沢のもとに、佳奈があらわれた。
廊下ですれちがいざま拉致られた薫も、班長ということで同行させられていた。
状況を知らぬ名ばかり班長。
「先生、遠足のことで――」
「なに?」
「配慮ねがえませんか。バス酔いする歩邑の席を……」
直談判だった。
――そんな弱点が皆川にあったとは
と、ようやく合点がいった薫だった。
「あら。じゃ先生のとなりにすわってもらおっか、いちばんまえね」
「ありが――」
礼をいおうとした佳奈に、薫がわりこむ。
母がいってたんですが――と前置きして、
「酔いにくいのは、前後輪のあいだの席――だそうです」
と献言した。
理由は――まえの座席は大回りして左右に強くふられるし、タイヤの上やうしろの座席は上下に激しくゆれる。それにくらべて前述の席はゆれがすくないから――と。
「そうなんだ」
「母も乗物酔いがひどいので」
「先生もしらべてみるね」
という出来事があったのだそうだ。
バス会社に問い合わせてみると――酔いにくい席というのはたしかにあり、薫の話とおなじような内容を教わったらしい。
「いい友達だね~」
と表情をほころばせる。
さらに柳沢は――精神的な不安が、いっそうバス酔いをひき起こす、と知って歩邑に断言した。
「ここが、酔わない席なんだ」と。
暗示がきいたのか歩邑は――なぜだか今日は酔わない、そんな気がしていた。
▽ ▽ ▽
「じつはね――」
走りだしたバスのなかで柳沢が、ガイド顔負けのマイクパフォーマンスをみせる。
「先生、年間パスもってまーす」
「すごーい」
子供たちのピュアな歓声。
「市立動物園のことなら、なんでもきいてね」
テンプレ質問が飛んだ。
「おすすめコースはありますか」
「待ってました! 人気の動物をじゅんばんに――」
現地まで、およそ一時間のバスの旅。
質問がつきたのを見計らって、マイクをまわしにかかる。
「今日、見たい動物とその理由を――ひとりずつ発表してもらいます」
――ガイドのが天職だったんじゃ
薫が心中、ツッコミを入れた。
「先生からね、カピバラ! 最大のげっ歯類――ええと、ネズミの仲間よ。もふもふしてかわいいから。こんな感じで」
とマイクをうしろにまわす。
うけとったのは――薫だった。
ライオンやキリンにゾウなどメジャーな動物が、やはり人気なのだろうか。
「ぼくが見たいのは――ホンドタヌキです」
「……?」
だれも予想しなかった名前に、まわりがざわめく。
担任が興味津々できいた。
「たぬき? どんな理由か教えてほしいな」
「海外の動物園でとても大事にされたという話をきいて、興味がわいたからです」
――マジレス……してしまった。
ネタ考える時間なかった……ぐわあ
お笑い担当としてあるまじき失態!
どっぼーん!――