Story 11. やってくるユーウツ
――六月はユーウツだ
歩邑がためいきをついた。
太陽のイメージがぴったりの歩邑は、まもなくやってくる雨降りつづきの梅雨がニガテだった。
ジメジメとからだにまとわりつく湿気が不快で、バレーの練習のときのように汗がしたたり落ちるなら平気なのに――とつねづね思っている。
――しかも来週は……
「来週は――遠足です!」
担任の柳沢が声をはりあげた。
今日の学級活動は、来週にせまった遠足のためにつかわれるらしい。
「行き先は市立動物園! 楽しみだね~」
柳沢実花、二七歳。小学校教諭となってようやく五年のまだまだ新米先生だ。
児童と年齢がちかいこともあって話題には事欠かないが、今回の動物園は心底好きとみえて――声色といい顔色といい、全身から待ち遠しいオーラがにじみでていた。
子供たちも――行き先がどこであれ、特別な一日をすごせる遠足が楽しみなのだろう、明るい顔をしていた。
わずかに数人、浮かない表情もみられたが――まさか!
まさかの歩邑が暗い顔をしていた。
――やだよ……だって
パタと机に倒れこむ。
――バス酔いするんだもん
クラスに何人かはいる三半規管が鋭敏な、乗物ニガテさんなのだった。
――でも、だいじょうぶ!
いっぱい寝て、薬のんで、朝ごはんぬけば
ほんとうに? と自問自答する。
――だぶん、きっと……
担任は説明をつづけていた。
――バスの席はいちばん前かな……けど……
佳奈やひまりと話したい。トランプもしたい……な
「というわけで、班ぎめをします。四人~六人が班になってください」
時間は一〇分、席を立ってもいいとのことだった。
仲のよいもの同士で相談がはじまる。
「歩邑つーかまーえたっ」
佳奈が、机にふせたままの歩邑に抱きついた。
「もうダメだあ」
「ほ~ら、よしよし」
事情を察して佳奈がなぐさめる。
ひまりもやってきた。
「まいどの風景だねー」
「他人事みたいに」
歩邑がキッとひまりをみた。
ひまりは口調こそふんわりしているが、どストレートを投げてくる。
「他人事だよー、わたし酔わないし」
ぽつぽつと班ができはじめていた。
「あとひとり、どーすんのさ?」
佳奈の問いかけに、歩邑は思わず目をやった。
薫は席にすわったまま、ぼーっとしているようにみえた。
――この班、くる? けど……
「あっちのグループとくっつくー?」
と別のほうをみていた、ひまりが提案した。
バレー部のなかよし三人組が同じ班なら、他のメンバーにはあまりこだわらないのだろう。
ひまりはわりに、だれとでも話ができるタイプだ。
「ぼっちか? ぼっちだろ」
佳奈だった。
薫に、いつものようにからんでいく。
「ああ、モッチだ。めずらしいな、そう呼ぶなんて――」
モッチは松本薫のあだ名である。
まつもっち、モッチ――といったところか。
「毎日のモッチライフ楽しいぞ。坂井もどうだ?」
ツッコミにうまく返したつもりの薫がドヤる。
しかし、やはり佳奈が一枚上手だった。
「いきなりプロポーズ? モッチになれとか――」
からだをくねらせながらつづける。
「大胆なんだから~も~」
「お、ま、え」
閉口させられた薫は、またも歯がみした。
「ぐむー」
ふたりがコントを披露していたあいだも、歩邑は躊躇していた。
――おんなじ班になりたい
机にふせた歩邑があたまを抱える。
――でもバス酔いして……気分わるくなったら……
ムリムリムリ!
具合がわるいだけなら、ワンチャン介抱してもらえるセンもあるかもしれない。
しかし最悪、リバースするさまをみられるような事態は、多感な年ごろの少女には耐えられないだろう。
――でもやっぱり……おんなじ班がいいよ~
どこかから声がかかった。
「なあ、モッチ! おれの班に入ってくんない?」
これが薫が席からうごかず、ぼっちでいた理由だった。
人見知りせず、だれとでも気軽にしゃべる薫は――“クラス全員と友達”といってさしつかえない。
くわえて特別に仲よくしている人物やグループも――さいきんの歩邑をのぞけば、ない。
そこで、こういった班ぎめでは避けがたい人数不足の――調整要員としてあとから参加するつもりで、見守っていたのだった。
「ん? あー、いいよ」
――! ダメだよ
歩邑は猛烈に、こころで抗議した。