田中
俺は誘拐の犯人だ。なのに被害者にビンタされてしまった。だが皮肉にもここで被害届を出してしまったなら捕まるのは俺だ。だからとにかく被害を訴えることにした。
「暴行だ!」
「誘拐犯がよく言えたわね!」
「ビンタして良いことにはならないだろ!」
「あんたがふざけた事言うからよ!」
胡椒で鼻水を出し鼻詰まりを治すことは失敗に終わった。次の手を打たねばならない。
「くそっ、次の方法を試すぞ。文句は言わせねえ」
「何よ次って」
「科学的な方法がダメなら、今度は非科学的方法だ」
「胡椒のどこが科学的だったのよ」
「こっくりさんだ」
「はぁ?」
こっくりさんとはオカルト界では有名な幽霊だ。学生時代に友達で集まってやってみた人も多いだろう。紙に五十音を全て書いてその上に鳥居を描く。そして鳥居に10円玉を置きそこに人差し指を置く。あとは「こっくりさんお入りください」という掛け声の後聞きたいことを質問するだけだ。
「やり方は分かるか?」
「分かるけど、こっくりさんをしたらどうなるっていうのよ」
「こっくりさんは何でも聞きたいことを教えてくれる。だから花粉症の治し方を教えて貰うのさ」
「そんなことできる訳ないでしょ」
「何故やってもないのに分かる?」
「それに、これまで誰かが同じことをやって失敗したかも知れないじゃない。」
「こっくりさんに花粉症の治し方を聞いたやつがいると思うか?」
「それは・・・」
そう、こっくりさんをわざわざ呼び出して花粉症の治し方を聞くやつなど俺たちぐらいしかいないだろう。だからこの作戦は可能性を秘めているという訳だ。
「よし、準備ができた。やるぞ」
自然に緊張感が漂ってしまう。それもそのはずだ、こっくりさんには恐ろしい話もちらほら囁かれているのだ。
「「こっくりさん、こっくりさん、お入りください」」
・・・もちろん沈黙が流れている。こっくりさんが「失礼します」と就活生みたいに入ってくる訳ではない。
「よし、まずは・・小娘の好きな人を教えてください!」
「ちょっと!」
おっといかんいかん。学生のノリが出てしまった。所が10円玉はゆっくりと動き出していた。
「何を聞いてるのよ!」
「試しだ。ちゃんと来てるみたいだな」
ゆっくりと10円玉が動きながら次々と文字を踏んでいく。
「た、な、か・・お前田中君が好きなのか?」
「別に良いでしょ!」
「別に良いけど、なんか、つまんなっ」
「つまんないってどういう意味よ」
「だって田中ってどんだけいる名前だよ。全国で一斉にこっくりさんに聞いたらほとんど田中って出るぜ?まさか、このこっくりさんどうせ田中とかだろぐらいな感じで適当に言ってるんじゃないだろうな」
田中とはおそらく全国の名前ランキングで上位に食い込んでくる名前だ。つまり田中と答えれば高確率で好きな人である確率が高いのだ。そんな卑怯なことは俺が許さない。
「もう一度聞こう」
「どうしてそうなるのよ!もう私の好きな人は良いでしょ!」
「いや、良くない。これはうちのこっくりさんの信用に関わる問題だ。必ず突き止めてみせる!」
「何でやる気になってるのよ・・」
「じゃあ田中君が好きであってるのか?」
「それは・・」
小娘はもじもじしながら耳を赤くしている。ほぼ100%こいつが好きなのは田中だ。だが、さっきのビンタの借りがあるのでもう少しからかうことにした。
「こっくりさん小娘が好きな田中君の特徴を教えてください」
小娘は今にも暴れ出しそうだが、こっくりさんをやっている時に10円玉から指を話すと呪われてしまうのでただひたすら俺を睨んでいる。
「ふ、と、い」
「え?」
まさかのぽっちゃり男子の田中君だった。田中といえば結構細身でひょひょろなイメージが一般的だというのに。
「太ってる田中を好きってことはお前良いやつだな」
「どういう意味よ!」
「田中という一般的な名前に太っているというオプションが付いている。言わば二刀流の田中だ。これの価値を見出すとはやるじゃないか」
「意味が分からないわ・・」
さて、からかうのはそろそろ終わりにして本題に入るとしよう。
「こっくりさん田中のことが好きなこの小娘の花粉症の治し方を教えてください」
「田中っていちいち言うな!」
流石こっくりさん。迷うことなく一直線に動き出した。
「た、な、か、あ、い、つ、と、な、り、の、せ、き」
「?!」
こっくりさんも恋バナに盛り上がるお年頃のようだな。・・
「って、ふざけんな!」
思わず叫んで10円玉を抑えている手が外れそうになった。
「クククッ、そうよ、私の隣の席なのよ田中君は、教えて貰えて良かったわねー笑笑笑」
反撃とばかりに笑ってやがる。どういうことなんだ。花粉症の治し方を聞いたのに田中の事を言い出すなんて。考えるとすると・・
「おい、小娘」
「何よ笑笑笑」
「田中君ってもしかして花粉でできているのか?」
「笑笑・・・田中君を馬鹿にしてるの?」
さっきまでの無邪気な笑顔はどこへ行ったのか、今は桃太郎も逃げ出すであろう鬼の形相で睨んでくる。どうやら俺は地雷を踏んでしまったようだ。この子怖い!