なんでも言うことを聞く誓い
「嫌です!」
「え!? なぜだ! 話しが違う!」
「なんでも一つ言うことを聞くって言ってるんですよ!? 負けたのは私ですから。それなのに『お前のことを教えてくれ』? それって私が願ったことですよね。なんですか。慈悲深さアピールですか? それこそが私を子供扱いしてるって言ってるんです!」
「なんと天邪鬼な……」
ああ、それにしても腕が痛い。
私は再び自動回復を纏った。これで10分も経たない内に腕は治っているだろう。
「俺は本当におまえに興味を持った! だからおまえのことが聞きたかった。何が悪い!」
「悪いですね! じゃあ今までは大して興味がなかったってことですか? 『結婚しろ』とか言ったくせに? 私はすごく気分が悪いです」
「……そ、それは……悪かった」
悲しそうに謝るこの人は、なんと素直なのだろう。
それに対してお姫様抱っこされながら悪態をつく私はきっとひどく滑稽に違いない。
「大体どうしてあなたはどうして私と結婚したいと思ったのですか。見た目ですか? 私が可愛かったからですか?」
リズ・ブラックヴィオラの容姿は抜群だ。
だから、それを好きになるのは理解できることではあるんだけど。
「それはないな」
しかし、ディミトリはそれをすっかり否定した。
「悪いが縁談は多いんだ。見た目が美しいだけの相手はいくらでもいた。おまえだけが特別なわけじゃない」
「そ、そうですか」
「気に障ったか?」
「いえ、そんなことは。でも、じゃあどうしてとは思いますけど」
ディミトリは少し照れたように言った。
「……おまえは、自分の足で立つ女だった。少なくとも俺にはそう見えた。それはとても特別なことなんだ」
私とディミトリが出会ったのは、私が意地悪をしてきた令嬢たちに魔法を使おうとしたときだ。ディミトリはそのときの私に、いったい何を見たのだろう。
「私はただの生意気な女です」
「はっはっは、それはそうだな」
「わ、笑わないでください!」
そんなふうに喋っていたら、あっという間に医務室についてしまった。
中に入ると三つほどベッドがあり、棚には薬品の瓶が並び消毒液のような匂いが鼻についた。
そして、そこには誰もいなかった。
「まだ訓練中の時間だからな。医官も出ているのだろう」
「……あの、言い出しにくいのですが」
「ん? なんだ?」
自動回復、完了済み!
「やっぱり折れてなかったかもしれません」
流石にこの間に骨折が治ったなんて言えない。
魔女裁判で殺されても嫌だし。もっともメロディアスキングダムの世界観でそんなものがあるのかどうかは知らないけれど。
「そんなはずは……」
ディミトリは優しく袖をめくり上げ、腕を確認した。彼の長い指先が私の腕に触れる。
「確かに、なんともないな」
「ええ」
「しかし腕相撲の際、たしかに腕が折れたような音が鳴った」
「まぁ音は色々なことで鳴りますからね」
「少しは目を合わせたらどうなんだ?」
そうだ、こんなところで目が泳いだら負けである。
私はディミトリをまっすぐ見た。
銀灰色の美しい瞳。
しかしそこに、微かな揺らぎがあった。
「結局おまえは、おまえのことを教えてくれないわけだ」
「そうですね。今のところは」
「では、願いは別のものにしよう」
そう言うと、ディミトリは私をベッドに押し倒した。
「ちょ! 何するんですか!」
「願いを思いついたんだ。なんでもいいと言ったはずだ。すでに一つ反故にされたがな」
ディミトリは私の上に覆い被さった。両方の手首が掴まれ、私は身動きが取れない。
「ど、どう言うつもりですか!」
「俺はおまえが16のときに結婚を申し込むつもりだ。ただ、ザイレントにそのときまで何もしないなどという文化はない」
ディミトリが顔を近づけてきた。
それは本当に端正で美しい、しかし力強さを併せ持つ顔。その彼が、私を求めてきた。私は元々25歳のOLで、ディミトリなんて年下の男の子でしかない。
それなのになんだか私の心はリズに乗っ取られたように強い鼓動がうるさい。
息がかかるほどの距離。
そして彼の唇が、私の唇に触れた。
本当に触れただけのバードキスなのに、私は頭が真っ白になった。
ディミトリは私から離れ、そして言った。
「俺はおまえを少しずつ知っていくことにした。だからおまえも、俺のことを少しずつ知るといい」
「は、はい」
「もう夕食の時間だ。いくぞ」
私はディミトリに腕を引かれ、ぼんやりとしたまま歩いていた。