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彼は私をわかってくれない

 ザイレントの王都アイバル。その中央に位置するアイバル城。

 それはとても質素な城だ。


 ノーザウン皇都の城のように大規模な舞踏場はなさそうだし、調度品を置くために設置された台にも何も載っていなかったり、現国王が贅沢な暮らしに執着していないのが見て取れた。


「この時間はお出かけしている人も多いですから、あまり楽しくないかもしれませんけれど」


 そう言って連れてこられたのは炊事場だった。

 壁際には薪がうず高く積まれ、大きな竈の火が勢いよく燃え盛っている。そのせいかとても温かい部屋で、大勢のメイドが野菜を洗ったり肉に香辛料を揉み込んだりと下ごしらえを行っていた。


 そんな中、流し台で洗い物をするクーシャを見つけた。


「今日きたばかりで休んでいていいと言ったのですが、どうしても働きたいというもので……」


 ハンナは言い訳のようにそんなことを言った。

 クーシャはこちらをチラリと見ると、軽く会釈して黙々と作業を続けた。


「みなさん、こちらはリズ・ブラックヴィオラ様です。ディミトリ様の婚約者として本日よりここで生活なさいますので、くれぐれも粗相のないように」


 口々に返事があり、しかし皆すぐに作業に戻った。


「ここは漁場も近いので魚も美味しいですよ。ザイレントは農業国で、世界屈指の食事処でもあるのでぜひ夕食を楽しみにしていてください」


 確かに、すでに美味しそうな匂いが漂っている。

 前世の冒険者時代は『焼いた謎の肉ゥ!』『その辺の草ァ!』みたいな食事が多かったため、どんなものが出てくるのか本当に楽しみだ。


「世界屈指の食事処だなんて、きっと豊かな国なんですね」

「……まぁ、そういう時代もあるにはありましたが……」


 ハンナの表情は少し曇った。 


「最近は貿易が上手くいかないみたいで……これは下女としては過ぎた言葉でした」

「いえ、勉強になるわ。少しクーシャを励ましてくるね」


 私は皿洗い中のクーシャに早足で駆け寄り、「頑張ってね」と肩をぽんぽん叩きつつ回復魔法(ヒール)をかけた。ディミトリも疲れたと言っていたし、クーシャであれば尚更だろう。


「あ……え。 え? あ、ありがとうございます」


 なんだか困惑した表情を浮かべていたが、彼女も新たな環境で必死だろう。

 クーシャだって頑張っているのだから、私も負けてはいられない。


  ◆  ◆  ◆


 城の裏手の森のほど近くには開けた場所があり、そこは騎士たちの練兵場になっているようだった。

 窓からうっすらと訓練の様子が見えたので、「もっと近くで見てもいい?」と尋ねると、渋々ながらハンナは案内してくれた。


「普段この時間は訓練を行っています。彼らがお守りくださいますので、リズ様は安心してご滞在くださいませ」


 確かに、100人を優に超える騎士が剣を交えて戦闘訓練をする様は圧巻ではあった。

 一対一形式の訓練らしく、剣は模擬剣だろうが打ち合いは迫真を極め、悲鳴が上がることもあった。


 誰かの苦痛の訴えに対して指揮官らしき人が「甘えるな」と一喝し、さらに剣で打ち付けていた。

 そんな様子に、私は顔をしかめてしまう。


「もっともこんなところはリズ様には関係ないかもしれませんね。行きましょう」

「これは……ダメ」

「——あ、リズ様!」


 私は思わず走り出し、追い討ちをかけられた男のところへ走っていた。

 彼はまだあどけなく、私よりも年下に見えた。悔しさか、痛みかはわからないが涙を目に湛えていた。


「大丈夫?」

「……あ、いえ」

「なんだお前は」


 威圧的な声が届く。

 振り返る。大柄な指揮官らしき騎士がそこに立っている。眼帯の隻眼で私を見下ろしていた。


「パスカル様、申し訳ございません! 彼女はディミトリ様の婚約者のリズ様です。リズ様、すぐにお戻りを!」


 ハンナが大声で叫ぶような声が聞こえたが、それには応えられない。


「お坊ちゃんに婚約者が……? それにしても、訓練中に女子供に乱入されては迷惑だ。下がれ」


 女子供……?

 なんて前時代的な言い方なんだろう。ブラック企業時代を思い出す。


「……なんだ、文句があるのか? 下がれと言ったのが聞こえなかったのか?」

「いえ、彼は剣でやられたことに関しては反省していると思います。それ以上に叩く必要はあるかなぁ、なんて。ほら、人って叱るよりも褒めた方が伸びるって言いますし——」


 私の言葉はよほど怒りを買った様子で、パスカルと呼ばれた指揮官は剣を振り上げた。

 まさか女子供に暴力を振るう気?


 彼の剣が私に向かって振り下ろされるよりも早く、私は防御魔法を展開する。

 大丈夫、なんとかなる。


 が。

 彼の剣はまったく別の要因で防がれた。


 誰かの剣がパスカルのそれを弾き飛ばしていた。男が私の前に立っていた。


 ディミトリだった。

 ディミトリが私に背を向けたまま、パスカルに言った。


「パスカルよ。彼女は俺の婚約者だと聞こえなかったか?」

「……ディミトリ様。そのような大切な方をむさ苦しい場に連れ込んでは困りますが」


 刺すような視線をパスカルに向けていたディミトリは、ふと視線を切って私に向き直る。


「行くぞ」

「え、まだ話は終わってません」


 しかし私の言うことを聞いてはくれず、彼は腕を掴んで強引に私を引っ張った。


「王子とはいえ、練兵場に婚約者を連れてこられるのは困りますな。指揮が下がりますので」

「悪かったな。よく言い聞かせておく」


  ◆  ◆  ◆


 ディミトリの執務室で、私は彼と二人きりになっていた。


「評議会終わりに練兵場に顔を出してみれば……。言い訳を聞こう」


 ディミトリは頭を抱えながら言った。怒っているというよりも、呆れているという感じだ。


「確かに、部外者の私が突然あの場に行ったのは悪かったとは思います。が、仕方がなかったのです。あのパスカルって人が、若い騎士さんを虐めてたから」

「虐めているように見えるのか? それが訓練の一環だとは思わなかったか?」


 若い騎士は、対人訓練で打ち負け悲鳴をあげたところを、パスカルにさらに叩かれた。それに意味があるとは私には到底思えない。


「思いませんでした」

「……そうか。おまえはその若い騎士を助けようとして行ったんだな」

「はい」

「しかし、それはやめろ」

「なぜですか」

「おまえが傷つくところは、俺は見たくない」


 とても悲しそうに、ディミトリはそんなことを言うのだった。


「訓練とはいえやつらは興奮状態だ。王子の婚約者とはいえ、おまえがどんな目に合うかはわからない」


 怒られる流れかと思ったが、ディミトリは私を諌めるだけだった。

 私は100の言い訳を考えていたのだけれど、こちらを心配されては下手な考えは吹き飛んでしまう。


「……ごめんなさい」


 自然と口をついた言葉だ。私は別に、ディミトリを心配させたいわけじゃない。でも同時に思ってしまう。

 そのディミトリの心配は、杞憂だ。


 ディミトリは私のことを、わかっていない。

 そう思うと、だんだんムカついてきた。


「あの、ディミトリ様。こっちを見ていただけますか」

「なんだ」

「ディミトリ様は、本当に私のことが好きなのでしょうか?」

「……なんだと?」

「だってディミトリ様は、まったく私のことを知らないと思います」

「そうだろうな。まだ出会ったばかりだ」

「だからディミトリ様は、もっと私のことを知ってください」

「どう言う意味だ?」

「ディミトリ様。どうか私と——」


 結局ディミトリも、私のことを女子供だと思っている。


 わからせてやりたい。


 そんな気持ちに、私はかられてしまったのだ。


「腕相撲していただけませんか?」

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