好きな色
私は城の一室をあてがわれ、そこで生活することになった。
石造りの壁には素朴なタペストリーが掛けられ、床には淡いブルーのラグが敷かれている。窓際に置かれた小さな化粧台の鏡には外の庭園の緑がぼんやりと映り込んでいる。
ベッドに倒れ込むと、ふかふかで申し分ない。
クーシャは私につきっきりというわけではなく城の仕事もするそうなので、どこかに連れられてしまった。私は部屋で一人ぼっちだ。
しかし、自分の部屋。
自分の部屋なんて久々な気がする。なにせ前世では野営や宿住まいばかりだったから。もっと前のOL時代なんて片付ける気力さえなかったから、こんなに整頓された部屋は初めてかもしれない。それは嬉しいかも。
これからどんな家具を増やしていこうかな、なんて考えていたところで来客があった。
「失礼いたします。わたくしはメイド長のハンナと申します。お疲れのところ申し訳ありませんが、リズ様のお身体の採寸をさせていただいても構わないでしょうか」
白髪混じりだが背筋の伸びた女性が、私に対して丁寧にお辞儀した。
私も慌てて立ち上がりお辞儀を返す。
「は、初めまして、ハンナさん。私はリズ・ブラックヴィオラと申します。今後、お見知り置きを」
ハンナは目をパチクリさせながら言った。
「……あの、見ておわかりかと思いますが、わたくしは貴族ではもなんでもない、ただの下女でございます」
「え……。何かおかしかったでしょうか?」
いや、確かに言われてみればメイドに対してそういう接し方は変なのかもしれない。前世でも生まれは下賎だったため、その辺の感覚はわからないが、確かにゲーム上でリズはいつもメイドに高圧的だ。
しかし、ハンナは明らかに年上。
体育会系ブラック企業時代が蘇り、なかなか年上の人にフランクな態度は難しい。
「おかしくはないのですが、貴族のお嬢様から立って礼をされたのが初めてだったものですから……」
「それっておかしかったってことですよね!? 私、どうすればいいですか!?」
ハンナはきょとんとした表情で言った。
「これはとても面白いお嬢様だわ」
面白いならばせめて笑ってほしい。
「あの気難しい第一王子が気に入るのもわかる気が致します。どうもしなくてもリズ様はとても素敵ですが……そうね。それだと他の人に見られたときにわたくしたちメイドが怒られてしまうかもしれないですね。わたくしたちは召使なので、敬称も、敬語も不要です」
なるほど、敬称も敬語も不要。
ちょっと試しにやってみる。彼女は確か、私の体を測りにきたんだったか。
「オ、オイ……。ハヤク……サイスン、セイ!」
「本当に面白いわ」
こっちだって上手くいかなかったのはわかってるんだから笑ってほしいよ!
「敬称も敬語も不要って言われても、なかなか難しいです」
「そうね。ではこちらも失礼を承知でご助言させていただきます。リズ様は、どうかわたくしたち下女を、肉親だと思ってください。わたくしのことは祖母だと思うのはいかがかしら。もちろん、リズ様のお祖母様はもっとずっとお美しいでしょうが」
お祖母様。
ハンナはお祖母さんというにはずっと若い気もするけれど。しかしその優しそうな感じは日本に住んでいたとき小学生時代によく会っていたお祖母ちゃんに重ならなくはない気がする。
「じゃ、じゃあハンナさん。採寸してもらってもいい?」
ハンナはにっこりと頷いた。
「『さん』は余計ですが、まずまずですね。それでは、こちらこそお願い致します」
旅の途中で手に入れた軽装を脱ぐと、ハンナは手際よく私の体にメジャーを巻きつけていく。
「とてもプロポーションがよろしいので、ドレス選びのお手伝いが楽しみです。ところでリズ様は、好きな色などございますか?」
「……好きな色……」
そんなことを考えるのも久々な気がする。
前世では強い装備を揃えること優先で、色合いなんて気にする余裕はなかったから。
リズには、どんな色が似合うだろう。
舞踏会では真っ赤な服を着ており、それはとても華やかだったがしかし私には派手すぎに映った。もっと落ち着いた色。
ふと思い浮かんだのはディミトリのことだった。
漆黒の髪に銀灰色の瞳の彼は、一つの黒い宝石のようだ。
「黒、かな」
口に出すと、それはとてもしっくりきた。私のファミリーネームはブラックヴィオラ。輝く黒こそ、きっと私を表す色だ。
「私は黒が好き」
「きっとリズ様に黒は良くお似合いでしょう。素敵なドレスをご用意します。それでは採寸も終わりましたので、お食事の時間までおくつろぎくださいませ」
「ところでハンナさん、お願いがあるのだけれど」
「なんなりと」
「このお城を案内してくれないかしら」




