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深窓の姫君

「ところでリズ嬢、あなたは音術をどう思う」

「……音術……ですか?」


 王の表情に影が差し、再び厳しいものへと変化した。


「音術はノーザウン固有の技術で、音術師が他国へ渡ることは厳しく制限されている。それは非常に強力で、貿易や外交で気付かぬうちに他国は損を被る。戦争不要の帝国。それがノーザウンだ」


 音術はメロディアスキングダムでもメインの要素だ。学園の生徒たちは音術を習得することを目的として学園生活を送る中で、キャラクター同士の恋愛に発展していく。


 特に第二皇子——パル・メルバーティは音術による呪いによって、最終的には死んでしまう。

 それは物語上大きな問題であり、それは直近の私の課題でもあった。現在パルは死ぬルートに乗っており、それはシャルルの闇堕ち、ひいてはノーザウンの軍国化に拍車が掛かっていくのだ。


「もちろん存じております。恐ろしい力です」

「ブラックヴィオラ家のお嬢さんとなれば、あなたは聖歌学園に通っていたのではないか?」


 はい。

 ゲームの舞台でした。

 しかしそれをそのまま言うのは憚られた。なぜなら私は音術が使えないから。


 音術は確か、歌うことで不思議な効果を与えるものだったと思うけど、具体的にどう歌えばいいのかはわからないし、何より1度目の人生で私はひどい音痴だった。音楽の授業で「真面目に歌って」って言ってきた先生はひどい。真面目に歌ってそれなのだ!


 だから、仮にやり方がわかったとしても私は音術は使えない。

 もし聖歌学園に通っていたと答えて「音術を見せてくれ」なんて要求されたらあまりにも大きなボロが出てしまう。


 言い淀んでいると、先にディミトリが口を開いた。


「父上、お言葉ですがリズを国政に巻き込むようなことはやめていただきたい」

「ほう。それが目的で連れてきたわけではないと?」


 ずきり、と心が痛んだ。

 私はディミトリの方を見た。表情は驚きに歪み、次の瞬間「そんなはずがない」と強く言い切った。


 確かに否定してくれた。

 しかし私の心はその疑念の種が植え込まれ、その可能性に囚われた。


 別に彼が一目惚れしただなんて信じていない。

 私はディミトリと結婚するのが目的じゃない。


 じゃあ私の、この胸の痛みは嘘だ。だってその可能性に胸を痛める理由なんて、どこにもないじゃないか。


「とにかく長旅で疲れているのです。これにて失礼致します」


 ディミトリがドアから出て行ったので、私は慌ててついて行った。

 そばで待機していたクーシャも合流し、寂しい廊下を歩きながらディミトリは言った。


「恥ずかしいところを見せたな」

「いえ、そんな」

「父上がおかしな方向に話を向けたことも詫びよう。すまなかった」


 メロディアスキングダムをプレイしていてもわからなかったが、まさか音術がノーザウン特定の技能だったとは。確かにそれであれば、隣国がその能力に興味を示すのは当然かもしれない。王であればなおさら。なるほど王が私を気に入った理由はそこか。


「音術は国の存亡に関わる力だ。だからこそ、おまえもその力をここで無闇に使うわけにはいかないだろう。知られれば改めて刺客を仕向けられかねない」


 国外不出の技術とあれば、それを漏らす存在は確かに邪魔だろう。

 せっかく他国まできたのに、私はまだノーザウンにとって厄介な存在なのだ。


「ちなみに仮面の男たちは心配しなくていい。君に逃げられたことを知られれば、殺される。奴らはすべての仕事が上手くいったことにしているさ」


 私はパルの呪いを解いてシャルルの闇落ちを防げば、ノーザウンの軍事侵攻は始まらずザイレントの滅亡は防がれるものと思っていた。しかし、ひっそりとノーザウンに戻ってパルの呪いを解くというのはかなり難しそうだ。音術使いである私が他国で生きていたというだけで、彼らからすれば脅威になりかねないから。


「長旅で疲れただろう。今日はもう、部屋でゆっくり休め」


 なんだか不思議だ。

 ディミトリが私を気遣ってくれるのはわかる。それなのに、私にはそれがしっくりこない。

 そしてまた、私の心がずきりと痛んだのだ。先ほど王の前で、ディミトリが国政に巻き込むなと庇ってくれたときと同様に。


 気がつくと、私は言葉を発していた。


「ぜんぜん疲れていません」

「——は? いや、無理をするな。俺だって疲れてるんだから、おまえだって」

「本当です。私はまったく疲れないんです」


 だって私には、自動回復(オートヒール)が掛かっているから。

 前世の能力が大体引き継がれている私は、肉体がリズ・ブラックヴィオラだったとしてもそんなに柔じゃない。


「ディミトリ様、申し上げます」

「……なんだ?」

「もし私を深窓の姫として扱い小箱に閉じ込めようとするのであれば、それは無理です。あなたは私を助けてくれた。だから私はその恩返しに参ったのです」


 私は姫になりにきたんじゃない。

 この国を、ディミトリを救いにきたんだ。


「私が役に立つのであれば、別に死ぬことさえ厭いません」


 どうせすでに2度失った命。今更惜しくはない。

 その命をどう使おうが、それは私の自由じゃないか。


 それなのに、あなたは。

 どうしてそんな悲しそうな表情で私をみるのだろうか。


「そんなことを、言うな」


 言葉を軽くいなされ、ただ部屋に案内されるだけの姫君。

 そんな自分が、いまはとても不満だ。

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