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すでにそれがあるから

 シャルルって天然だな。

 目の前で崩れ落ちた彼を見て、私はなんだかおかしな気持ちになった。


 そういえば、メロディアスキングダムはシャルルの少し抜けたところも人気なのだ。

 序盤は優しいけれど、権威を笠に着たところのあるシャルル。それが徐々に打ち解けると主人公のカノンを庶民だと見下すことが減っていくのだ。


 ひょっとすると、カノンとの恋愛イベントが消化不良で彼の良心が育っていないのかもしれない。

 それであっても祖国を追放した相手に対してその態度は人間としてどうかと思うけど。


 ともかくとして、パルの意識が元に戻ったがまだ体力が戻ってきていないのは明らかだった。

 パルはジョセフに担がれたまま階段を上がっていき、すぐにシャルルも続いた。


 一度は崩れ落ちたシャルルだったが、すぐに気をとりなおしてジョセフについていき、繰り返し「よかった、本当に良かった」と声を掛けていた。


 結果として、私たちは暗い地下の廊下に二人で取り残された。


「……ずいぶんあっさりと呪いを解くものだな。ノーザウン随一の音術師でもその呪いを解くことはできないのだろう」


「みんな、やり方を間違えていたんです」


 誰もパルの呪いを解けはしない。

 敵国の誰かにその呪われたものだ、との前提に立てば尚更だ。


「ノーザウンの術師たちはみんな、パル君の意識を取り戻すことがパルの希望だと捉えていたから」

「違うのか」


「シャルル様とパル君は仲の良い兄弟です。しかし、その後ろについている人たちは仲がいいわけではありませんからね」

「……そういうことか」


 ディミトリもザイレントの王子である。

 政治的な部分の嗅覚があるのだろう、簡素な説明で理解してくれる。


 パルは自ら望んで呪いに掛かったのだ。

 そうすることでノーザウンが平和になると信じて。


 メロディアスキングダムでは様々なキャラクターとの交流を通じてその背景を知ることで、パルの呪いを解く鍵となる。彼の呪いを解くのに重要なことは、パル自身の幸せや、生命力に訴えかけることではない。


 パルを復活させるには、ディミトリの危機を伝えることだ。

 私はそれを事前に知っていたから呪いを解くのは難しくもなかった。


「パルが音術師に命じて自らに呪いを掛けたというわけだな。他国ながら、ややこしいことだ」

「いいえ、違いますよ」


「違う?」

「パル君を呪ったのは、パル君自身です。パル君の、声によって」


 ディミトリの視線が厳しいものと変わる。


「ノーザウンでは音術は女しか使わないものかと思っていたが、しかしまぁ俺も使っているのだし、本当は誰でも使えるのか?」


 そういえばディミトリにはまだ魔法を教えず音術で通しているのだった。


「……じ、実は私やディミトリ様が使っているのは本当は音術とは別ものでして……」

「別もの?」


「ええ、私の使っているこれの、本当の名前は『魔法』と言います」

「まぁそんなところだろうな。薄々おかしいと思っていたのだ。おまえの『まほう』は、あまりにも常軌を逸っしている」


 音術とは別の得体のしれない何かを使う私を目の前にしても、ディミトリは態度を変えない。

 それがこの人の強さの一つなのだろう。


「ディミトリ様の言う通り、ノーザウンの音術師は全員女です。実際に、男性は音術を使うことができません」

「ならばなぜパルが……?」


 それは単純な話。

 音術に必要なのは高い地声。


 つまりは。


「パル君はまだ、男子だからです」


 彼の声は声変わり前で、少女のように美しく透き通っている。


「音術には高音の地声が必要なので、声変わりをしてしまった男性は使うことができません。逆にいえば、声変わり前であれば音術は素養のあるものが訓練を積めば使うことが可能です」

「なるほど。それは通常使えない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)ということだな」

「……ええ、その通りです」


 音術の習得には長い期間を必要とする。

 仮に男子がやっと習得できたとしても、それは歳月を通じてすぐに使えないものになってしまう。

 

 だからこそ、聖歌学園の音術部では男子は入ることさえ許されていない。


「パル様はたまたま音術に対する高い素養を持ち、尚且ついずれ消えるその技術の鍛錬を続けました。ただ、いずれ消えるとはいえ彼の技術は、この国のトップクラスと比べても遜色ありません」


 自分自身に強力な呪いを掛け、そして誰にも解かせない。

 それはパルがノーザウンを平和に導くために行った決意だ。


 さらに言えば。


「……まさか、俺に音術を掛けたのも……」


 ディミトリはその可能性に思い至ったようだ。

 ディミトリはメロディアスキングダムに出てこないから、その知識からはっきりした答えを導くことはできない。


 しかし、パルはディミトリと会う機会もあり、音術の能力も充分で、尚且つノーザウンの繁栄を目的としている。それも自分を犠牲にするほどの覚悟で。


 私の感覚としても、マーズ・ハイドルトもミューラリー・ミミックもディミトリを呪った相手には思えなかった。なにより、ディミトリに掛けられていたものとパルの掛かっていた術の質が似ていた。


「おそらくは、としか言えませんが」

「まぁ良い。いずれ本人から聞けばわかるだろう」


 パルが目を覚まさなければ皇位継承争いの第二位がジョセフとなり、ディミトリとジョセフは競うように戦果を求めて他国へ侵攻するようになる。


 一方で、パルが意識を取り戻せば周囲の思惑に反してディミトリと手を取り合って勢力は融和に向かうのだった。少なくともメロディアスキングダムのストーリー上はそう描かれている。


「さて、リズ。おまえの用事は終わったんだな?」

「……え、ええ。まぁ」


 私の当面の目的は、パル・メルバーティの呪いを解くことだった。

 ノーザウンの暴走が防げればいったんザイレントが攻め込まれはしないだろうし、ザイレントを繁栄させるまでに時間を使うことができるだろう。


「であれば今度は、俺がこの状況を国益にする番だ」


 言うと、ディミトリはシャルルたちが上がって行った階段を見上げた。

 何者かが降りてきた。


 そこにはジョセフの姿があった。

 ジョセフは私をまっすぐに見つめた。


「リズ・ブラックヴィオラ。パル様の意識の回復、感謝する」


 もはや商人を騙る意味もないだろう。


「……いえ、パル君は幼馴染ですから。これからパル君はどうなりますか?」


「安心しろ。医官を集めて療養に努めることになる」

「それは良かったです」


 ジョセフは感謝の言葉を述べる一方で、彼は騎士たちを数十人も引き連れていた。


「ところでリズ。おまえはノーザウンで保護する」

「え……嫌ですけど」


「そうはいかないな。おまえは聖歌学園で優秀な成績を収める音術師で、その情報がどこまで流出したか確かめる必要がある。また、流出の危機がある以上他国へ出すわけにはいかないからな。第一、おまえに意見を求めてはいないんだ。わかるな?」


 彼の後ろに控えた騎士が、一人の口輪を咬まされた少女を突き出した。

 その少女は、クーシャだ。


 クーシャが、なぜ!? 

 ジョセフの視線がディミトリに移る。


「ザイレントの王子よ。おまえは本当に間抜けだなぁ」


 ジョセフが表情を歪ませて言った。


「いまでこそ効果は解けているようだが、ずっと自国の軍を弱らせ続けた。本当に助かったよ」


 ザイレント軍。

 それは、私から見ても力のない軍だった。パスカルによる前時代的な指導による疲弊によって、士気までも大きく下がっていた。そもそも、指導官にパスカルをおいたのが間違いであり、その選択さえもディミトリが音術によって操られていたからだ。


「観光に国を開いてくれて助かった。もはやザイレントに検閲はないも同然だ。知らなかっただろう。ザイレントがすでにノーザウンの兵士だらけになっていたことを」

 

 食料輸出を制限し国内を飽食にした。その上で旅行者を歓迎して国中に溢れかえらせた。

 それをディミトリは、国を守るための施策だと言っていた。


 あまりにも平和的で。

 魔人ディミトリらしからぬ発想。


 それらがすべて、敵の策中にあるとすれば。


「おまえさえいなければザイレントに脅威はない。わざわざ出向いてくれてありがとう。あとは私が狼煙砲弾を街ごとに順次あげていけば、それはザイレントに届きノーザウン兵が攻め込むことになっている」


 ジョセフは本当に楽しそうに続けた。


「ただ、私も鬼じゃないからな。おまえたち二人の身柄を渡せば攻め込むのは止めよう。さぁ……どうする?」

「なるほどおまえが黒幕なんだな?」


 つまりは、ジョセフはディミトリを侮っていた。

 たとえばこの場にノーザウンの騎士が30人いたとして、それが一瞬にしてディミトリに戦闘不能にされるなんて考えもしなかったし、あっさりと交渉に折れると踏んでいたようだった。


 しかし実際に目の前に起きたことといえばディミトリが先頭の騎士の剣を奪って剣の腹で叩くことによって次々と意識を刈り取り、最後に逃げ惑うジョセフを踏みつけてその剣を突きつけたのだった。


 あまりにも鮮やかで、私は見惚れてしまった。


「わ、私が死んだら、合図が上がってノーザウンが落ちることになっているのだ! 今なら、今ならまだ引き返せるぞ!」


 陸の魚みたいにジョセフが喚いた。


「ジョセフ。おまえはどうしてここにクーシャ(その下女)がいると思う?」

「そ、そんなの、我々が攻め込むときに交渉用の人質として確保したからだ」


「おい、おまえはどうしてここにいるんだ?」


 ディミトリがクーシャに水を向けた。


「あの、ザイレントが攻め込まれる予兆が見えまして、私が捕まるのが都合がいいかなと思いました。ノーザウン側もちょうど人質を必要としておりましたから。ノーザウン側は大した戦力ではない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)ですよ、とお伝えしに——」

「——馬鹿な!」


 ジョセフは大声をあげた。


「2000を超える戦力を分散させているのだぞ! それを大した戦力ではない、などと。戯けが!」

「それも把握しておりましたが、しかし申し訳ないですが、本当に一人一人が弱いし、索敵も容易で……」


「つまりそういうことだ。ジョセフ」


 ジョセフは驚愕の表情を浮かべた。


「ザイレントの民は、強いのだよ」


 クーシャ、ニコルを筆頭に日々学んでいる。

 ザイレントにはすでに、魔法がある。

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