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ありったけの殺気

 ディミトリは私がリズ・ブラックヴィオラだと気がついたようだった。


 だとすれば、私にどんな処罰を下すのだろうか。音術の知識を持って(いると思われて)おり、他国でのうのうと生きている私に対して。


 ただ彼がパルを救いたい気持ちは本当のようで、私が対処する時間をくれたようだ。

 パルの待つ部屋に私が向かうことに対して、彼は何も言わなかった。


 本当はそこに一人で向かいたかったが、ジョセフもついてくることになった。

 それはそうだ。


 私がパルを殺さないように、後ろで剣を突きつけていないといけないから。


 それはまるで地下に幽閉されているよう。

 光の届かない部屋はまるで安置所のようだけど、ベッドだけが不釣り合いに豪華だ。


 パルは安らかに眠っていた。

 スースーと寝息が立ち、その度に胸の辺りが上下している。ディミトリによく似た少女顔で、本当に安らかな表情だ。


 しかしこの穏やかな少年はこの国を暴走させるきっかけとなる。


 シーツがかけられているのであまりわからないが、首は骨張って細く見える。ずっと気絶しているので食べ物が摂取できないのは当然だが、栄養はどうしているのだろう。ゲーム内でその描写があったかどうかは思い出せない。


 パルのマナの流れを見る。

 表面上におかしなところはなく、目視ではよくわからなかった。ふと、このままわからなかったらどうなるのだろうと思った。


 それであれば私は、ジョセフに殺されるか、もしくはディミトリに救われて戦争が勃発でもするのだろう。


 詳細に調べるために、パルの頬に触れようとした。

 一応振り返り、ジョセフを見ると渋々ながら頷いた。いよいよ指先がその柔らかい肌に触れ、すると彼のマナが微かながら私の中に取り込まれた。


 一つ一つが連なって、形になっている。

 それがなんの形なのか、集中することで見えてくる。


 音だ。

 もっと言えば、言葉である。


 それはパルだけに聞こえる言葉となって、彼の潜在意識の中へと侵食している。

 なるほど音術の呪いとはこうやって対象を蝕み続けるのか。私はその深淵に触れようとしていた。


 言葉はパルを支配していた。

 パルは言葉によって閉じ込められていた。


 すごいな、と素直に思った。

 音術は、本当にすごい。

 なんて繊細なのだろう。


 言葉で人を支配するだなんて!


 まるで人間の営みそのもので、それに比べれば魔法なんて野蛮だとさえ思えた。

 だって魔法は、エネルギーを直接ぶつけるようなものだから。


 これは、違う。

 あまりにも人間らしく、だからこそ深い。


 ——ノーザウンを守るために


 パルの中ではそんな言葉が繰り返し反響している。

 そしてそれこそが、彼を目覚めさせない呪いの言葉なのだった。


 ——ノーザウンを守るために


 そのためにどうして、彼が目覚めてはいけないのか。


 ——ノーザウンを守るために


 でも彼はまだ小さな少年で、それを背負うほどの器じゃない。たとえ第二皇子だったとしても、そんなものは関係ない。


 だから私は、声を掛けた。


「起きなよ。パルくん」


 敵国に呪いを掛けられたと言われるパル・メルバーティ。

 しかし、そもそも音術は他国に流出していない。だからそれを公言するのはおかしな話だ。


 恋愛シミュレーションゲーム、メロディアスキングダム。

 主人公であるカノンは音術を極め、最終的にその呪いを解くに至る。


 その真ルートの先にあるものを、私は知っている。

 パル・メルバーティは恐れている。だからこそ、今床に伏している。


 自分の意思で(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)


「兄弟で殺し合いなんて、起きないよ」


 第二皇子、パル・メルバーティ。

 君を傀儡にして国を支配しようっていう人はたくさんいると思う。君は生きているだけで、兄を殺す口実に使われるんだよね。


 知ってるよ。

 みんな言うんだよね。


 シャルルは愚昧だ。皇帝には君がなるべきだ。国家繁栄のために。そうなることが運命なのだ。シャルル・メルバーティを殺すべきだ。


 それならさ、自分が目を覚さない方がみんな幸せになるんじゃないかって。

 そう、思ってるんだよね。


 ——そんな錯覚は、私が許さない。


「大丈夫。ノーザウンは一つになれる。すぐになんとかしてあげる」


 ありったけの殺気を込めて、パルに優しい愛の言葉を脳に直接届ける。大丈夫。怖くないよ。

 私が君の心配事を全部潰してあげる。


 マナを音に変換し、私は思い切りパルに話しかけ続ける。


 大丈夫だよ。

 大丈夫だよ大丈夫だよ。


 大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよシャルルを(﹅﹅﹅﹅﹅)私が殺してあげる(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)


「————」


 ガバリと起き上がったパルは、血走った目で私を見た。

 眼窩が落ち窪み、ガリガリで、まるで骸骨のように痩せ細ったパルが私を見ていた。


 くっ、とか、かはっ、とか。ずっと寝ていたものだから声もまともにでなかった。

 それでもだんだんと落ち着いてきて、私を見て掠れた声を出した。


「リズ…………?」


 シャルルにしろ、パルにしろ。

 この人たちは認識阻害(モザイカル)を簡単に突破してくるみたい。その洞察力がメルバーティ家をその地位に押し上げたのかもしれない。


 さらにパルは、その落ち窪んだ目を見開いていった。


「……いや……違う。あなは……誰?」


 なんて、すごい。

 メルバーティ家歴代でも屈指の繊細さを持つ少年であるパル第二皇子。


 私に対する違和感に、この一瞬で気がついた?

 そもそも彼の私に対する記憶は何年も昔のもののはずなのに。そもそも彼の私に対する記憶は何年も昔のもののはずなのに。なんていう鋭さ。

 その感性こそがパル・メルバーティ。


 でも、その感性を肯定することは決してできない。


「ううん。私はリズ・ブラックヴィオラ。幼馴染の、お姉さん」


 パルはぼんやりと私の後ろに視線を合わせた。きっとそこでは、ジョセフが私に剣を突きつけている。

 でも、そんなものは関係ないよ。


 いまここにいるのは、私とあなた。私は彼の手をとって導いてあげる。


「さぁ、行くよ」


 今からノーザウンは、一つになるのだから。

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