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父王を騙せ

 準備が良いことに、ディミトリは臣下を五人ほど連れてきていた。

 彼らは要領よく仮面の男たちを縛り上げ、柱に括りつけた。


「家臣ときたのならば彼らを突入させればよかったじゃないですか?」


 ディミトリは騎士だと言っていたが、王子でもあるはずだ。

 あまり危険なことは割に合わないだろう。


 ディミトリは私から視線を外し、頬を少し赤らめた。


「……格好つけたい気持ちくらい理解しろ」


 ディミトリは普段戦士の顔をしている。温室育ちの貴族ではない、戦う男の精悍さ。

 そんな彼が見せる可愛らしい表情に、なんだかこっちまで照れてしまう。


「そんなことより、その女はどうするんだ?」


 彼が指差したのはクーシャだった。


「仮面の男たちと一緒に縛り付けておくか?」 

「な、なんでですか!」

「おまえは誰に案内されてここにきたんだ? そいつは仮面の男たちと共犯だろう」


『あの、お嬢様……お逃げを』と震える声で言ったクーシャの表情が思い出された。


 それは確かに共犯者の言葉なのだろう。

 そこに行くと私が危険なのを知っていたということだから。


 誰かに唆されたのか、彼女の意思か。

 メロディアスキングダムで端役の彼女の感情は、私にはわからない。


「クーシャ。あなたはどうしたい?」


 びくりと肩を揺らすクーシャ。その顔は青ざめている。


「わ、私は……ど、ど、どんな処分でも……う、うけ…………」


 とても覚悟など決まっていないと言うように、彼女は言葉を絞り出していたが、しかしそれは止まってしまう。震えて声が出なくなってしまう彼女の様子を見るまでもなく、それは重大な決断なのだろう。しかし私は、慣れない舞踏会と賊の襲撃で疲れてしまった。気を使う余裕のない言葉が勝手に溢れ出してくる。


「ノーザウンに残るか、私と一緒にザイレントに行くか、早く決めてちょうだい。まぁあなたにも家族がいるだろうから、私と一緒にきてもなるべく休暇は作るようにするけれど。いいですか? ディミトリ様」

「? まぁ、おまえが言うなら……」


 家族がいる、と言った直後に本当にそうなのか疑問が頭をよぎる。

 端役の彼女の設定など公式にもなかった気がする。


「……わ、私は、し、死ななくて良いのでしょうか……」

「はぁ? どうしてそんな話になるのよ」

「だ、だって私は、酷いことになるとわかっていてお嬢様をここに連れてきてしまったのです!」


 涙を浮かべてクーシャは取り乱していた。


「お嬢様を危険な目に合わせたのは、私なのです——」

「でも、あなたは『お逃げを』って言ったじゃない。私を助けようとしてくれたんでしょ?」


 今までのリズとクーシャの関係がどうだったのかはわからない。

 彼女は使用人で、弱い立場だ。何か理由があってそうせざるを得なかったのだろう。でも、最後はそうしない決断をした。だから私から見れば、勇気ある大切な従者である。


「私はあなたのことが好きだから、できればついてきて欲しいけど。簡単に決断するのは難しいわね。一旦ノーザウンに帰って、気が向いたらザイレントに来てもらう方がいいかしら」

「いえ、参ります。お供させてください。お嬢様」


 きっぱりと、クーシャはそう言った。

 それを聞いただけで、私は心が軽くなった。新しい世界で心強い仲間ができたのだと、そんな気がしたのだ。


  ◆  ◆  ◆


 馬車に揺られ、その日はノーザウン内の宿屋に一泊し、その後も街や村を転々としながらザイレントへ向かう。メロディアスキングダムはノーザウンの首都の学園が舞台なため、畑ばかりの長閑な景色はゲームとはまったく別世界みたいに感じる。でも、きっとみんなの生活を成り立たせるってそういうことなのだろう。


 三日ほど移動に費やすと、ついにザイレントの王都へと辿り着いた。

 城下町は活発で、たくさんの商店と街を行き交う人々の顔は溌剌として見えた。きっといい国なのだろう。


 私たちは城へ連れて行かれた。

 街は絢爛なのに、城はやや質素な印象だ。グレーの石の城壁は飾り気がなく、歴代の王の肖像画が飾られることもない。


 連れて行かれたのは王の間で、そこも執務机がある程度の極めて質素な場所だった。この国王様、つまりディミトリのお父様は飾り気のないタイプなのかもしれない。執務机に着座したままの王が纏っているのは、動きやすそうで軍服のようにも見える。ディミトリと同様鋭い目つきをしており表情も厳しい。国を預かる男の顔なのかもしれないと、そんなふうに思った。


「父上、ただいま戻りました」


 跪くディミトリに倣って、私も跪く。ちなみにクーシャは部屋の外で待機中だ。


「顔をあげよ。ところでディミトリよ、そちらの方は?」

「彼女は俺の婚約者、リズ・ブラックヴィオラ。彼女が16を迎えた年に結婚いたします」


 そういうことにする、と道中ディミトリから聞いていた。

 王子の婚約者の立場であれば王宮の一室を用意されるためだ。その気がなければいずれ婚約破棄していいのだとか。

 その後城下で暮らすことになったとしても、元婚約者という肩書きで蔑ろにはされないらしい。


 王宮で暮らすなど私には勿体無い提案だと思う。

 前の世界では冒険者で野営なんて日常茶飯事だったのだ。


 王の射抜くような視線に、私は思わず下を向いてしまう。


「ブラックヴィオラ? たしかノーザウンの公爵にそんな家名のものがいたな。そこの15歳の女はメルバーティ王子と婚約しているとか」

「ええ、奪ってきました。素晴らしい女性でしたので」


 そんな直球の言葉に思わず照れてしまうが、実際は婚約破棄された上に処分されそうだった私を拾ってくれただけだ。


「おまえが女性を連れてくるとは珍しいな。さんざん相手を見繕っても見向きもしなかったじゃないか」

「好みではなかったので、申し訳ない」

「ノーザウンと外交問題になるとは思わなかったか?」

「…………」


 婚姻とは、政治だ。

 だからそれは真っ先に気にすべき問題かもしれない。本当は私が捨てられたので外交問題になりようはないが、しかしディミトリが余計なことを言ったがために話がおかしくなってしまった。


 ディミトリもなんだか言い淀んでしまったし、私が回答しなければ。


「恐れながら申し上げてもよろしいでしょうか?」

「よい」

「ノーザウンのシャルル・メルバーティ様はとても気位の高い方です。彼は自分のことが好きな女は好きなのですが、私の心がディミトリ様に向けばそれを気にするような人ではないので、気にする必要はありません。ノーザウンから離れるときも、彼に未練があるようには見えませんでしたよ」


 それはゲームの印象とも一致する事実だ。なにせ主人公が好意を見せればそれに答えて悪役令嬢のリズを振ってしまうようなキャラクターである。実際、未練も見えなかったから嘘は言っていない。


 どうだろう。通じただろうか。

 鷹のような王の目が、私を見透かさんと捉え続ける。


「リズ嬢よ。あなたはずいぶん肝が座っているな。まだ15で、慣れ親しんだ国から出て知らぬ王の前にも関わらず緊張しているようには見えない」


 まぁ、色々ありましたので。


「ところで訊ねたい。ノーザウンは大国だ。それを捨ててまで、なぜここにきた? 息子のどこに惚れたのだ?」


 ここから先は、何を言っても嘘になってしまう。

 このまっすぐな視線の王を、騙し切る。


 ……騙し切る?


 どうして私は、この人を騙そうとしているのだろうか。

 私は別に王宮に住みたいわけじゃない。

 ディミトリは魔王のような威圧感があり得体がしれないけれど、とても好ましい人柄で自分には勿体無いとさえ思う。だからといって結婚したいわけじゃない。


 ただおそらくこの国は滅び、この王も、ディミトリもいずれ死ぬ。

 不遜かもしれないけれど、それを止めるために私はここにやってきた。


 そのことに、この人を騙すことが関係するのだろうか。


「言えることは、ありません」


 ディミトリは男らしくて格好いい。私を守ろうと体を張ってくれる。好意を率直に言葉にしてくれる。

 素敵なところがたくさんある。


 でも、この場でそれを言うと、全部が嘘になってしまいそうで。

 だから私は、王に返す言葉がないと気がついた。


 相変わらずの厳しい目。それが急に、ふっと細まった。


「ふふ、はっはっは! おい息子よ。どうやらおまえは振られたらしいぞ!」


 口に出してから、私はおかしな発言をしてしまったことに思い至り、横を見るとディミトリは頭を抱えている。


「いえ、もちろん素敵な方なのですが——」

「よい。おそらく、あなたの方が息子よりもだいぶ上手なのだろう」


 優しく破顔した王に、もう厳しい表情はない。


「リズ嬢が16歳になったら婚約すると言ったな。であればそれまでにお前が彼女の特別になることだ。これは難しい試練だが、できるな?」


 ディミトリは弱々しく頭を垂れた。

 彼も父親には頭が上がらないらしく、同時に私は認められたようだった。なぜ気に入って貰えたのか、それはわからないけれど。

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