短剣の切先
少し時間は経ってしまったが、私たちは客間に戻った。
すると出かける前と同じようにジョセフもミューラリーも待っていた。
特にミューラリーの顔には何も動揺するところがなく、さすが国家第一席音術師といったところか。
「ずいぶん血だらけだな。揉め事なら他所で済ませてきてくれないか?」
ぬけぬけと、ジョセフはそんなことを言う。
「あの程度は揉めたうちに入らないさ。まさか、この程度でビビってるのか? カイードル卿ともあろうお方が」
ディミトリの挑発にジョセフは青筋を立てるものの、それ以上の反応はない。
彼もずいぶんと肝が座っている。
ディミトリは腕をテーブルの上に投げ出した。
袖をまくると、そこにはたくましく健康的な腕がある。先ほど折れたとは思えない。傷一つない腕だ。
「改めて言おう。俺たちであれば第二皇子を助けられる。それに今回は格安で請け負ってやる。初回限定だ」
「商奴風情が」
ディミトリの軽口に、ジョセフは吐き捨てた。
おそらくジョセフはこちらの身元をわかっているのだと思うが、こちらは商人ということで通すつもりなのかもしれない。
「どんなトリックかは知らないが、確かに腕は治っているようだな。しかし、何度もいうようにパル様は遠征中だ。何を言われたところで——」
ジョセフはそもそもパルを救うつもりはなく、彼にいくら交渉を求めても仕方がない。
だからこそ別の人間と交渉することが必要で、そして交渉に足る人物は自らやってきたのだった。
「待ってくれ!」
部屋に入ってきた、明らかに高位の衣を纏った男。
見覚えのある女のような綺麗な顔。
シャルル・メルバーティ。
リズ・ブラックヴィオラに婚約破棄を突きつけた、ノーザウン帝国第一皇子。
息を荒くして顔を紅潮させる様は高貴な男に相応しくない。
「そ、その話は本当か!?」
「シャ、シャルル様! いま大切な話をしておりますので、出て行ってください」
「パルを助けると聞こえたぞ」
「素性の知れぬ人間の世迷言です」
「素性の知れた人間に何もできないのであれば世迷言も必要だろう!」
シャルルはパルの意識が戻らないことを誰よりも悲しんでいる。
それはメロディアスキングダムのゲームの中でもそうだったが、目の前にするとより迫力があった。
「なりません。そのものたちがパル様に危害を加えないとなぜ言えましょうか」
そっけない対応のジョセフにシャルルは歯を食いしばった。
どうにもならないと踏んだのか、シャルルは私たちの方を見た。
そして、やや視線を泳がせた上で、その焦点は私に合った。
「……おまえは……」
まるで、何かを思い出そうとするように。
私を至近距離で覗き込み、人形のように目を見開いた。
彼は指先を震わせながら、私の頬に触れようとした。
その手を、ディミトリが掴んで止めた。
「おい、無礼だぞ!」
ジョセフが言うと、ディミトリが睨みつけた。
「仲間は商品じゃないんで、勝手に触れられたら困るんだ」
「し、失礼した」
シャルルは慌てて手を引っ込めた。
「なんだか、知人のような気がしたのだ。気を悪くしたなら謝ろう」
シャルルは、わかるのだろうか。私が幼馴染で、自ら婚約破棄を告げた相手であるリズ・ブラックヴィオラだと。
認識阻害ごしに、彼は何を見たのだろう。
「頼む。もしパルが助かる可能性があるのであれば」
「パル様が殺されたらどうするのです——」
ジョセフのその指摘はごもっとも。
私が得体のしれない馬の骨であったとしても、ノーザウンのご令嬢だったとしても、ザイレントの皇太子妃だったとしても、シャルルの態度は間違いだと思う。
私は素早くシャルルの腰の短剣を抜きとり、それをシャルルに突きつけた。
「おい! 何を!」
慌てるジョセフを手で制す。
シャルルの様子を見ると、彼は現状も認識できず不思議そうに剣の先端を見ていた。少し待つと、やっと認識できたのか「ひゃあっ!」と慌てた声を出して尻餅をついた。
別に何かをするつもりはない。
ただ手近な凶器を借りただけ。
私は刃を自分に向け、柄をシャルルに差し出した。
剣先そのまま、剣先に自分の喉を近づける。
「常に私に刃を突きつけておくと良いでしょう。おかしなことをしたら即座に殺すんです。いかがですか」
「……いや……いい。パルを見てくれ」
「あれれ? パル皇子は遠征中だったのでは?」
私はジョセフに視線を流した。
「……言葉のあやだ。見るといい」
ジョセフは素直に頷いた。
わかってるね。
刃は私に向けていたとしても、いつでも誰に対しても向けられるってことなんだ。




