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想定外の戦闘

 ミューラリーを客間に残し、私とディミトリは城の外へ出た。

 騎士たちにテントを張らせ、その中でディミトリの治療を急いだ。


 ディミトリの腕は折れているものの、声をあげることもせず耐えているのは恐ろしい胆力だ。

 この日はすでに大量の魔法を使っているため、マナの操作にも集中力が必要だった。


「元に戻らなかったらどうするんですか! せめて事前に言ってくれれば——」

「事前に言えば止めなかったか?」


 ディミトリの腕を折るくらいだったら、自分の腕を折ったかもしれない。

 その方が操作しやすいし。


「そんなことを言ってる場合じゃありません!」


 とにかく私は精一杯の集中力を込めて彼の腕を回復させた。回復魔法は私にとって難しくはないが、しかし私の魔法体力がかなり消費されている。

 リズ・ブラックヴィオラは魔法において、聖女リッサにはとうてい敵わない。


 ただ、私は同時に逆の感想も抱いていた。


 ——リズ・ブラックヴィオラは、すごい。


 きっと魔法の訓練なんて何も行ったことがないはずなのに、これほどまでに魔法体力がある。

 前世において、リッサは特別だった。修行をすればぐんぐん魔法の能力が上がり、だからこそ勇者パーティに加わり主戦力の一角として活躍できた。


 今の私には、魔法の知見がある。

 でも、そうじゃなかったとしても、リズ・ブラックヴィオラは才能において、聖女リッサ以上なのでは。


 そんなことを考えていた。

 つまり私は、油断していた。


 唐突に何かがテントを突き破った。

 私はそれに気がつくことができなかった。気がついたときにはディミトリの肩のあたりが真っ赤に染まっていた。


 真っ赤はなおも広がり続け、ディミトリを侵食しているようだった。


「ディ……ディミトリ様」

「……気の抜けないものだな」


 それは矢だった。

 テント越しにこれほど正確にディミトリを射抜くなど、よほどの使い手がいるのかもしれない。メロディアスキングダムの世界の癖に。


 ディミトリは、私を見て笑った。


「さて、敵地だ。切り抜けられると思うか?」


 ノーザウンはきっと、ディミトリを無力化できればこちらの戦力など無いも同然だと考えている。ノーザウンは帝国だから、もしこちらを無力だと見なせばあっさりと滅ぼしにかかる。


 第一いまは『シャルル闇堕ちルート』に乗っており、放っておけばザイレントは滅亡する。それが今まさに進行しているのかもしれないな、なんて。


 でも。


「切り抜けられますよ。ここには私とディミトリ様がいますし、それに、仲間の騎士もいます」


 ゲームの世界には、私はいないでしょ?

 私がいれば、何度だってディミトリを立ち上がらせることができるし、仲間だって強くなる。


 さぁ、ノーザウンに想定外を見せてあげよう。

 止血も完全に終わらないまま、ディミトリは立ち上がった。それでも彼は、その類稀なる才能で自身に身体強化を行い、恐ろしい殺気を放つに至った。


 何者かによって、テントが破られた。

 ディミトリが戦えないと思って踏み込んできたのだろうが、それは浅はかだ。相手の大ぶりの剣を素手で受け止め、奪い、反対に敵に叩きつけようとした。


 しかし、彼の剣はそこで止まった。

 決してその敵を破壊する前に、中空で静止していたのだ。

 

「…………おい、おまえ、何をしている」


 私の焦点がその光景に合った。

 それは確かに目に映っていたが、理解することはできなかった。


「いえ、すみません。ディミトリ様を、殺さねばと」


 そんなふうに喋ったのはキャラバンに扮したザイレントの騎士。

 ともに旅をしてきた、ザイレントの仲間だ。


 彼は小剣を抜いて、再びディミトリに斬りかかった。ディミトリはそれを背後に飛んで避け、テントを突き破る。

 テントが崩れ去るとザイレントの仲間の全員が剣を掲げ、そして私にまで襲いかかってきた。


「リズ!」

「大丈夫です! ご自身の対処を!」


 この程度の相手であれば身体強化でなんとかなる。

 私に打ち込まれようとした剣をひらりとかわすと、それは地面に突き刺さった。それを抜き取って、一旦自分の剣とする。


 さて、反撃しようかと思ったが。


「リズ様! お待ちを!」


 仲間は驚愕の表情を私に向けた。

 彼は自分が何をしているのかわかっていないのかもしれなかった。


 その瞬間にも、別の仲間が私を殺そうと切り掛かってくる。意味がわからない。


 剣を受けつつ、横目で見るとディミトリはさらに押されていた。私は2人の騎士を相手にしている一方で、ディミトリには8人が襲いかかっていた。


「ディミトリ様、申し訳ございません」

「お許しを!」

「どうか安らかに殺されてください!」

「こんなことはしたくは無いのです」

「すぐに死んでくだされば、これは終わります」

「やりたくてやっているわけでは」

「ディミトリ様に忠誠を誓っておりますが、しかしこれは仕方ないのです」

「ザイレント万歳!」


 異様だった。

 誰もが仲間のまま、ディミトリに襲いかかっていた。仲間だからこそ、ディミトリもどうしていいかわからないでいた。ただ剣を受けるだけで反撃することはできなかった。


 さらに悪いことに、ディミトリはかなり削られていた。

 たとえ相手の剣が彼を傷つけなかったとしても、彼はジリジリと血を流していた。止血が完了していなかったからだ。

 そもそも片腕もまともに上がらない中で、いくらディミトリであろうとも受け切るのは限界がある。


「ディミトリ様——」


 ——戦ってください。


 私はそう言いたかった。しかし、彼の苦悶の表情を見てそれは無駄だと悟った。

 ディミトリは魔神ではあるけれど。

 その刃は身内には向かないみたいだ。


 何が起こってる。

 何が起こってる何が起こってる。


 なんでみんなが、私たちを襲っているの?

 とにかくそれを突き止めなければと、私はなんとか状態鑑定(ステータス・オープン)を試みるが、しかし振りかざされる剣と尽きかけている魔法体力によりなかなかうまくいかない。


 これではだめだ。

 まず目の前の敵を止めなきゃ。


 私は一点反撃に転じ、私の剣を振りかぶった。

 しかしその剣はカァンと音を立て、中空に弾かれた。飛んできた剣に弾き飛ばされたらしかった。その剣を投げたのはディミトリだ。


「何を!」

「斬るな! 仲間だぞ」


 ——なんて甘い!


「リズ様! ご容赦を!」


 丸腰の私に味方が斬り掛かってくる。それを身体強化された体で躱わす。身体強化はオート運転のため現在の魔法体力に関係がない。ディミトリもそれをわかっているから私の剣を弾いたのだろう。


 私は躱わすことこそできるものの、反撃不能では現状を打開する糸口が見つからなかった。


「逃げろ! リズ」


 仲間の攻撃は私に当たらないし、逃げ切ることはできるだろう。

 しかし、ディミトリは違った。腕の肩の致命的な怪我は全く治っていない上に反撃不能な敵8人に襲われている。


 どうする。

 どうするどうするどうする。

 どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする。


 ——ミュー先生なんて気にしないで。


 え?

 私の頭の中に、唐突に声が聞こえた。


 何?

 ミュー先生?


 少女の声だった。それはきっと、私の声。

 いや、私の声だなんて、烏滸がましい。


 リズ・ブラックヴィオラの声だ。


 ミュー先生?

 どういうこと?


 ミュー先生。ミューラリー・ミミック。ノーザウン国家第一席音術師。

 私はふと思い出した。


 外に音が漏れるような荒屋で、ミューラリーはあまりにも綺麗な声で喋っていた。まるで、私たちを音術にかけるように。実際私たちが操られているか確かめたが、それは杞憂だった。


 しかしその狙いが、外の騎士たちだったとすれば。


 ——ミュー先生なんて気にしないで、悪役らしく振る舞えばいい。


 リズ・ブラックヴィオラは言った。


 リズ・ブラック。メロディアスキングラムに登場する悪役令嬢。自身の高潔な出自や優秀な成績を鼻にかけ、主人公であるカノンの邪魔をするライバル的存在。

 

 そうか。

 そうかそうか。


 そうだよね。

 私は私らしく。


 誰かの邪魔をすればいいんだ!


 私は味方の攻撃を避けつつ、少しずつ劣勢のディミトリに近づいた。彼を攻撃していた何人かが攻撃の対象を私に変えたが、そんなものは気にしない。


「——おい、どう言うつもりだ! 逃げろと言ったぞ!」

「はぁ? 知りませんよ」


 多少の身体強化がかかっているとはいえ、瀕死の状態で必死に力を振り絞っている彼。

 一方で魔法体力は尽きかけているものの、万全の身体強化と自動回復(オートヒール)を実装している私。


 私は思い切り振りかぶって。

 ディミトリの顔面を殴りつけた。

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