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クォーターノット城にて

 ミューラリーの先導で、私たちは城に向かった。

 彼女は彼女の馬車に乗っており距離は離れているとはいえ、第一席音術師の彼女の聴力を侮ることはできず、私たちは作戦の話をすることさえ叶わない。

 彼女が怪しいかどうかの判断はまたあとでとなるだろう。


 クォーターノット城はメルバーティ家の居城である。

 辿り着くには水門があり、長い石橋を渡っているとそこは庶民の住む世界とは別ものだと思わされる。頂に輝く黄金の尖塔と玉ねぎ形ドームはこの世界のこの時代において技術の粋を尽くしているのがわかるし、門扉は紅玉と真鍮のモザイクが嵌め込まれ、ノーザウンのアイバル城とはまったく違う贅沢さだ。


 ミューラリーはあっさりと門番に話をつけると、城の中から執事が出迎えた。

 キャラバン風の騎士たちとマイカを表に残し、私たちは城内へと案内された。


 広い客間のシャンデリアに照らされながら、私はゲーム背景そのままの華美さに息を飲んだ。


 ソファーで待っていると、三名ほどの男が現れた。

 その中の一人はおそらくゲームに出てきた男だ。ジョセフ・カイードル。豊かな髭を蓄えた恰幅のいい男は現皇帝の妹の配偶者。つまりは義弟だ。


 ジョセフはミューラリーと軽い挨拶をかわすと、ディミトリに厳しい視線を向けた。


「それでなんの用かね? 我々は忙しいので、一介の商人に時間を割くことはできないのだが」

「それはそれは悪いことをしたな。しかしこれはおまえたちにとっていい話のはずだ」


 ジョセフの眉が釣り上がる。


「口の聞き方を知らないようだな」

「悪いな。育ちが悪いんだ」

「すみません、本当に彼、育ちが悪いんです。ご容赦ください」


 私がディミトリの言葉に被せると、ディミトリは驚いた顔を浮かべ、ジョセフはなぜか笑った。


「はは、お嬢さん。実はあなたがボスかな? 彼の教育が足りていないようだ」

「ええ、あとでよく言い聞かせます」


 もっとも本当は立場の高さからくる傲慢な口調なのでずいぶんと皮肉な話である。ディミトリも頭を抱えていないでそのあたりの準備もちゃんとしてきて欲しいものだ。


 私たちに代わり、口を開いたのはミューラリーだった。


「なんでも彼ら、私たちの問題を一つ解決してくださるそうですよ」

「問題?」


 ジョセフの怪訝な視線がディミトリを捉える。


「単刀直入に言おう。パル・メルバーティ皇子に会わせてもらいたい」

「生憎だが……パル様は遠征中だ。別の機会にしてもらおうか」

「俺の聞いた話によると、皇子は床に伏しているという話だが?」

「まさか。ガセネタを掴まされたんじゃないか?」

「いやいや、確かな筋の情報だ。それにいいのか? 俺が持ってきたのは皇子を救えるかもしれないというまたとない朗報だ」

「何も問題が起きていない皇子を救えるというのは理解しかねるな」


 いくらミューラリーを連れているとはいえ、私たちはどこの馬の骨ともしれない商人だ。ジョセフの塩対応も理解できはする。

 が、パルが床に伏しているなどという機密情報を持ってきたというのにやや淡白すぎる気がした。


「なぁジョセフ。おまえはパル皇子を息子のように可愛がっていたじゃないか。助けるチャンスだ」


 ディミトリがいうと、ジョセフはついにムッとしたように表情を崩した。


「何を言っている?」

「俺は知っているぞ。忙しく相手にしてくれない父と違い、よく面倒を見てくれたおまえをよく慕っている」


 認識阻害(モザイカル)のおかげでジョセフはディミトリがわからないかもしれないが、二人はきっと以前より面識があったのだろう。


「適当なことを言うようだと投獄しなきゃならなくなるぞ。たとえミミック様が連れてきたと言えど」

「構わないさ。もっとも、おまえの一存でパルが助からなかったとすれば、投獄されるのはおまえさ。いやもしかすると、おまえか? パルに音術の呪いを掛けたのは」

「俺に音術が使えるとでも? バカも休み休み言え」


 基本的に男性は音術を使わないし、使えない。裏声とも違うナチュラルな高音が必要で、ジョセフのの太い声は音術ともっとも遠いところにある。


「ああ、悪かったな。まさかジョセフ。カイールドともあろうお方が、音術師の一人も使えないとは知らなかった」


 ばちばちと、視線の間で火花を散らすようだ。

 ディミトリはさらに続けた。


「俺はパルが床に伏していることを知っているし、おまえの名前も素性も知っている。いいか。俺たちは本当にパルを救いにきたんだ」

「何処の馬の骨ともわからないものの言うことなど信じるバカはいない」


「まぁいい。では一部を証明してやろう」


 言うと、ディミトリは右手で左腕を掴み、ねじり割った。普通の膂力ではそんなことは不可能だが、しかしディミトリは巧みにマナを操作して自分の腕を破壊したのだ。


 腕があらぬ方向に曲がり、見ているだけでこちらまで痛みが走る。


「ディミトリ様、何を——」


 私が治そうと手を伸ばしかけたが、ディミトリはそれを制した。


「お、おまえは一体何を!」


 ジョセフの驚愕の顔こそが、ディミトリの魂胆が成功した証だった。


「詳しくは見せられないが、ザイレントはどんな病気も怪我も治す技術を手に入れた。それをもって、皇子の目を覚ますことができる証明としよう。いくぞ」


 ディミトリは立ち上がり客間から出ようとするので、私は慌てて後を追った。

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