第一席音術師
野営の虫に耐え朝がやってくる。
私たちは王都に入る前に粗末な服に着替え、フード付きローブを羽織った。
「いいかリズ。俺たちは行商人だ。ザイン商会とでもしようか。商人らしくニコニコしながら俺についてこい」
おそらくディミトリはすべて計画通りなのだ。
一度王都からやや離れた貴族の邸宅へ向い、自分たちがノーザウン入りしていることを知らせる。
それにより夜襲が掛けられ、その残党によってディミトリが討ち取られた情報が流れる。結果としてその後のノーザウン入りがしやすくなることまで事前に考えていた。
「すべて計算済みってわけですか」
「まさか。たまたま今回このシナリオになっただけだ」
「意外と戦略家なんですね」
「意外、は余計だ」
着替え終わり、改めて馬車で王都に向かおうというときにディミトリはマイカに話を向けた。
「ところで、マイカ・ハイドルト。第一席音術師、ミューラリー・ミミックと会うことは可能か?」
「ミュー先生ですか?」
ミューラリー・ミミックは、一言で言えば魔女だ。
メロディアスキングダムでは音術の成長のために彼女に師事することは有用であり、攻略対象ではないが序盤から好感度を高めておくと効率よくゲームが進められる。
ディミトリに誰が音術を掛けたのか。
現状の国一番の音術師である彼女は、その明確な容疑者だろう。
「ミュー先生は……どうでしょう。休みの日はたいていカノンと一緒だから……」
カノン?
カノンがミューラリーと一緒にいることが多いとすれば、まるで効率的にゲームを進めているみたいに感じてしまう。
「お宅に訪問することはできると思いますよ。とても開かれた方なので」
◆ ◆ ◆
ミューラリーは荒屋に一人で住んでいる。
高名な音術師なのだから望めばどんな贅沢だって可能だが、彼女は不便な生活こそが感覚を研ぎ澄ますのだと教えていた。
例えば部屋に隙間風があれば、それがどこかを探しどう修繕すればいいかを模索する。
近くの森で野草の匂いから食べられるものかを判別する。
尋ねてくる人間の素性も知らないままに、その本性を推定する。
鋭敏な感覚はそんな不便な生活の中でますます研ぎ澄まされていく。
ゲームで見たままの荒屋に私たちは向かった。
マイカが軽くノックをすると、ミューラリーはまるで市井の老婆のようにあっさりと出てきた。
「あら〜ハイドルトさん。それにお客様?」
普通に話しているだけなのに聞き心地が良く歌うよう。
それが音術と会話の境を曖昧にしている。
「実はこちらザイン商会の方々なのですが、ミュー先生にお話があるそうです」
「まぁまぁ私なんかにお話なんて。上がってお茶でも飲みますか?」
まったく警戒心の見えない穏やかな表情と、優しそうな微笑み。
それをディミトリは、どんな風に受け取っているのだろう。
老婆に案内され、私たちは中へ招き入れられテーブルを囲んだ。
「急な訪問をすまないな」
言いつつ椅子に腰掛けるディミトリ。その口調はとても商人のものとは思えない。
敬語使えばいいのに。
「いえいえ。ところで言葉に少し訛りがありますね。外国の方かしら」
「さまざまな場所にいくもので、言葉が混ざるものでな。聞き苦しいならすまない」
「そんなことは決して。むしろ素敵なイントネーションだと思いますよ」
音術師は総じて耳が良い。
音を操るためにはまず鍛えるべきは耳で、音の聞きわけができるようになって初めて発話の訓練が始まる。
ミューラリーの耳のよさはつまり、この国屈指のはずだ。
私とディミトリには緊張感があったが、マイカに関して言えばよくくる場所だろう。
軽い調子でミューラリーに笑いかけている。
「今日はカノンは来ていないんですね」
「ええ。まぁ彼女は我が道をいくって感じだから、私から教えることもないですからね」
マイカの質問にミューラリーのあっさりとした答え。
それにしても、教えることがない……? ミューラリーが?
「……それって皆伝したってことですか」
「ええ、そんな言葉よく知っているわね! ええと、ふふふ。ザイン商会のお嬢さん。ほら、焼き菓子食べますか?」
私が思わず尋ねると、まるですべてを見通したようにミューラリーは笑った。
一つ受け取り口にすると、柔らかめのクッキーはちょうどいい甘さで口の中に溶けた。
それはともかくとして、カノンの件が気になる。
「まぁ商人をしているといろんな言葉を耳にするので……それにしても、ミミック様の元で皆伝された方がいらっしゃるだなんて。そのカノンという方は勤勉なのですか?」
「どうかしら? カノンさんはとても変わっていて、最初から自分の技術を持っていたわ」
さっきから、カノンの印象がゲーム中のそれと一致しない。
少なくとも私が知っているメロディアスキングダムの中のカノンは、最初から音術の技術が高いなんてことはない。ミューラリー他、様々な教師キャラクターに師事して少しずつ能力を高めていくのだ。
第一、ミューラリーの元に良く通っている?
パルが呪われたままなのに?
現在ゲームでは、『シャルル闇落ちルート』を辿っているものと思われる。
そのルートに乗るには、パルの呪いに回復のめどが立たず、尚且つ彼女がリズよりも音術の成績をあげていないといけない。その上で、リズの悪名を広めるような選択肢を選ぶ必要がある。
しかし現実のカノンはミューラリーの覚えがよく、皆伝している。
それほどの技術があるならば。
パルの呪いが解けていないのはあり得ない。
「……あの、ひょっとして……カノンという少女は、ノーザウンのとても重要な貴人の命を救ったりしましたか?」
「本当にいろんなことを知っているわね。……まぁ、そうよね」
私には当然認識阻害が掛かっている。
でも、おそらく彼女は私がリズだと気がついている。
「おそらく、あなたの考えているようなことは起きていないと思うわ」
「……そう、ですか」
私は残念ながら、相手の心を読むような魔法を使えない。だから、いまミューラリーが何を考えているかわからない。
でも逆に。
なんだかミューラリーにはすべてが見透かされている気がする。彼女の言葉の一つ一つが、跳ねるように節をつけている。もしそれが私を操る方向に向かっているとすれば——。
私は咄嗟にマナの流れに集中した。
大丈夫、何も操られてはいない。
ディミトリも、マイカも大丈夫だ。
……考えすぎだろうか。
私は喉が渇き、何を喋っていいかわからなくなった。
沈黙を破ったのはディミトリだった。
「ところで、あなたは第一席音術師だと聞いている。仮に、音術によって命の危機に瀕している貴人がいたとすれば、あなたは助けられるのではないか?」
「仮の話だとしても買い被りですよ。私はたまたまその席次においてもらっているだけですからね」
「そうは思えないな」
「もう歳のせいか、声も枯れ始めてしまったわ。高く美しい声が必要な音術において、若い人には敵いませんね」
高く美しい声が必要な音術。
だからこそ、聖歌学園の音術部は全員が少女だ。
ミューラリーは卑下するが、とても声が枯れているようには聞こえない。
しかし彼女のいう通り、もし皆伝しているのであれば少なくともカノンはミューラリーに認められる音術師であり、確かにゲーム上でもミューラリーを凌駕する音術師は存在する。
高く美しいソプラノボイス。
私は、その人物の顔が頭に浮かんだ。
「あくまで仮に、ですが」
ミューラリーはお茶で口を濡らして続けた。
「貴人を救って国が潰れては元も子もありませんねぇ」
その言葉があまりにも聞き心地がよかったから。
だから。
ディミトリは突然テーブルを叩いたのだ。なんとか、音をかき消せねばと。
「あらあら、恐ろしい」
「恐ろしいのはお前だ。いま、何をしようとした?」
「さぁ。どうでしょうか。ところで、いい加減ここにきた目的を話されてはどうですか?」
「……実はノーザウンのさる貴人の体調が思わしくないという情報を手に入れた。俺たちであればそれを治すことができるかもしれない。皇家の人間に、話を通してくれないか?」
「それはそれは、とてもありがたいお話だと思いますよ」
あっさりと、ミューラリーは頷いたのだった。




