野盗
「マイカ! どうしてここに!」
「ちょ、こないで! ご、ごめんなさい! わ、私を恨まないで」
だから恨みで蘇ったゾンビじゃないんだよ。
「ちょっとよく見て。私は生きているよ?」
「え……?」
マイカに近寄り、よく顔を見せてあげる。
「確かに……血色がいい。本当に、リズなの? シャルル様に婚約破棄された傷心で自らの命を絶ったと聞いていたから」
私は婚約破棄後、男たちに襲われた。
結果としてディミトリに助けられ生きているものの、私を襲った男たちにすればリズ・ブラックヴィオラを殺したことにしておかないと、彼らこそ殺されるのだろう。
ノーザウン内では私は死んだことにされ、さらに自死こそが納得のいくストーリーだったに違いない。
「……その通りだ。だからそこにいるのはリズのそっくりさんだ」
「ディ、ディミトリ様!」
いや、どういうことだよ。
……と言いつつ、私が生きていることがバレるのはダメなことだと思い出す。私は曲なりにも聖歌学園で音術を学んでおり、その情報の国外流出はノーザウンとしては絶対に避けねばならないことだ。
だからこそハイドルト家では回避率上昇を使っていたのに、それを忘れて素顔を晒してしまった!
「そ、そうだよ! 私はリズのそっくりさん!」
「無理があるよーそれ! もう無理!」
や、やっぱりそうだよね……。
「ほう……? おまえはそれでいいんだな?」
明らかに私が生きていたことを理解したマイカに対してディミトリが睨みつけた。
「え、い、いや……あの……えっと、その——」
キョロキョロとあたりを見渡すマイカはまるで袋のネズミだ。
「——か、勘違いでした。そっくりさんみたいです」
「それはよかった」
話が通ったらしい。
一息つき、ディミトリは改めて言った。
「で、なぜここにおまえがいるんだ」
「……その……ディミトリ王子。お逃げください」
マイカは顔を真っ青だった。
「我が家より、王都に文が鳩により飛ばされました。王子はおそらく、この道中で殺されます」
「だろうな」
だろうな?
飄々と、ディミトリは頷いた。
「だろうなって、ちょっとディミトリ様。どういうことですか」
「俺はノーザウンの何者かに呪われるような存在だぞ。隣国っていうのは大抵不仲なものだ。こんな少人数で敵地に王子が向かうのであれば、殺す好機だ」
確かにそれはその通り。
「——では、なぜ!」
「おまえは、俺が殺されると思うのか?」
発せられる禍々しいオーラ。
殺されるわけがない。
メロディアスキングダムの世界観の住人が、この魔人との戦闘において先に立てるはずがなかった。
私は首を横に振るしかない。
ディミトリは次いでマイカを見た。
「聞くが、おまえはどうしてここにいる?」
「に、荷台に紛れておりました」
「なぜそんなことをする必要がある? お逃げください、だと? それはノーザウンへの裏切りではないのか」
「…………そ、それは」
マイカは泣きそうになって視線を地面に落とした。
「……私は……ディミトリ様と……」
噛み締めるように言うマイカの言葉に、その心を察した。
それはディミトリも同様だった。
「マイカ・ハイドルト。俺はおまえをいっさい特別視していないし、今後することもない。下手な希望を抱いているのであればすぐに捨てろ」
マイカにとってきっと覚悟していた言葉。
ただ、それであってもすぐに受け入れられるものではない。人の心とは、そういうものなのだろう。
「ディミトリ様……」
「なんだ?」
「……私はディミトリ様の……お役にたちたいのです」
私にはそれが「好きです」と聞こえた。
その言葉は、どういうわけか私の心もチクチクと刺激した。
「馬車の中へ隠れろ」
ディミトリは視線をマイカから外さずに言った。
マイカはきょとんとしたが、すぐに言われた通りに小走りで馬車へと走った。
「おまえもだ、リズ」
「なぜですか」
「わからないのか」
「わかるからこそです。私をなんだと思ってるんですか」
殺気がある。
いつの間にか、囲まれていた。
こちらの戦力は私とディミトリ、そして騎士が10名。それに対して相手は50ほど。明らかに待ち構えられている。
馬に乗った野盗風の男が5人ほど、まとまって開かれた場所に姿を表した。
「こんなところで野営とはいただけねーな。払うもん払ってくれねーと」
リーダーらしき、太った長髪の男の風貌はまるでプロレスラーだ。
「ほう、いくら必要なんだ?」
「さぁ、お前が死んだ後に考えよう」
言うと、森に控えていた数十人がさらに現れ、そして一斉に雪崩れ込んできた。考える間もなく乱戦が始まった。その中の一人、バンダナを巻いた男が愚かにも私に挑んできた。
「悪いなお嬢ちゃん。全員殺せって言われててさ」
「ふーん」
ナタのようなものを振り回してくるが、いかんせん遅くこれでは私に当てるのは無理だ。
「あ、あれ? お嬢ちゃん、結構素早いじゃねーか! これはどうだ!」
「きゃ、あぶな!」
念のため躓くようによろけながらかわし、プロレスラーと向き合っているディミトリの影に隠れた。
「お、お守りください、ディミトリ様!」
「猫被りが」
相手を生きて返すかは決めていない以上、余計な情報を渡す必要はない。プロレスラーとバンダナをディミトリに任せ、私は他の戦況を確認する。
——あれ、割と強い?
彼らは野盗風ではあるが、日々訓練をこなしている騎士に引けを取らなかった。しかも数が数なため、すでに押されているところが多数見受けられた。
それでも、ディミトリとはレベルが違う。
漲るマナが全身をなだらかに駆け巡り、大きな動作から瞬時に出た剣は簡単に二人の手首を叩き武器を落とした。彼らの手から先が繋がっているのは剣の腹で叩いたからだ。
魔神はずいぶん優しいらしい。
プロレスラーとバンダナは再び剣を握ろうとするが、しかしそれは叶わない。
彼らの手首は確かに繋がってはいる。しかし、腕はおかしな方向に曲がっていた。
悲鳴が上がる。
それを気にすることもせず、ディミトリが言った。
「敵の練度が高い! リズ!」
「——対処済み!」
私はそこらじゅうのマナをかき集め、騎士たちの体に浸透させていた。
身体強化の全体魔法なんて、聖女時代には造作もなくやっていた。ただし、この体ではかなり負荷がかかるのは確かだけれど。
それぞれの騎士が1対5の対処を迫られる。
それでも、負けようがない。
敵の一人がザイレントの騎士に剣を浴びせかけた。それはガツンと音を立て、刃が砕け飛び散った。
どこかで敵が投げた石は、騎士が素手で掴んで投げ返し、致命的なダメージを与えた。
敵が火のついた矢をはなった。それは騎士の剣の一振りで光を失った。
この戦場には私がいる。
であるのならば、50人では少なすぎる。
各騎士は数的不利を覆えし、圧倒し、すぐに生け捕りの山を築いた。
プロレスラーは時折奥歯を鳴らしながら、唖然とした様子でそれを見ていた。
ディミトリは彼に言った。
「誰の差し金だ?」
「ばーか、言うかよ」
ディミトリは瞬時にもう片方の腕をへし折った。
男の悲鳴が上がった。
「さて、言う気になったか?」
「俺たちはただの野盗だぜ」
男は口を大きく開いて見せた。そこにはなにやら丸いものがあった。男はそれを噛み砕き、そのまま飲み込んだ。おそらくは、毒。
「——さて、死ぬまでに聞き出せるかねぇ」
「ええ、聞き出せますよ」
私はプロレスラーに近づいて、彼に状態異常回復を行なった。
そのマナの発光にディミトリは当然気づくだろうが、この男はわからないらしい。
「——は? 何を言って——」
あたりを見渡し、毒を飲もうとしているものを探す。
凄い練度だ。全員飲もうとしているんじゃ?
早くみんなを助けないと。
「それじゃ、ディミトリ様。あとはよろしくお願いします」
ディミトリは改めてプロレスラーを見下す。
「おまえが喋らなくても、他の誰かは喋るだろう。さぁ、次は足でももらうとするか」
すでに両腕を折られた男は、顔を真っ青にして泡を吹いていた。




