野営
そういえば、現在聖歌学園は長期休暇の季節だ。
だからマイカも実家にいたのだろう。
ハイドルト領から王都はもうすぐだが、本日は森の近くで野営を張ることになった。
十名ほどの騎士たちがテキパキと準備をする中で、手伝おうとするとディミトリは「不要だ」と私を止める。
でも、薪を拾ったりテントを立てたりすごく楽しそうだ。
だってこれって、キャンプでしょ!
「嫌です!」
私は薪に火をつけることに苦戦している騎士から持ち場を奪って、乾いた落ち葉に石を叩き火花を落とした。何度か挑戦すると見事にそれは燃え広がり、細い煙がその場で上がった。
火元に息を吹きかけるとぼわっと大きな炎が上がり、それを小枝に移らせる。
うん、いい感じ!
魔法で簡単に火をつけることもできるが、こういうのは手作業でやるのもまた味があって楽しい。
「ほう、上手くやるものだな」
「ええ、結構アウトドア、好きなので!」
父親がアウトドア好きで、小さい頃はよくキャンプに連れていって貰った。もっとも早逝してしまったため、中学生になる頃にはインドア生活になってしまったけれど。
「どうやるんだ?」
「石を強く叩くんですよ」
私が石を叩いて火花を見せる。
ディミトリに石を渡すと、私に倣って叩き始める。
「んん、なかなか上手くいかないな」
その火花を枯葉に移そうとするが、なかなか上手くいかなくて首を捻っている。なんだか少年みたいで可愛らしいな。もっとも、ディミトリだって10代の少年には違いないが。
「たぶん葉っぱが湿ってるんですよ」
ディミトリは枯葉に触れた。
「なるほど。確かにこれではダメだな。しかしこれならどうだ?」
ディミトリは枯葉を人差し指で撫でるように触れ、発光させた。指先の緑の光は、すぐに白にもオレンジにもつかない色に変わり、そして枯葉の水分を飛ばすほどの火柱を上げる。
それは完全に、小火魔法。
さらにいえば、私はディミトリに魔法なんてまったく教えていない。
私はどんな表情をしていただろう。
もしかすると驚愕に歪んでいたかもしれない。
「そ、そんな顔をするな。ちょっと驚かそうとしただけだ」
申し訳なさそうな顔で、ディミトリは私の頭をぽんぽんと撫でた。
「い、いえ、本当にびっくりしました。いつの間に、そんなことが?」
「……ニコルと戦ったとき、体の中の力の扱い方をなんとなく理解できた。その力を体の外に動かした。それだけだ」
簡単に言ってくれる。
ディミトリはニコルとの戦闘で、見様見真似で身体強化魔法を使えるほど才能があった。しかし、自分の体の中のマナを自在に操ることと、それを体の外に発現させることではまったく違う技術がいる。
それを自発的に生み出してしまう。
私は前世でそんな人を二人知っている。
勇者と、魔王だ。
「……ディミトリ様は、特別な人なのですね」
「俺で特別だというのなら、おまえはなんだ?」
私は……。
私はただ前世で、そういう知識を授けられ、そういう訓練をしたに過ぎない。多少の才能があったとしても、それはそういう役割に嵌め込まれただけ。私じゃなくて聖女リッサの才能だから。
そして今だって、リズ・ブラックヴィオラの役割を奪っている。
陽が落ち始め、周囲が暗くなるとともになんだか不安になってしまう。私はなぜ転生したのだろう。転生して、よかったのだろうか。
「わたしは、何者でもありません」
「…………そうか」
ディミトリは否定も肯定もせず、私の手に彼の大きな手を被せた。
暖かくて、指が長いけれどマメだらけの戦士の手。
「ただ俺にとって、おまえは特別だ。それを忘れるな」
凍えそうになった私の心が、急激に解ける。
なんだか私は、幸せかもしれなかった。
私は、やっぱりこの人を助けてあげたい。絶対にノーザウンにザイレントを滅ぼさせたりなんかさせない!
そんなとき。
「——な、なんだおまえは!」
「ご、ごめんなさいごめなさい! 出来心で! ほんの出来心で!」
馬車の荷物の方から、何やら大声が上がった。
騎士の一人が少女の腕を掴んでいた。
少女の声には聞き覚えがあったし、その顔には見覚えがあった。なにせ先ほど会ったばかりだ。
「マイカ!」
「え、誰!? え、まってリズ!? あれ? リズって死んだはずじゃ……。ぼ、亡霊!」
勝手に殺すな。




