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新しい仕事

 翌日、ディミトリは王国軍の騎士たちに自分の敗北を告げた。

 ニコルの成長は想像以上であり、その実力はパスカルを凌ぐ。自分と比肩するレベルにあると。


 もっともディミトリはパスカルよりも強いだろうが、しかし彼本人が負けを宣言したことで、少なくとも表立って騎士たちが私やニコルに文句を言いづらくなったのは確かだ。


 ニコルに敗北したパスカルは自ら団長の座からおり、再びミナスに譲ることとなった。山場を越えれば、物事はあっさりと進むものなのかもしれない。


 そして私はと言えば。


「予定が欲しいと言っていたな。であるならば、教師をやってみないか?」


 そんな提案をディミトリにされた。

 いや私この世界にやってきたばかりの世間知らずなのですが。


「わ、私には常識がないので、教師の素養がありません!」


 仮にあったとしても、リズ・ブラックヴィオラは15歳の女の子である。

 まだ生徒の年齢じゃないの!?


 動揺していると、しかしディミトリは大きな口を開けて笑った。


「はっはっは! 誰もおまえに常識を期待はしないさ」

「それはそれで失礼なのでは?」

「いいや、常識で測るのはバカらしいということさ。若い騎士を捕まえて王子と戦わせるなど、考えついても絶対に行わないことだからな」


 ニコルとディミトリが戦ったのはハプニングなんですけどね。


「おまえは常識以上だ。俺はもう、決しておまえを普通の女の子として見たりはしないよ」


 ディミトリは、溌剌としていた。

 それは私が、(バグ)を取り除いたからだろうか。


 ただ。


「……あの」

「なんだ? 何か不満が」

「いえ、不満というわけではないんですけど」

「言ってみろ」

「……その、たまに……普通の女の子としてみてくれると……嬉しいかも……なんて」


 私たちは婚約している。

 それは履行されるかどうかはわからないものだけど。


 でも、リズ・ブラックヴィオラとしての私は、それが少し心ときめくものにも感じる。

 ディミトリは、少し恥ずかしそうに視線を逸らした。ちょっと顔を赤らめているようにも見えた。


「……ど、努力するさ」


 言いづらそうに、でもしっかりとそう言ってくれることが、なんだか無性に嬉しい。

 だから、私もきっとディミトリの期待に応えよう。


「教師、頑張ってやってみます! 常識から一歩ずつ、学んでいきますね!」

「いや、誰もおまえに常識は期待していないんだよ?」

 

  ◆  ◆  ◆


 講堂には数名の騎士が集まっていた。

 そこで私は、魔法をみんなに授けるべくアシスタントのクーシャとともに教壇に立つ。


『音術を、どうかみんなに教えてやってくれないか』


 ディミトリの頭の(バグ)を取り除いたことは、音術の技術であると思われたらしかった。

 音術はノーザウン固有の技術である。


 だから、もし私がその技術を持ち出したとあればノーザウンから刺客が送られるかもしれない。以前のディミトリはそう言って、私にそれを使うことを快く思っていなかったのに。


『私が殺されても良いのですか?』

『おまえは死なないよ。普通の女の子じゃないからな。それに……』

『それに?』

『俺が絶対に守るさ』


 私はディミトリから宮廷光師という地位を与えられた。

 表向き、音術とはまったく別の技術体系だということにして、国の秘伝にしていくとのこと。まぁ実際、まったく別物なのだけど。ただ、魔法のことを伝えると話がややこしくなるので黙っておいた。


「いまクーシャは手のひらの上を輝かせています。見える人は挙手をお願いします」


 クーシャは本当に飲み込みがよく、ニコルと一緒に訓練していたのもあっていまではマナの扱いはおてのもの。


 部屋に集まったのは十四人。

 彼らは魔法に興味を持った面々で、突然ザイレントにやってきて我が物顔の小娘に教えを乞おうというオープンマインドな人たち。


 2人ほどが自信なさげに手を上げ、1人が自信満々に手を上げた。

 自信満々に手を上げたのはパスカルだ。


 彼がいるのは意外や意外。

 ニコルに敗れて団長の座も譲り、そして私の授業をうけるのだから彼の柔軟性も素直に認めざるを得ない。


「パスカル様。何が見えますか?」

「なんというかこう、ぼんやりと、見えるな。とにかくこう、すごく良い感じに光り輝いている!」


 ただまぁ、ちょっと見栄っ張りな性格なのかもしれなかった。


「さて、言っておきます。私は嘘つきです。クーシャ、あなたの手のひらはどうなっているの?」

「…………な、なにもしておりません」


 クーシャはとても言いづらそうに口を開くと、パスカルは顔を真っ赤にした。

 ごめんパスカル。まさかあなたが引っかかるとは……。


「人はそこに何かがあると言われれば見えてしまうものです。それは仕方がないことかもしれない。ですが、音術を使うためには自分の感覚を研ぎ澄ませることが必要です。いま手を上げた方はとても素直な人なのでしょう。でも、どうか私の言葉に惑わされず、確かな目を育ててください」


 私が言い切ったタイミングで、今度はクーシャが本当にマナを結晶化させた。

 14人の中で、表情を変えた人は2人。


 1人はニコルで、彼は最初からおそらくはっきりとマナを見ることができる素養があったため、こんな講義を受ける必要もない。

 そしてもう1人はミナスだった。彼はそこで何が起こっているのか確かめようと、必死に目を凝らしている。ニコルほどではないものの、彼は近いうちに魔法を使いこなせるようになるだろう。


「ところでリズ様、質問なのですが」


 騎士の1人が挙手した。


「なんでしょう」

「歌は……まだなのでしょうか?」

「はぁ? 歌?」

「はい。浅学ながら、音術とは歌によって人を操る術だと聞いてございます。わたくし、てっきりリズ様が歌われるものかと思い、楽しみに——」

「お、おいやめろ!」


 隣にいた騎士が彼を制止した。


「すみませんリズ様。こいつバカで……」


 歌を見たいだなんて、まるでアイドル扱いだ。


「申し訳ないですが、歌いませんよ」

「な、なぜですか! 僕はそれを楽しみに——」

「やめろ! リズ様は王子の婚約者だぞ! ディミトリ様の許可なく歌うわけないだろ!」


 なんでだよ。

 ただ単に音痴なんだよ。


 ともかくとして。

 音術なのだから、通常は歌うものだ。しかし私ができるのは魔法なので、わざわざ歌う必要はない。歌いながらやってもいいけど、音痴だから歌いたくない!


 だから、歌わなくて良い理由はちゃんと考えてきた。


「確かに、普通の音術は歌わなければなりませんね。しかし、音術を極めしものにはさらに2つの段階があります。1つはハミング。鼻歌を口ずさむだけで特定の効果を発生させるものです」


「つ、つまりリズ様がこれから、鼻歌を歌われるということですか!」

「うるさいぞ、いま講義中だ!」


 止めてくれたのはパスカルだ。

 優等生だな。


「いいえ。さらに進んだ技として、レガートがあります。これは歌うように話すことで、効果を発生させる方法。うまくやれば会話中気づかれずに術中に落とすことができるのです」


 ここまでは、乙女ゲーム『メロディアスキングダム』で実際にあった方法だ。

 もっともレガートは秘術中の秘術で、主人公が最終局面でやっと覚えられる技でもあるんだけど。


「リズ様は、話されるだけで術を使えると?」

「いいえ、私はもっと先に進んでいます!」


 みんなの注目が私に集まった。


「音術を極めた結果、音から解き放たれ不可視の光で様々な力を使うことができるようになりました」


 私はクーシャの手のひらのマナを軽く弾く。

 するとそれは炎のようにゆらめいた。


「この光は不可視ですが、不可視では扱うことができません。まず見えるようになりましょう。きっとできるようになりますよ」


 私は笑いかけたが、見えているのはニコルとミナスだけだろう。

 先は長そうだけど、みんな頑張ろうね!


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