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隣で歩む

「ちょ、何やってるんですか!」

「どけ! 邪魔だ!」


 私は駆け寄ったが、騎士の大男に体を突き飛ばされた。彼はすぐさまディミトリを担ぎあげ、医務室に向かうようだった。


「おいおい、どういうことだ」「結局どっちが勝ったんだ? 最後どっちも武器を持っていなかったし……」「そんなのディミトリ様だろう。だってその女が、『余計なことをしている』と、ディミトリ様が言っていたし」


 怪訝な視線が、四方八方から浴びせかけられる。

 私が何かしたのは確かで、その結果こんなおかしなことになってしまった。


 まずパスカルが倒れ、そして王子であるディミトリが倒れた。騎士たちも混乱しているようで『今日は解散だ』とその次の役職者らしき男が宣言し、彼らはパラパラとその場を離れて行った。


「調子に乗るな。売国奴が」


 そんな風な敵意を向けてくる人もいて、私は仕方ないかと思いつつも、傷ついたのは間違いなかった。私はさらにこの国で浮いた存在になってしまったのだろう。


「……あ、あの」


 みんながバタバタしている最中に、私は一人の騎士に話しかけられ身を硬くした。


「なんでしょうか」

「わ、私にも、稽古をつけてくださいませんか?」


 ……いまなんと?

 30を超えたくらいに見える髭を蓄えた彼が、異国の小娘になんと言った?


「実は……日に日にニコルが強くなるのを知っていました。もしそれが私にも可能であるのならば、ぜひご教授いただきたいのです」


 彼はなんのプライドも見せず、私にそうやって頭を下げたのだ。


「ニコル、構わないだろう。頼むよ」

「お、おやめください。ミナス様」


 ニコルは私に困った顔を見せた。

 頭を下げる彼はそれなりに位の高い人なのかもしれない。


「私はディミトリ様から信任を受けておりません」

「ええ、そうかもしれない。ですが、私が強くなることは、ディミトリ様のためなのです。元王国騎士団団長、ミナス・エストロールの名において」


 私はパスカルとニコルに決闘させ、その上でディミトリともぶつかった。

 それはとても急進的なことで、ザイレントの騎士にとって受け入れ難いことかもしれなかった。


 元団長。

 それはつまり、パスカルに取って代わられた人。異国の少女に教えを乞うことのできる、まだ若く柔軟な男。


 私のやったことが、伝わる人もいる。

 それがこの国にとって、必要なことであるのならば。


  ◆  ◆  ◆


「大暴れをしているそうだな」


 私は王の間に呼び出され、跪いていた。

 彼にそんなことを言われるのは、なんだかイタズラが見つかったみたいで恥ずかしい。


「いえ……いや、はい。申し訳ございません」

「よい。頭をあげよ。何か理由があるのであろう」


 悪そうな顔で笑う王の顔。

 今この場所には王と私しかおらず、少し心細い気持ちになる。


「件の調査と関係するか?」

「ええ」


 頷くと、王の顔がさらにくしゃりと歪む。


「話してみよ」

「……まず確認したいのですが、現在のザイレントは大きな改革中にあるという認識は正しいでしょうか? 具体的には、農産品の輸出を減らし市中にものを溢れさせています。それにより国外からの多数の旅行者を呼び寄せつつあります」


 王は頷いた。


「ただ一方で、これは他国にものを売らないわけなので、財政はどんどん厳しくなっている面もあり、そういったところがこのお城の質素さに繋がっています。結果として軍備や医療にもお金をかけづらくなって、例えば備品の包帯さえも不足している状態です」


「左様。他国の旅行者を受け入れて関係を深くすることで、軍備や内政への支出を減らすことが目的だからな」


「それにもかかわらず、騎士団の訓練は苛烈さを増しています。日々の苦しいトレーニングで戦力が摩耗しているように見え、これはむしろ改革の方向性に合致しておりません」


 興味深そうに、王は私を覗き込んだ。


「異国の令嬢よ。あなたは軍が研鑽を積むことが、無駄だと申すか。侵略を受けたときに抵抗もできない練度の低い騎士団を保持せよと」

「違います。違和感があるところには、きっと作為があるのではないかと」

「騎士団の関係者に間者が? まさか、パスカルか。やつはここ数年で急にディミトリに近いた」


 私はそれに答えず、手元でマナを結晶化させた。


 王の目が見開いた。

 ああ、彼には見える。魔法の素養がある。これであれば、きっと話が通じると思う。


「あなたは、いま、何をしている……?」

「参りましょう。そこで私の考えをお話しします」


  ◆  ◆  ◆


 私たちは医務室のベッドの前にいた。

 ディミトリが、顔を歪めて寝込んでいる。


 王の表情を確認する。なんとも言えない表情で、彼は口を開いた。


「まさかあなたは、愚息が間者だと申すか……?」


 それは王にとっても、信じたくないことかもしれない。


「少し前に、軍の指揮官がミナス様からパスカル様に変わったそうですね。誠に失礼ながら、パスカル様よりもミナス様の方が資質が高いように思えます」


「だから抜擢したディミトリが怪しいと? それはあまりにも——」

「——暴論ですね。ですがそういうことを少しずつ重ねて、致命的な状況に置かれては遅いでしょう。以前王はおっしゃいました。ノーザウンが『戦争不要の帝国』であると」


 私の考えが正しければ、なんと的を射た異名だろう。

 やすりでこするように国力を削り、いつの間にか上下関係が決定的なものになってしまうとすれば。


 私はディミトリの頭にマナを集めた。


「彼は音術で操られています」


 マナで彼の頭を囲むように包み、より完璧に状態確認(ステート・チェック)を行う。そこには確かに(バグ)がある。それはディミトリの脳に巣食い、彼の意思を踏みにじっていた張本人。


 私は釣り針状にした糸で、その虫を引っ張り出した。

 緑色に輝く光の虫が、私の針に貫かれ、それは空中で霧散した。


「……除術完了。これで、もう大丈夫です」


 おそらく音術は、頭のマナを歌を通じて操作する技。だからそれは、素養があっても人に見えはしない。

 魔法が使える私には、その仕組みがなんとなくわかった。


 ノーザウンの誰かがわざわざディミトリを狙い音術で支配したのだとすれば、きっとこれから少しずつザイレントはよくなっていくに違いない。


 と、思うのだけど。

 王はアングリと口を開け、私を見ていた。


「……私に何を信じろと?」


 王には私のやったことが目に見えたとしても、それを理解することはできない。私の言葉を、どうすれば伝えられるだろうか。


 そのときだった。

 ディミトリの目が、ぱちりと開いた。


「——ディ、ディミトリ様。お気分は、よろしいでしょうか!」

「……リズか。騒がしいな」


「す、すみません。黙りますので、ゆっくりお休みなさってください」

「いや……。なぁリズ。言いたいことがある」


「な、なんでしょうか」


 ディミトリが倒れるまえ、私は何をしていたっけ。

 ディミトリは、私の手を握った。寝ていたからだろうか、その手がずいぶん温かくて、私はなんだかどきりとした。


「……頼りにしている」


 ……頼りに?


「ああ。俺は弱い。未熟者だ。だからお前を幸せにするだなんて、出すぎた言葉だったな。でも、いずれ追いつくから、少し待っていてくれないか」

「……そんな」


 ディミトリは、強い。

 身体強化していない肉体が、しているそれに届くほどに。手解きを受けずとも、魔法を体得しかけるほどの器用さもある。


 だからきっと私が前に立っているのだとしても、その時間はとても短いだろう。

 私は首を振った。


「一緒に歩みましょう。私が引っ張りますから。でももしディミトリ様が私を抜かしたら、どうか私を引っ張ってください」

「おまえが前にいるのは否定しないか」


 ディミトリは笑った。

 でもその笑顔は、なんだかとても幸せそうだ。

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