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知らない男

 もっとも物語上、リズが婚約破棄されるのはわかっていたことだ。

 シャルルはゲーム上の思い入れはあったものの、しかしこの世界にやってきたばかりで彼との親交はまったくない。


 ゲームでは婚約破棄された後もリズはシャルルに固執し、まだまだアプローチを続けた。そしてカノンが別の攻略対象と恋仲に落ちたり、あるいはおかしな選択肢を選んでカノン自身の好感度が下がっていけば再びリズとシャルルは婚約することになる。


 でも、そんな行動を私がとる必要はない。

 ゲームでは気にならなかったが、現実として大衆の面前で婚約破棄するシャルルはなんだか軽薄で子供じみていてさっそく興醒めしてしまった。当の本人はカノンや他の友人と楽しげに談笑を続けている。


 しかしパルの呪いはなんとかしてあげたい。この世界のカノンがどんなルートを辿っているかはわからないが、彼女の音術の鍛錬が疎かである場合、パルは死んでしまうのだ。そうなることをわかっていて、のうのうと過ごすなんてできない。


 シャルルの反応からするとパルに近づかせて貰うのはもう難しいかもしれない。まぁじっくりなんとかする必要があるだろう。

 一旦食事でもとって落ち着こう。


 そう思って歩いていたら、私は何かに躓いて倒れた。

 慣れない厚底靴のためバランスが取れず、近くにあったテーブルクロスを引っ張ってガシャンと酷い音をたててしまった。


 視線をあげた私は、何人かの少女たちに見下げられていた。


「あーら、リズさん。ずいぶん酷く汚しちゃって。こんなに無作法なのに上級貴族の子女だなんて信じられないわ」

「いつもあれだけ馴れ馴れしくしているのに、フラれちゃってみっともない」

「音術の成績だって先生に色目を使っているからでしょう? フシダラ!」


 躓いたのは、足をかけられたからだとわかった。

 リズの評判はずいぶん悪いようだけれど、それを私に言われても困ってしまう。私はさっきこの世界にきたばかりで、過去の行いについて文句を言われたってまったくピンとこないのだ。

 

 しかし、こんなふうに言われたままでは今後の生活に差しさわる気がする。

 私は立ち上がり、中心にいた少女を睨んだ。少女はメロディアスキングダムのモブキャラのような顔をしている。


「な、何よ!」

「私に文句があったとしても、そんな風にされるのは損をしてしまうわよ」


 ちょっと魔法で脅かしてみようかなと、そう思った。

 異世界で魔物と対峙していた私にとって、こんな少女たちなんて赤子も同然だ。


 が、私はそれができなかった。

 急にものすごい圧迫感に包まれた。そのプレッシャーは冒険者時代によく感じたことがあった。

 まるで魔王に出会ったときに感じたそれで、死の淵に立たされたみたいで振り返ることもできなかった。


 私の体が、急に宙に浮いた。

 誰かが私を持ち上げた。誰かが私をお姫様抱っこしたみたいだ。


「これはこれはリズ・ブラックヴィオラ。怪我でもしたんじゃないか?」

「ちょっと、何よ!」


 思わず乱暴な声が漏れる。


「ディミトリ様!」


「暴れないでください。足を挫いていては大変だ、医務室へ向かいましょう」


 私を抱えていたのは、貴族の男のようだった。

 歳はリズより上に見えるが、20歳を超えてはいないだろう。それは圧迫感の激震地であり、私はいつでも魔法を使える準備を整える。


 男は不思議そうに抱き抱えた私を見ている。

 端正で男らしい顔立ちだ。黒髪には艶があり、モブキャラというには華がありすぎた。


 しかし、ディミトリ……?

 そんな登場人物がメロディアスキングダムにいただろうか。かなりやり込んだ私にさえ聞き覚えがない。本編にまったく関係ないキャラだろうか。


「降ろして! 別に怪我はしておりません」


「ディミトリ様! そんな女を助ける必要はありませんわ。彼女はいつも嘘ばかりつく痴者です」

「その女のせいでいつも聖歌学園は混乱していますの」

「いつもシャルル様をつけ回す色情魔よ」


 彼から逃れようとするが、しかし上手くバランスを取られディミトリの腕の中から解放されない。バタバタと暴れる私を差し置いて、ディミトリは続けた。


「この場を乱しているのはどう見てもおまえたちで、彼女は陰湿ないじめにあっているように見えるが」


 ディミトリが視線を向けると、それだけで少女たちが青ざめていくのが見て取れた。


「わ、悪気があったわけではありませんわ」

「そうよ。ちょっといい過ぎたところはあるかもしれませんが」

「……リズさんが、カノンさんに意地悪ばかりするのが悪いのです」


 辟易する言い訳に、ディミトリの視線は一層厳しくなった。

 それだけで、彼女たちは何もできなくなった。


「……い、行きましょう」


 結果を見れば、私は助けられたようだ。しかし、この人は誰だろう。

 3人が離れて行くのを見届け、私はディミトリに提案した。


「もう、降ろしてください!」

「ダメだ」


 聖女リッサ時代の魔法を使える感覚はあるが、肉体はリズのそれである。暴れて抵抗するが彼の腕から逃れることはできない。

 この大広間で、私たちはひどく視線を集めていた。婚約破棄されたばかりの女が別の男にお姫様抱っこされて運ばれている様はひどく滑稽に違いない。


「まさかディミトリ様にも手を出していたって言うの?」

「本当に嫌な女」

「シャルル様と天秤にかけていたとしたら許せないわ」


 そんなふうに悪口をいう女たちも、いざディミトリに睨まれれば震え上がったり、中にはうっとりするものさえいた。おそらく有名人なのだ。


 バルコニーに連れ出され、そこでやっと降ろされた。


 この男は得体がしれない。

 しかし、気押されたらダメだ。


「一体どういうつもりなのでしょうか。医務室に向かうはずでは?」

「おや、怪我をしていないのではなかったか?」

「だったらその場で開放すればよかったでしょう。助けていただいたことには感謝しますが」


 対峙したことで、彼の姿を初めてはっきりと見た。

 長身で細身の男で、礼服の装飾も良いものが使われている。位の高い貴族なのは間違いないだろう。

 漆黒の髪に銀灰色の瞳に月光が差しキラキラと輝いて見える。端正で美しいが、しかしそれは戦う男の顔。


 ディミトリはなぜか笑った。それは少し怪しく見えた。


「思ってもないことを。お前は困っていなかったじゃないか!」

「……なぜそう思ったのですか?」

「そんなの、表情を見ればわかるさ。お前は逆に、ワクワクしていた。どう仕返しをしてやろうかとな」


 魔法を使って脅かそうとしたのが、見透かされた。


「——殺そうとでも思ったのか?」


 怪しい微笑みを浮かべたまま、ディミトリはそんなことを言う。


「まさか! そんな悪趣味なことをおっしゃらないでください」

「そうか、それは悪趣味か。ところでおまえ、いま婚約破棄されたばかりだったな」

「笑いますか? 哀れな女と」


「俺と結婚しろ」


 ——え?


「ちょっと何をおっしゃっているのか理解できませんが」

「俺がお前を幸せにしてやると言ったんだ」


 ディミトリなんて名前は知らないが、リズと元々親交があったのだろうか。しかし、魔王のようなプレッシャーを放つ男である。

 おかしな言動は避けなければいけないのはわかっているが、思わず聞いてしまう。


「ディミトリ様は、私のことをどれほどお知りでしょうか」

「お目にかかることは度々あったが、まともに喋ったのは今日が初めてだ。よく知らないな」


 だとすれば、メロディアスキングダムに登場しないのも納得できる。


「それがなぜ結婚となるのですか?」

「一目惚れだ」

「お目にかかることは度々あったとおっしゃいましたが……」

「知らん。先ほど一目惚れしたのだ」


 ひょっとして、この人はリズの中身が今日から別人になったことに気がついたのだろうか。

 そしてリズではなく私自身を好きになった、なんて都合の良い妄想。


「お断りします」

「ほう、なぜだ?」


「ディミトリ様とは度々お目にかかることはございましたが、まともに喋ったのは本日が初めてです。その上、一目惚れしませんでしたので」

「そうか!」


 なぜかディミトリはどこか嬉しそうに納得した。


「ではまた別の機会に思いを伝えるとしよう」


 言うと、ディミトリは振り返って舞踏の場に戻って行った。

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