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過小評価

 ニコルは私よりも小柄で、蜂蜜色の髪に全体的に色素が薄い少年だ。

 目が大きく頬が赤く色づく様は子供みたいにさえ見える。


 昼食後、私はクーシャとニコルを連れて城から少し離れた森にやってきた。

 魔法の練習をするので人目につかない場所がよかったが、たとえ少年とはいえ寝室に招くわけには行かないだろう。


「一年前から騎士として鍛えてもらっています。子爵家の出ですが本当に没落してしまっていて、だからここで騎士として訓練させていただいているだけで、本当に感謝しています」


 道中でニコルは殊勝に話すが、しかし彼の顔にも腕にも肌が見える部分は傷だらけだ。私にはそれが効率的でないばかりか、逆にザイレント軍を弱体化させているように見えた。


 ディミトリに近づき、地方貴族から突然偉くなったパスカル。

 あまりにも怪しいし、平民の少年に負けることがあれば尻尾をつかめるかもしれない。


 さて、だいぶ歩いたのでここなら城からは見えないだろう。


「ところでニコルは、パスカル様が戦っているところは見たことがあるかしら」

「はい。本当に打たれ強い人で、ダメージを受けても気にせず剣を振れる人です」

「そのパスカルに、あなたが勝てるイメージはある?」


 ニコルは申し訳なさそうに視線を落した。


「いえ……正直僕がいくら頑張ったところでパスカル様に敵うとは思えません。でも、なんとかなる気がするんです」

「どうして?」


 ニコルはさらに顔を赤くして、言った。


「だって多分、リズ様はパスカル様よりも強いのではないでしょうか。……いえ、本当に、こんな可憐な女性に対し、自分でも何言ってるんだって思うんですが!」


 ニコルはマナを目視できる。

 それは不可視の力を感覚的につかむことができるからに他ならない。彼が魔法使いとして洗練されれば、いずれ能力開示(ステータスオープン)のような魔法が使えるようになるかもしれない。


 ニコルは私に期待をしてくれている。だとすれば、一週間で彼をパスカルよりも強い騎士にしてあげることが私の使命だ。


「とりあえずこっちにきてもらってもいいかしら。ニコル」

「は、はい!」


 ニコルはモジモジしながら私のところに近づいてきた。私は王子の婚約者だから、彼にも遠慮するところがあるのだろう。しかし、あまりに気を遣われてはこれからの訓練に差し支えるだろう。


 私はニコルの腕をひっぱり、近くへ引き寄せた。

 午前中に彼は筋力トレーニングを行っており、疲れた状態ではこれからのトレーニングの支障になる。


 ニコルの両頬を両手で挟む。少年の柔らかい頬に、私の体温が奪われる。


「絶対にパスカル様に勝てるようにするよ。私を信じてくれればね」


 回復魔法(ヒール)を直接、彼に流し込む。

 結局触って行うことが一番効率がいいのだ。


 しかし、ニコルには効きすぎたのか。彼は顔を真っ赤にして目をパチクリさせていた。

 回復魔法(ヒール)を終えて手を話すと、彼はその場でヘナヘナと座り込んだ。

 

「ちょ、大丈夫?」

「ニコル様! リズ様にはディミトリ様という婚約者がいらっしゃいますので、変な気を起こされては困りますよ」

「ま、まさか! 僕なんかにとっては、リズ様は雲の上の人ですから!」


「変な気? クーシャ、変な気ってなに?」

「……はぁ。まぁお嬢様、ゆめゆめお気を緩めないようお願いします。それ以上はなにも……」


 なんとも煮え切らないクーシャだった。


 まぁいいわ。

 とにかくこれでニコルの体力は満タンのはずだ。


「早速だけど、剣の型を見せてくれないかしら。いつも素振りをするのでしょう」


 お願いすると、ニコルは元気な返事とともにぴょんと立ち上がって、そして勢いよく剣を振って見せた。しかしそれは決して洗練しているとは言い難い。常に余計な力が入っており剣先が走らず、ブリキ人形を動かしているようなぎこちなさだ。


 一年やってこれでは、と思ってしまう。

 きっとニコルが悪いわけではなく、体中に重りを巻きつけて素振りをするからこんなことになってしまうのだ。


「はいストップ!」


 ニコルはピタッととまりこちらを見た。


「……ど、どうでした?」

「今のニコルがどんな風に動いていたか、見せてあげる。剣を貸して」


 彼から受け取った剣を握る。

 柄に巻かれた布はボロボロで、彼がいかに剣を振ってきたかがわかった。

 ニコルを、強くしてあげたい。


 私は全身にマナを纏い、発光させた。


 それを見たニコルが、どこか陶酔したような表情で私を見ていた。

 きっとキラキラ光るマナはすごく綺麗だから。


 でもこれから見せるものは、決して美しくはないだろう。


 一歩踏み込んで、それよりも遅いタイミングで剣先を出す。ガチガチとマナは様々な方向に振り落とされ、力が一点に向かわない。

 これでは到底相手を倒す一撃にならない。


「じゃあ今度は、どう動くべきかを見せるね」


 今度は、踏み込みから剣先が架空の敵を捉えるまで、バネが伸びるように貫いた。それは高速の風を走らせ、数メートル先の木の葉を真っ二つにした。

 マナの移動は一方向で、全ての力が剣先に集中していったのが見て取れたはずだ。


「どうかしら」

「……す、すごい」

「じゃあ、やってみて」


 剣を渡し、ニコルに付着するようにマナを結晶化させる。これでマナの動きによって、自分の動きの正しさが確認できる。

 まず第一に、正しい型を習得すること。マナの扱いを覚えてもらい、魔法を戦闘に利用するのはその後だ。


 ニコルは剣を振った。

 すると、進行方向にマナの飛散が集中した。それはとても綺麗だった。私がやったのと同じように、その剣の風が木の葉を真っ二つにした。


「こ、こうでしょうか?」

「……え、うん」

「これ、すごいですね! この緑の光があると、自分がどう動いているのか、どう動けばいいのか本当によくわかります!」


 信じられない。

 ニコルはすでにマナの扱い方を理解しているみたいだ。


 確かに私は、一週間もあればニコルがパスカルを倒せる騎士になると思った。


「……ど、どうでしょうか、リズ様。僕は本当に、パスカル様に勝てるでしょうか」


 勝てる。

 絶対に勝てる。


 おそらく一週間も必要ない。きっと今まで、パスカルに侮られてきたニコル。

 でも、彼を過小評価していたのは私も同じだったのだ。

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