宣戦布告
まだ午前中である。
その時間はいつもそうなのか、練兵場では騎士たちが木剣を振っていた。
ただし、みんなの剣が鈍かった。おそらく普通のものより重い剣を振っている。体にも重りを巻きつけているようで、そういう筋力トレーニングらしい。
「怠けるな! その一振り一振りがザイレントの剣となるのだ」
厳しい訓練はしかし、みんなの剣捌きをおかしなフォームへと変えていた。そりゃそうだろう。だって重りを支えるのに力を使うから、効率よく剣を振ることなんてできっこない。
しかも午前中からかなり追い込んでいるみたいで、すでにみんなずいぶん疲れているようだ。
そして、ついには一人の騎士が倒れた。
「またおまえかニコル! おまえがいると士気が下がる」
パスカルは重そうな木剣でパスカルを殴った。
重い一撃はきっと、彼の骨にめり込む。その瞬間、私は叫んでしまった。
「やめて!」
遠くにいた私をパスカルがギロリと睨む。
「なんだメイド風情が、帰れ」
そう言えば私はメイド服だが、メイド風情と言われたことにカチンときた。
「わ、私はリズ・ブラックヴィオラ! メイド風情ってなんですか! この城を一生懸命整えているメイドさんたちに失礼です! 撤回してください」
「……ああ、なんだ。昨日の女か」
ぎろりと隻眼を光らせながら、パスカルはこっちにやってきた。
「訓練の邪魔だ。出ていけ」
「いえ、その前に聞いてください。現在城の医薬品や包帯の備品が減ってるんです。だから、あまり厳しい訓練はよくないのではないかと」
「おまえには関係のない話だ」
「いえ、関係あります。だって私はディミトリ様と結婚し、この国の王妃になるかもしれないのですから。軍が弱いと怖くて嫁ぐことができません」
「弱い?」
はっきり言ってしまった。
流石にパスカルの表情に怒りが見える。
「弱い……だと?」
弱い。
少なくとも前世のパーティであれば、4人でこの軍全員と戦っても壊滅させられるだろう。
流石にはっきり言い過ぎただろうか。
パスカルは何を思ったか、不敵に笑った。
「それは面白い。であれば強さというものを証明して欲しいものだ。悪いがこの時間にディミトリは助けにこないぞ。ノーザウンのお嬢様」
上等だ。
さすがに私のような『女子供』に遅れをとったのであれば、少しは考えを改めるだろう。
重い木剣をパスカルは振り上げた。
私はマナを集結させ、魔法の展開に備えた。
ただ、私がパスカルと戦うのはまだ先になるようだった。
「待ってくださいパスカル様! 悪いのは僕なので、どうかお嬢様はお許しを!」
「なんだニコル。動けるのであればサボるな」
先ほどパスカルに殴られていた少年だ。
再び彼が殴られる。
私はマナの結晶をニコルの目の前に移動させる。
「——え?」
ニコルの視線は不思議そうにその結晶に吸い寄せられた。
パスカルはニコルに向かって木剣を振り下ろし、私はニコルの体に纏わりつくように不可視の盾を展開させた。
叩きつけられる木剣はしかし、魔法の盾によって粉々に粉砕された。
当然ニコルから悲鳴も上がることもない。
先の折れた木剣を不思議そうに見つめながらパスカルは言った。
「何をやった?」
「ほら、そんなこともわからないのでしょう。あなたの剣は弱いので、相手を傷つけることさえできない」
「なんだと?」
「あなたは彼が弱く見えるようですが——」
ニコルは先ほどマナに視線が吸い寄せられていた。
彼には魔法の適性がある。
「一週間私に預けてもらえれば、たぶんあなたより強くなります。それをもって、この軍が弱いことの証明とさせてください」
私の挑発に、パスカルは言った。
「いいだろう。もし俺が勝ったとすれば、悪いがお嬢さんには故郷に帰ってもらうようディミトリ様に進言しよう。ニコル!」
「はい!」
パスカルはニコルを睨みつけていた。
「そのときは手加減ができないかもしれない。わかるな?」
私はニコルにとって、かなり酷な約束をしてしまったかもしれない。
ニコルはこちらを見た。
どういうわけか、その目が希望に光り輝いていた。




