怪しい関係
音術は使えないけれど、魔法を使うことができる。
あまり大袈裟に使えばきっと変な噂が立つだろうが、そんなことを気にするような繊細さはたぶん前世で失ってしまった。
王と別れた後に早速調査しようと私はかけ出したのだが、メイド長のハンナに呼び止められた。
「リズ様。クーシャを見ませんでしたか? 城の備品の扱いを教える約束になっているのですが」
クーシャはたぶん私の部屋で寝たままだ。それを知られるのはよくないかも。
「あ、実は私の部屋の掃除をお願いしていて。呼んでくるわ!」
「それなら大丈夫です。私が呼びに行きますので」
「いいから! ハンナが呼んでるって伝えておく!」
ハンナを制して急いで自室に戻り、ベッドで寝ているクーシャを起こす。
「クーシャ、起きて!」
体をゆすっても、彼女は気絶したように眠るままだ。
なれないマナの扱いで疲れ切っている。ただ疲れているわけではなく特有の精神疲労のため、回復魔法で回復するわけでもない。
まさかハンナに、クーシャは貴族の部屋のベッドで寝ているなんて言えない!
私はハンナの元に戻り、伝えた。
「クーシャはまだ私の部屋の掃除で忙しいみたい。備品の扱いについては私が聞くわ! クーシャには私から伝えておく!」
「……まさか、リズ様に使用人仕事などお伝えするわけには……。別に別の日でも構いませんので」
「いいから! お願い! 一生懸命働くから!」
間諜探しには情報収集。それにちょうどいい気がする。
疑いの目を向けられたが、最後にはハンナは折れてくれた。
「素敵なお召し物が汚れてしまいます。メイド服に着替えていただけますでしょうか」
◆ ◆ ◆
おお、これがメイド服か。
黒っぽいロングチュニックだけでは味気ないが、その上に被さる白いエプロンにはフリルがあしらわれており、機能性と可愛らしさが共存している。
「リズ様はとてもお美しいわね」「スタイルがいいと何を着ても絵になります」「メイド服を着せるにはあまりにも煌びやかだわ」
メイドの過ごす離れの建物には待機中のメイドたちがおり、よほどそこにくる貴族が珍しいようだった。
みんなが私に対して口々に感想を漏らすのは、なんだか恥ずかしい。
「嬉しいわ! ディミトリ様の婚約者がリズ様のような美しい方で」「ディミトリ様は格好良くてお強くて、でも婚約者に恵まれなかったですものね」「ねぇねぇ、リズ様はディミトリ様のどんなところに惹かれたのですか!?」
ディミトリのどんなところに惹かれたのか。
彼にキスされたことを思い出し、また顔が熱くなってしまった。
「きゃー、リズ様が真っ赤よ!」「これが恋する乙女ということなのね」「こんなに可愛い子、私が男だったらディミトリ様に決闘を挑むところよ!」
私はディミトリに恋をしているのだろうか。
本当のところはわからない。
ただ私は、本当は彼を助けにこの国にやってきたんだし、ときおりディミトリに弱い女扱いされることに対する不満もある。
「ほら皆さん、そろそろリズ様を開放して差し上げなさい。困っているじゃないですか」
「いいえ、大丈夫だから!」
これはディミトリのこととか、ザイレントのことを知るいい機会だ。
「ところでメイドのみなさんから見て、ディミトリ様はどんな人かしら」
「そりゃもう、みんなの憧れですよ! ちょっと怖いけれど……」「なんでも隣国との小競り合いの時は、軍の先頭に立って50人以上も倒したという噂もありますよ。お若いのに『魔神』なんて異名があるくらいですもの」「怖いっていうけど、私たちが怒られたりすることはないわ」
魔王のようだと感じはしたが、まさか魔神なんて呼ばれているとは。
「いままで親しい女性がいるのも見たことないし、男性が好きなのかもなんて噂もありましたよ」「それがこんな素敵な女性を連れてくるとはねぇ」「あはは、一時はパスカル様とお噂がたったこともありましたよねぇ」
パスカルといえば、練兵場にいた指揮官だ。
大柄で隻眼が特徴的で、確かに美形ではあった気がする。
彼に殴られそうになったことを思い出す。
まさかそれは、ディミトリを盗られたことに嫉妬して!?
「いつも二人でヒソヒソ話して」「目覚めたのかしら! なんてみんな言っていたわ」「ディミトリ様がパスカル様を指揮官に指名したのは突然でしたね」
突然パスカルが指揮官に指名された?
「パスカル様は……どんな人なんですか?」
「パスカル様は、カルゴーン男爵家の次男ですよ。地方の小さな領地しか持たない貴族ですから、指揮官に任命されるだなんて大出世だわ」
地方貴族から突然王国軍の指揮官になったパスカル。
口数が少なくて何を考えているのかわからない男の大出世。
それはなんだか怪しい感じがする。
なんて考えたところで、ぱんぱんとハンナが両手を叩いた。
「はい、もういい加減それぞれ仕事をしてくださいな。リズ様にアイバル城のメイドがいつもサボっていると思われてしまうわ」
ハンナがいうと、彼女たちは「はーい」と返事をして散り散りに仕事に戻った。
「最近は使用人も少し気が抜けていますねぇ。もう少し厳しくした方がいいのかしら」
「いいんじゃないかしら。きっとハンナのおかげでここの居心地がいいのよ」
「あら、リズ様はお上手ですね」
そんな風にいなすが、ハンナは嬉しそうだ。
「ただ残念ながら、私が原因というわけではないわ。単純に仕事が減ったのですよ」
「仕事が減った?」
「ええ。たぶん財政状況が悪いのでしょう。少し前までは調度品もたくさんあったし、物も多かったから仕事が山のように湧いてきましたが、最近のお城はこざっぱりしてますから」
倉庫に案内され、包帯や薬品などの医療品の場所を教えてもらった。
これを医務室に運ぶらしい。
「包帯の仕入れさえ減っているんです。これでは、騎士様たちは大変よ」
練兵場の生傷だらけの騎士の姿が頭に浮かんだ。
医療品さえ不足している状態であの厳しい訓練。それはとても、おかしい気がする。
「……ごめんハンナ! 私、用事を思い出したわ!」
「あ、ちょっと! リズ様!」
気づいたら私は、練兵場へ走り出していた。




