もし味方であるのならば
二人ですぐに寝室に移動した。
「いい、クーシャ。音のない音術は、光を利用していろいろな影響を起こします。これは見える?」
大気中に溢れるマナ。
手のひらをかざし、私はそれをクーシャに見せた。
緑の光は線香花火のように細かい光を放ちぼんやりと輝くが、クーシャは真剣にその中央に視線を向けており、彼女の顔にはその緑の光が反射しているように見える。
「……はい。すごいです」
間違いなく、クーシャには才能がある。
「そうしたら、今度はこの光を触ってみて」
クーシャは恐る恐るマナの結晶に手を伸ばし、その指先が触れると緑の光は炎のように揺らめいた。
「どんな感触だった?」
「……とても柔らかいですが、不思議です。確かに触った感触があって、少し温かいかな? 私が触れると、小さな一つ一つの粒が逃げていくような……感じかな」
すごく敏感だ。
これであればすぐにでもマナを扱えるかもしれない。
「じゃあ逆にさ、あなたの指にその一粒を引き寄せるように動かせる?」
「引き寄せる……ですか?」
「ええ。その粒があなたの指にやってくるように、願うの」
「願う……」
クーシャの瞳の中でマナの光が揺れる。
一粒のマナが蛍のように煌めきながら、彼女の指に吸い付いた。
「……できた! すごい、すごいです!」
新しいおもちゃを見つけた赤ちゃんみたいにクーシャははしゃいでいた。
この調子でマナを操作できるのであれば回復魔法だってそう遠くない未来にできるかもしれない。
「わたし、世界がこんなにキラキラしているだなんて知りませんでした」
クーシャはマナを見るコツを掴んだことによって、目を凝らせばそこかしこのマナがキラキラ輝いて見えている。それはとても美しい光景で、私も前世で強く感動したものだ。
が、同時にマナを扱うのは非常に疲れる。特にクーシャのような初心者であれば。
ふっと力が抜けるように、クーシャは気を失った。私は急いで彼女を支え、そのままベッドに寝かせた。
安らかな顔だ。
このままゆっくり休ませてあげよう。
◆ ◆ ◆
クーシャと別れ一人になると、再び先日のキスが頭を過ぎった。
多分というかおそらくというか絶対というか、ディミトリは私のことが好きなのだろう。じゃあ、私はどうだろうか。
キスをされて嫌だと思うわけじゃない。でも、いくつかの段階を飛ばされたような気はしてしまう。ディミトリは何を思ってキスをしたのだろう。
私の頭の中はディミトリのことでいっぱいだ。
「ディミトリ様! このままではモーツが落ちてしまいます、派兵のご決断を」
ぼんやりと歩いていたら私は評議室の前を通りかかっていたらしく、怒鳴るような声が耳に届いた。その言葉にディミトリが含まれていたことで、私は思わずそれを聞いてしまった。
「ダメだ。タキレーンに派兵の要請を行え」
「モーツにはアイバルの方が近いでしょう! 辺境を犠牲にせよというのですか!」
「おまえはこの王都を手薄にすることが他国にどう映るのかわからないのか」
ディミトリの厳しい声が聞こえる。
細かい話はわからないが、貴族は国を守るために必死なのだ。
メロディアスキングダムにおいて、現在のルートではザイレントは滅亡する。
闇堕ちしたシャルル率いるノーザウンの手によって。それはまだ先の話だとは思うが、しかしそのための布石が少しずつ始まっているように感じてしまう。
ノーザウンのパルの呪いを解いてシャルルの闇落ちを防ぐのも必要だが、そのまえにザイレント自体を強化することも大切だ。やらなければいけないことは、きっとたくさんある。
「軍事に興味がおありか? リズ嬢よ」
振り返ると、そこにはディミトリの父である現ザイレント国王が立っていた。
「い、いえ。すみません。盗み聞きみたいになってしまい……。すぐに行きますね」
「よい。まさかあなたが間諜というわけでもあるまい。いや、しかしもしや……だからこそ愚息を籠絡した?」
「違います! 本当にぜんぜん!」
「はっはっは! 冗談だ」
王は豪快に笑って見せた。
「まだ昨日の今日だ。新しい国の城が気になるところであろう。しかしアイバル城は高価な調度品もなくつまらん城ではないか?」
「いえ。むしろ感心しました。きっと大切なところにお金を使おうとされてるんだなって」
「使う金がないだけだ。ノーザウンのような大国からやってきたのであれば、なんとも貧相に見えることだろう」
私がノーザウンに滞在したのだなんてほんの数時間に満たないのだから、その比較はすることができない。
「その上周辺諸国の脅威が高まっている。複数の国と国境を面しているザイレントだ。どうだ? がっかりしたか?」
「まさか」
「では改めて問う。あなたはディミトリに惚れているわけではないのだろう。なぜここにやってきた?」
この国とディミトリを救いに。
そんなことを言っても、頭がおかしいと思われるだけ。
しかし、彼に嘘は通じそうにない。
「私は贅沢にも、安全な暮らしにもさほど興味はありません。でも、ディミトリ様とザイレントには興味が持てました。それがここにやってきた理由にはならないでしょうか?」
「勇ましいな」
王の目元に厳しい影が落ちた。
「貴族のお嬢様が、危険が怖くはないと」
私はすでに2度死んでいるし、前世は冒険者だ。恐ろしい魔王とも命懸けで戦っている。
おそらく王は、私がこの城にきたときから私のことを疑っている。
当たり前だ。
きっとこの世界で、豊かなノーザウンの王子との婚約を捨てる令嬢なんていはしない。
「ところでこの城の中に、国益を削ぐように動いているものがいる気がするのだ。なに、確証はない。勘、だ。……そうだ、一つ頼みがあるのだが」
私はこの王の頼み事に、全力で答えなくちゃいけない。
「誰が間諜か。見つけてはくれまいか? もしそんなものがいるのであれば」
『音術を使え』と、そんな風に言っているように聞こえた。おまえの力を、ザイレントのために使え、と。
もし、味方であるのならば。




