見えない言葉は槍になる
今のご時世は、怖いものだ。
匿名で出来るネットの世界で、誰かが誰かの事を陥れる。
私が、加害者になるなんて。
―――そう、思いたくないのに。
▪▪▪
私の名前は、雨宮華音。
高校に通っている高校生で、来年は大学へ進学しようと考えている。
私は、端から見れば『一軍女子』って言われそうなグループの中心的存在だ。
何人かの女友達と一緒に、行動している。
そんな、ある日の事だ。
他校からの転校生がやってくる、と聞いた。
何でまた一年だけ……
と思っていたけど、どうやら転勤族の親が居るとかなんかで、数年に一回程転校しているらしい。
「ねえ、華音。転校生ってどんな子だろうね」
特に仲良しである、智子がそう話しかける。
「いたって普通、じゃないのー?」
「ふ、普通ねえ」
正直な話、転校生の子はどうでもいいと思った。
別に居たって私の生活になんも関係ない。
「皆、席着けー」
担任の先生がやって来て、そう言う。
「ホームルームの前に、転校生の紹介をするぞ」
そう先生が言うと、一人の女子生徒が入ってきた。
それを見た私は、驚いた。
―――余りにも、綺麗な顔立ちをしていたからだ。
「これから一年、皆と共に勉強をする湊香里さんだ。仲良くするんだぞ」
「湊…香里、です。よろしくお願いします」
香里はそう言うと、頭を下げた。
その日は、例の転校生……香里の周りに同級生が続々と話しかけていた。
そんな彼女を、私は遠くから見ていた。
(たく、男子って単純だよね。ちょっと綺麗だからって寄って集ってさ)
でも、このモヤモヤは何だろう。
今まで、こんな気持ちにならなかったのに。
「まあ、私には関係ないっしょ」
そう言いつつ、私は教室を出ていった。
▪▪▪
それから何事も無く、数日が過ぎていった。
相変わらず、例の転校生の周りには何人か話しかけている。
(はあ、最近智子もあの子と一緒になる事が多くなってきたな…)
仲が良かった智子は、香里と同じ趣味だということで連絡を取り合ったりしている。
それは別に良いと思った。まだ仲が良い人は何人か居る。
そう思っていた矢先の事だ。
私が密かに想いを寄せていた彼……隣組の宮本君が、香里と話しかけているのを見てしまったのだ。
それを見た私は、モヤモヤしていた物をようやく悟った。
これは紛れもなく、『嫉妬』をしてるんだと。
そして、次の感情は……『怒り』、に変わっていった。
▫▫▫
宮本君と話していた、翌日。
私は彼女に話しかけた。
「……あ、えっと。確か、同じ組の雨宮さんでしたっけ」
香里はそう言った。
「ちょっと校舎裏に来て」
彼女は怪訝そうな顔をしたが、私の言葉に従って校舎裏へ連れてきた。
「あんた、ちょっとイイ気になってんじゃないの?」
強い口調で、私はそう言った。
が、彼女は顔を少し曇らせた。
「……そ、そう、でしょうか。その、不快に思ってしまったら、ごめんなさい」
謝ってくるのは、少し想定外だ。
……でも怒りが収まらない。
「貴女、これ以上……」
私がそう言いかけた、その時。
「あ、香里ちゃん!此処に居たんだねー」
智子と宮本君が、校舎裏へやって来たのだ。
「……っと、ごめん華音。二人と話してたんだね、邪魔したかな」
「ッ……!」
私はこれ以上言えず、その場を立ち去った。
「って、華音!たく、もう……」
「まあまあ、智子さん。落ち着いて」
智子と宮本君の声を聞きながら、歩いていく。
(何よ、何よ、何よ……!智子も宮本君も、あの子の何処か良いっていうのよ!)
私はその足でトイレの個室に行き、スマホを取り出した。
そして、SNSの鍵アカウントの一つで、香里に対する想いを書き綴った。
『転校生のあいつ、私から友達も想いを寄せていた彼も奪っていった』
『容姿端麗だけど、性格は臆病者なのに嫌なやつ』
『ちやほやされんの見てて超イラつく。あーほんと嫌だ嫌だ』
……等と、書き込んだ。
(……もう、いいかな)
そう私は思って、SNSに書き込むのを止めた。
どうせ鍵を掛けているし、誰も分からないでしょ。
……そう、思ってたのに。
▪▪▪
その日の夜、智子からメッセージが来た。
『これ、香里ちゃんの事でしょ』
そう綴られていたのと共に、鍵を掛けていたアカウントの投稿を見せた。
それを見た私は驚いた。
『なんで分かったのよ』、と返す。
『私の友達が、たまたま華音の鍵垢を知っていてフォローをしていたの。そしたら、これを見つけて「転校生って香里ちゃんの事じゃない?」って言ってきたの』
何人かフォローされていたけど、その内の一人が智子の友達だったのは迂闊だった。
『智子には関係ないじゃん』
『関係なくないよ!そう言う子じゃないって思っていたのに!』
そのメッセージの後……智子とは連絡が出来なくなった。
▪▪▪
翌日、休日だったのだが……私は両親と共に、学校へ行った。
学校へ入ると、会議室に通された。
そこには香里の両親、そして担任の先生と校長先生が居た。
私と両親が席に座ると、校長先生が口を開いた。
「呼ばれた理由は、分かっているな?」
例の投稿の件だろう、と悟った。
その事を述べると、香里の母親が静かに言った。
「香里は今朝……自ら命を絶ちました」
それを聞いた途端、頭が真っ白になった。
なんて言えば良いのか、分からない。
「智子が、あの投稿を彼女に見せたそうだ」
担任の先生がそう言う。
(ああ、私って何で……)
そう言えば、担任の先生がよく言っていた。
―――匿名の投稿という、『見えない言葉』で発せられた言葉は間違えると『槍』になる。それだけは覚えておけ。
その言葉の意味を、ようやく知れた。
何であの時、分からなかったのだろう。
私は、高校を自主退学した。もう高校に居れない、そう思ったから。
あの一件の後、華音の事は誰も見なくなったという。
ヒューマンドラマ枠なのは苦肉の策でした(汗)