CAR LOVE LETTER 「Lover’s License」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:TOYOTA ALTEZZA(SXE10)>
高校最後の冬。
みんな受験に追われながらも、それでもなんとかクリスマスや正月気分を味わおうと、時間のやり繰りに必死だ。
受験生にクリスマスも正月もあるか!と学校の先生は声高らかに吠えるのだが、青春の今この時間を楽しんで何が悪い。
みんな参考書に力一杯後ろ髪を引っ張られながらも、また友達との集まりに顔を出すのだ。
俺の仲間達も、クリスマスや初詣だってのに男ばかりで集まるなんて、ずいぶん寂しい奴らだよ。
まぁ俺もその一員だから、偉そうな口は叩けないんだけどね。
「お前は良いよな~。もう進路決まってるからさ。こっちは受験勉強も大詰めだよ。」
「だったら初詣なんか来ないで勉強してりゃいいじゃん。あ、俺中吉。お前は?」
「・・・末吉。」
「何々?学問あやうし、精進せよ?」
「やっぱお前、初詣なんて言ってる場合じゃねぇって~!」
「うるっせ~!!」
俺達は神社の境内で大はしゃぎして、今度は絵馬を奉納する。
みんなの願い事は「大学に受かりますように。」ってな事ばかりだが、俺はもう一足先に大学の推薦をもらっている。
俺は気を遣って、みんなの見ていない所でそっと絵馬に願いをしたためる。
願い事は、「素敵な出会いがありますように。」だ。
ここの神様、縁結びにご利益があるみたいなんだ。
他のみんなは普通の大学へ進学するつもりの様だが、俺は将来カメラマンになりたいと思っている。
その為、俺は私立の映像関係の大学へ入る事にした。
親には学費やらで随分苦労かけると思ったから、俺も普通に公立の大学を受験しようと考えていた。
でも、お前がやりたい事があるのであれば、それを学べる所に行け、と言う親父の言葉に強く後押しされ、俺は私立に進学を決めたんだ。
そうして上手く進路も決まり、高校最後の冬に時間の余裕が生まれたのだが、友達はみんな受験勉強でてんてこ舞いだし、俺は大分時間を持て余し気味だった。
そんな折にお袋が、車の免許を取りに行けば?と提案してきたんだ。
俺は今から新しいことを始めるのが億劫で、教習所に行くのには消極的だったんだけど、小さい頃に俺が貰ったお年玉はこの為に預かってあると言うんだ。
それならば行かない理由は無いと、俺は翌日から教習所に通う事になった。
億劫だと思っていても、通い始めてしまえば、教習所は俺にとって新しい刺激の連続だった。
全く知らなかった交通ルールや車の運転の仕方を知り、今までは親父の車や通学バスにただ乗っかってるだけだったのが、ここを卒業すれば、自分の力で車の運転をする事が出来る様になる。
新しい自分になれる様な期待に胸を躍らせていた。
だけど、時期も時期だから友達や同級生は教習所には居ない。
楽しいのだけど寂しい。そんな感覚を覚えながら、俺は今日も教習所へ通うんだ。
なので、どちらかと言えば、教習所を早く卒業したいと思っていた。
そんな中、とても些細な事なんだけど、教習所に通う楽しみが出来たんだ。
ある日の教習の合間、いつもなら俺はDSをしながら時間を潰しているんだが、その日に限ってDSを家に忘れてきてしまったんだ。
DSを家に取りに帰るのも馬鹿らしいし、友達にメール打ってもどうせ受験勉強の邪魔だと嫌がられるし、パケ代も掛かるからネットも見れない。俺は暇を持て余し、半分腐って待合所でぼーっと教習コースを眺めていたんだ。
その時、待合所の一番隅の方に女の子が座ってるのを見付けたんだ。
歳は、多分俺よりひとつふたつ位上だろうかな。
茶色い髪で、ゆる~くパーマを当てていて、ピアスをしていて、うっすらと化粧をしていてさ。
・・・結構、好みなんだよね。
うちみたいな進学校の特進クラスには居ないタイプ。
俺の学校の、隣の私立の子みたいな、ちょっとだけ派手な感じの女の子だった。
彼女は雑誌を見ながら教習の時間を待っている様子だった。
ファッション雑誌か何かなのかな。彼女の服装も、今の流行りをざっくりと着てて、俺みたいなジーパンにセーターで済ませるセンスとは、まるで月とスッポンを形にしたような感じ。
こんな女の子なんだ。多分彼氏がいるだろう。
声掛けたって、答えは知れてる。無駄な期待をするだけだ。
遠目から見るだけで、充分。
俺は翌日から、DSを持って行かない様になった。
教習所で彼女の姿を探し、見付けられれば何となくその日一日ハッピーで、見付けられなければ何となくその日一日ブルーになって。
それは誰にも打ち明けない、恋って訳でもない、俺一人の一喜一憂。
絵馬のご利益があったのだろうか?
出会いって程でもないけど、彼女の存在を知ってからは、教習の段階が進んで行くのが、なんだか疎ましく感じていた。
彼女は多分仕事をしている人なんだろう。
平日は夕方5時過ぎに教習所に来て、土日は朝から教習を受けるスタイルだ。
俺みたいな暇を持て余した学生みたいに、時間に余裕は無いんだろうな。
かなりガツガツと教習をこなしているような印象だった。
ある日の教習の直前、俺は実技教習に向かおうと、原簿を小脇に待合所の横を通り抜けようとしていた。
すると、もう教習も始まるというのに、彼女が一人待合所でカバンの中を覗いていた。
何かを探している様子だが・・・。
「どうか、したの?」
俺は、意を決して彼女に声を掛けてみた。
「あぁ、あの・・・。学科教本が見当たらなくて。昨日入れたはずなのに。これ逃すとこの学科、来週まで無いから・・・。」
彼女は不安げな表情でカバンをまさぐりそう答えた。
「なぁんだ。じゃ俺の教本使ってよ。俺、次は実技だから教本使わないからさ。終わったら、受付に預けておいてよ。」
俺がそういうと、始業のベルが鳴る。
「やべっ。じゃあ!」
俺は彼女に教本を押し付けて、配車場にダッシュする。
「あの・・・!」
背後から彼女の声が聞こえる。俺は聞こえない振りをして、そのまま廊下を駆け抜けた。
声、掛けちゃったよ!しかも教本まで貸しちゃったよ!
何か、すげぇ!
実技にちょっとだけ遅刻して、教官には怒鳴られちゃったけど、そんなのは全然気にならないんだ。だって、彼女と話しちゃったんだから!
かわいい声だったな。すごくいい香りがしたな。香水かな。
俺は結局、その回の実技は上の空で失敗の連発。教官にはまたがっつり叱られて、ハンコも貰う事ができなかった。
でもそんなのも全然気にならないんだ。だって、今日は最高にハッピーなんだからさ!
待合所に戻ると、彼女がいた。
俺の姿を見付けると、彼女は笑顔で軽く手を振った。
「教本ありがとう。ホントに助かっちゃった。」
「なんだ。受付に預けておいてくれればよかったのに。」
彼女は俺が戻って来るのをわざわざ待ってくれていた。しかも俺、教官に怒られていたから、待合所に戻って来たのは帰りのバスが出発した後だったのに。
「何か、ゴメンね。バス乗り過ごさせちゃって。」
「ううん、いいの。どうせこの後暇だったし。バスはどっち方面?」
「駅前。君は?」
「あたしも。奇遇だね~!」
俺達はそのまま、バスを待たずに歩いて帰る事にした。
確かその日も、冷たい冬の風が吹いていたはずだったけど、俺はそれも全然気にはならなかった。
彼女との帰り道、俺達はいろんな話をした。
彼女は俺より一歳年上で、教習所の近くの工場で働いているらしい。
秋までは現場作業だったのが、冬からは事務に異動になって、それでどうしても免許が必要になって取りに来てるんだってさ。
彼女は、免許が取れたらどんな車に乗りたい?と聞いてきた。
「やっぱりさ、スポーツカーがいいかな。ああいう車ってさ、若い内しか乗れないじゃん?」
「大丈夫だよ。うちのお父さんなんか、定年してからスポーツカー買ったんだよ。フェアレディなんとかって凄い派手なやつ。」
「すげぇなあ。俺は、教習車と同じだけど、アルテッツァなんて良いな。買ったら乗せてあげるよ。」
「え~、あたしも運転した~い。」
気付けばもう駅まで着いてしまっていた。
俺達はケータイの番号とアドレスを交換してお互いの電車に乗り込んだ。
すると彼女からすぐにメールが届く。
「今日はアリガトm(._.)m 明日もがんばろうね(*^o^*)」
そのあとも俺達は、ず~っとメールで会話しあったんだ。
なんだか信じられない展開。
まさか気になっていた彼女と、こんな短時間で打ち解けあえるだなんて。
さすが縁結びの神様。ホントにあの初詣の絵馬のご利益があったのかも!
教習は彼女の方がちょっと進んでいたから、俺は彼女に追い付こうと必死に教習を受けた。
一緒に試験場に行きたいね、なんて話になったもんだから、遅れを挽回しなけりゃならない。
教習が終わってから、俺達は待合所で落ち合って、バスには乗らず駅まで歩いて帰る様になった。
まだ話す様になってからほんの数日しか経っていないのに、俺達はまるで付き合っているみたいに仲良くなった。ホントに彼女と過ごす時間は楽しかった。
彼女は年上だったけど、変にお姉さんぶる事もなく、俺を一人の男として見てくれていた。
俺、彼女の事を本気で好きになっちゃったかも知れない。
手、繋ぎたいなぁ。
俺は歩きながら、手を振る勢いで、彼女の手にちょんと触れてみた。
それに気付いて、彼女は俺の方を見る。
彼女と目が合った次の瞬間、どちらからともなく俺達はしっかりと手を繋ぎはじめた。
彼女の手は小さくて、細くて、冷たくて、そして柔らかかった。
俺はそれを感じて、思わず手に力が入った。
「んん、痛いよぉ。」
彼女は笑って、俺の手を握り返してきた。
俺達は駅のベンチで何本も電車をやり過ごした。
他愛の無い会話をしながら寄り添って、お互いの温もりを感じながら。
電車が通過して会話が途切れたその時、俺達は、そっと唇を重ね合わせたんだ。
俺にとって人生初めてのキス。どんな顔をしたら良いのか全然分からない。俺は緊張でガッチガチだった。
彼女は目を開けて俺の顔をみるや、恥ずかしそうにキュッと微笑んで、俺の肩に顔をうずめた。
その彼女の仕草と髪の香りに、俺の緊張はふわりと解けて行くようだった。
人目も気にせず、俺は彼女を抱き寄せる。
この瞬間が、永遠であればいいのに。
しかしそんな俺の願いは、はかなくも遮られてしまった。
空気を読まず、彼女のケータイがけたたましく鳴り響く。
慌てて彼女はケータイを取り出すが、すぐにそのまま電源を切ってしまった。
「出なくて、よかったの?」
俺の問いに「うん。」と彼女は答えた。少し浮かない表情だ。
家から、かな?もう時間も遅いし。
「帰ろっか・・・。」
彼女からそう切り出して来た。何となく寂しそうな目。
「うん。じゃ、また明日。」
そう答えて、俺達はもう一度キスを交わした。
翌日の彼女も、何となく浮かない表情だった。
いつもならもっと会話も弾むのに、今日は何だか半分上の空みたいだ。
教習が終わり、俺達はまたいつもと同じくバスには乗らず、駅まで歩いて帰ろうとした。
その時、俺達の後ろからクラクションと彼女の名前を呼ぶ声が聞こえたんだ。
そこには真っ黒のアルファードが停まっていた。
アルファードからは男が降りて来る。無精髭と坊主頭の、ちょっと柄の悪い感じの奴だった。
「ちょっと、ここには来ないでって言ったじゃない!」
彼女が声を荒げて男に詰め寄る。
「だから考え直せって。おい、何だ?お前?!」
男は俺を突き飛ばし、どういうつもりだ!と掴み掛かって来た。
やめて!と悲痛な声をあげて、彼女が俺と男に割って入った。
「ゴメン、ゴメンね。また電話するから。」
彼女はそう言い残し、俺に怒声を浴びせる男に寄り添って、アルファードで去って行った。
俺は訳が分からず、しばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。
その夜遅く、彼女から電話があった。
今日のあの男は、彼女の高校時代の先輩で、そして元カレだったと言うことだ。
少し前に、あの男の浮気が原因で別れたってのに、最近になって縒りを戻そうと言って来ているらしい。
「彼、あんなタイプだから、あたし達ちょっと距離を置いた方がいいと思うの。」
彼女はそう言うが、俺は大丈夫だよ!と答えたかった。
でも、彼女の声のトーンに俺は「わかった・・・。」としか答えられなかった。
「君は、今もあいつの事・・・?」
俺は野暮な質問を彼女にしてしまった。
彼女は「わかんない・・・。」と答え、電話を切った。
翌日からは、彼女の送り迎えは黒いアルファードの役目となった。
彼女の隣には、無精髭の坊主頭がへばり付いていて、物凄い睨みを俺に飛ばして来ていた。
彼女の顔には、もちろん笑顔は無い。
俺はそんな彼女を見るのが苦しくて、必然と距離を置く様になった。
平日は夕方までに帰り、土日には教習所へ行かなくなった。
彼女とも連絡を取らなくなって、今までのあの楽しかった日々は、まるで嘘の様に感じられていた。
待合所の少し埃っぽい空気と、カビくさい暖房の臭いを嗅ぐと、それに併せて鼻腔の奥に、彼女の香水の香りを思い出すんだ。
この待合所で毎日感じた、甘く、優しく、そして切ない香り。
俺はその香りの記憶を掻き消そうと、DSの画面にかじりついていた。
今日の実技を終えれば、あとは卒業検定だけだ。
長い様で短かった教習所も、もう少しで終わってしまう。
結局あの日以降、彼女と会う事はなくなってしまった。
そう考えると、また俺の鼻腔の奥に彼女の香りが蘇って来る。
俺はまた、DSの画面にかじりついた。
その瞬間、俺の目の前に、にゅっと何かが割り込んで来た。
それは、ハンコが全て捺された教習原簿だった。
俺の背後から、甘く、優しく、そして切ない香りが漂って来る。
振り返ると、そこにはその香りの主が立っていた。
彼女だ。
「今日、仕事は・・・?」
久しぶりに彼女に会ったというのに、俺の第一声はずいぶんと気の利かない言葉だった。
「サボっちゃった。君が今日で教習終わるって、受付のおばさんに聞いたから。」
受付を見ると、おばさんがガッツポーズしている。なんだぁ?!
「あたし、もう教習終わっちゃったよ。一緒に試験場、行くんだったよね。」
彼女は教習原簿と卒業検定の合格証を俺に見せる。
「アルファードは・・・?」
俺はまた野暮な質問を彼女に投げる。
「君が、アルテッツァに乗せてくれるんでしょ。」
彼女が笑う。
「自分も運転しろよな!」
俺は彼女を抱き寄せて、力いっぱいキスをした。
彼女もそれに、力いっぱい応えて来た。
受付のおばさんが黄色い声をあげ、教官は咳ばらいをする。
それに俺達は、照れ笑いする。
俺はGAME OVERの音楽が流れるDSを放り投げ、もう一度彼女を力いっぱい抱きしめた。
甘く、優しく、そして切ない香りを、鼻腔いっぱいに感じながら。