5話 火計
もうすぐ日が暮れる時刻に青国軍率いる後政は散っていた兵を集め駐屯地にしている城に辿り着こうとしていた。二千五百の兵は千五百程に減っている状況の中、後政は今後の展開を考えていた。そんな時城門が開き軍勢が出てきたのである。軍勢は後政の軍の前で止まると巨漢の男が前に出てきた。
「よう、後政。無事だったか。まさかお前が敗れるとはな。」
後政に話しかける男の名は東海赳、青国第一将の将軍であり豪傑の武将だ。
「赳、何故軍を引き連れて出てきた。今から城に戻って立て直す準備をするぞ。」
後政は東海赳に言う。城に残してきた兵は四千、後政が今引き連れている兵を合わせれば五千を超える。敵も今から兵を徴兵し五千の兵が籠城している城を攻め落とすのであれば、単純に必要な兵は3倍の一万五千の兵が必要になる。だが黄国の現状を考えるなら恐らく時間を要する。その間にこちらも本国に援軍要請をすれば難なく返り討ちに出来るだろう。と、いうのが後政の今後の展望であり、全軍退却という手もあったが城の地理的には出来れば渡したく無いのが後政の本音だった。
「ハッ、甘いな。そんな保守的な考えだから敗走するんだ。今奴らは好機と見て絶対追って来てるぞ。ならそれを逆に迎撃して勝てば一気に黄国の姫さんを生け捕れるわ。」
東海赳は笑いながら言った。反論しようとする後政だったがそれを遮るように東海赳は更に言う。
「そもそも、俺の軍を連れて行けば敗走なんて絶対無かったんだぞ?つまり貴様の失策だ。それを無しにしてやろうとしてあげてるんだ。感謝の言葉があっても良いはずだが?それに今ならまだ兵力差もある。今攻めないで何時攻めるんだ?」
その煽りに後政は歯を喰いしばった。正論だったからだ。確かに東海赳含む五千の兵を連れて行けば約八千対二千の戦いだった。だが少ない兵でも勝てると踏んで戦闘を行った結果がこの様。何も言い返せなかった。その時だった。後政の軍の後方から軍が出現したのだった。
「あれは……阿利奈軍か!?」
それは確かに黄国の軍勢、そして旗は阿利奈軍の軍旗。それを確認した瞬間、東海赳は叫んだ。
「ハハハハハハハッ!敵総大将が自らやって来やがったぞ。しかも僅かな手勢でな!全軍突撃だぁ!!」
東海赳は全軍突撃の号令を出した。と同時に五千の兵が一斉に阿利奈軍に目掛けて突撃を開始した。それを見た阿利奈軍は反転し逃げるように後退を始めた。
「逃げられるとでも思っているのかぁ!?」
東海赳軍は逃げる姿を見て士気を上げた。一方で逃げる阿利奈軍を見た後政は違和感を感じていた。後政が知ってる阿利奈姫は女とは思えないほどの勇猛果敢な人物である。そんな彼女が数が劣勢とはいえ簡単に逃げるだろうか……と。先の戦場でも感じた違和感。もし敵に優秀な軍師が現れていたら?導き出した考えは……。
「罠か。」
そう呟くと後政は自軍に対して東海赳の軍を追う号令を出し追いかけた。……この後政の判断は半分合っていた。しかし半分間違っていた為に青軍、ひいては青国はじわじわと窮地に追い込まれる事になる。
阿利奈軍を追っていた東海赳だったが相手が少数で尚且つ森に逃げられ、更にはほぼ日が暮れそうな頃に追走した為夜になり辺りは暗闇に包まれ見失ってしまっていた。月は出ていたものの、森の中では火が無ければ足元さえ碌に見えない状態だった。
「くそ……どこ行きやがった?」
東海赳は苛立っていた。部下に命令し捜索させては発見報告が上がり追うのだが、一向にしっぽが掴めなかったからである。そんな中、合流した後政が東海赳の所に来て言う。
「東海赳、これは罠だ。こんな暗い森の中、いくら敵より多勢でも奇襲を受けたらひとたまりも無い。特にここ数日はこの辺りでは雨が降っていない。俺が敵の軍師ならば火計を用要るぞ。すぐさま城に戻るべきだ。」
後政は東海赳を説得した。東海赳はその説得に少し考えたが説得に応じた。日中に敗走したとはいえ状況判断や軍略に関しては後政の方が上なのは知っている。東海赳は号令を掛ける。……瞬間だった。
パチパチパチパチッ、パチパチパチパチッ……
焚火で聞くような音が聞こえて来たのだった。そしてあっという間に周りは火の海と化した。
「やはりか。落ち着いて避難せよ!」
後政は大声で言う。だが二人から離れた場所で兵達の悲鳴が聞こえて来たのである。
「まさか……火計の他に奇襲部隊もいるのか!?」
そのまさかだった。暗い森に入ってしまったが為に六千の兵はバラバラになり、孤立した小隊が奇襲に遭っていたのである。こうなってしまっては全体の統率は不可能なのは明らか。後政は指示を言う。
「……全軍退却の鐘を鳴らせ。兎に角生き延びる事だけを考えるのだ!」
そう伝令係に指示を出し、東海赳と周りの兵達と共に火の海となった森から逃げるのだった……。
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朝日が昇った頃、後政達は森からやっとの思いで脱出していた。後政が指示したルートは森をあえて前進し、そこから迂回して森を脱出するといった考えだった。いくら火計を仕掛けた側だとしても何も考えず火を森に点けたら自分達も被害に遭ってしまう。なら我々が来た道に火を重点的に点ければ退路を失ったと混乱が起きる。そう考えて敢えての前進だった。
「時間がかなり掛かってしまったな。とりあえず城に戻り態勢を整えつつ本国から応援を要請する。」
しかし城の近くまで来た後政達の目に飛び込んできたのは…………城壁に掲げられた複数の黄国の旗だった。