2話 初陣
青軍総大将の後政は本陣にて戦況を見ていた。ほぼ全軍を使い囮にし、奇襲部隊が敵黄軍本陣に攻めるという戦略。自信はあった。黄国に自分に匹敵する知恵者は居ないと確信しているからだ。実際これまで幾度となく黄国と戦をしてきたが負けという負けはしてこなかった。だが武将、特に武という観点で言えば青国が劣っていた為決定打を打てないでいた。それに痺れを切らした青王が後政に命令していたのだ。
「あと1、2戦で黄国を落とせ。」
……と。だからの強襲であった。
「ここまでは順調だ。あとは敵本陣が余計な動きをしなければ勝ちだ。」
そう思った矢先、青本陣に伝令が慌てて入ってきた。
「た、大変です!て、敵が真っすぐこの本陣に向かって来ています!その数およそ300!」
その報告を聞いて後政は目を見開いた。
「乱戦を抜けた敵兵が来たのか?……いや待て。たがが300だ。この本陣には兵500を置いている。対処出来ない数ではない。迎撃体制を敷け。」
後政は部下に冷静に指示を出した。兵達は指示に従い素早く防陣を敷く。後政の直下兵団である彼らは素人目でも完璧な陣を敷いた。
だが次の瞬間、突撃してきた敵兵に飛ばされたのだ。いや、それどころか突破されたのだ。いとも簡単に。
「……!あれは……まさか!?」
後政は息をのんだ。目の前の光景が信じられなかったからである。討つべき人間である阿利奈が自分の陣に向けて突撃してくるからだ。
阿利奈が突撃する数十分前の黄本陣ではこんなやり取りがされていた。
「最早何時敵の奇襲部隊がこの本陣に迫るか分らないので単刀直入に申し上げます。策はただ一つ、この戦場のど真ん中を突っ切り敵本陣への奇襲です。」
一成は力強く言った。阿利奈は黙って聞いていたが側近が即座に異議を唱えた。
「何を言っているんだ?乱戦が起きている戦場を走ったら当然敵兵に会敵しまうではないか。ヘタすればその場で捕らえられるかもしれないぞ?」
当然の疑問だと一成は思いつつ説明した。
「確かにその可能性はあるでしょう。しかし逆に今この状況下においてはこれが一番敵本陣に刃が届く可能性が高いとも言えるのです。なぜなら……」
しかし側近はその説明を遮ってしまう。
「さっきから可能性が高い、可能性が高いって……何故絶対とは言わないんだ!絶対でなければそんな作戦やれる訳が無かろう!」
最もな正論だろう。これはゲームでは無い。命を懸けた戦場なのだ。可能性が高いと絶対なら絶対の方が当然良いだろう。そう思いながらも一成は声を荒げて言う。
「あんたは馬鹿か!?いいか?この世に絶対なんか無いんだよ!仮に作戦自体が絶対大丈夫だとしてもなぁ、それを実行する人間がヘマをすれば失敗するんだよ。」
続けて一成は言う。
「だから軍師はあらゆる想定を考え策を練るんだ。今だって実際策は複数考えた。その上で時間的猶予が無く、兵の特性、戦況を踏まえて一番勝利期待度の可能性が高い策の説明を今からするんだよ。黙ってろ!」
一成はその側近に向けて怒号を飛ばした。平時の一成ならこんな事は言わないだろう。他人で明らかに目上の人間、ましてや権力さえ持ってる人間相手にだ。だが今は事情が違う。戦場だ。刻一刻と現状は変わる。それはゲームでも変わらない。今取れる最善を尽くす事こそが勝つ条件なのだ。
おそらく後でこの側近に色々言われるだろう。最悪処刑云々の話が上がるかもしれない。だがそれは負けた場合だ。勝てば良い。勝てばどうとでもなる。そう一成は考えていた。現にこの軍のトップである阿利奈が何も言ってこないのは作戦の説明待ちだからだろう。
「……佐義、少し黙ってろ。こいつの言う通り今は時間が無い。」
その言葉を聞いた側近の佐義は納得いかない顔をしながらも口を閉じた。
「では説明します。先ずはこの戦場ですが左で歩兵同士(黄軍騎兵二百も居るが)の大合戦が行われており、右で騎兵同士が睨み合っています。本当であれば歩兵が戦ってる所に残りの騎兵を差し向けたい状況ですが、おそらくそうなると敵の騎兵はこの本陣に向かって来てしまいます。だから騎兵は両軍とも動かせない状況です。」
そう、騎兵を動かしてしまうと敵の騎兵の前が開いてしまうのだ。つまり無傷の騎兵が本陣に向かってしまう状況になってしまっている。かといって騎兵は人は勿論文字通り馬も使う為コストが高い。戦闘力は歩兵より高いがその分維持費が高い騎兵を態々騎兵同士で戦わせて疲弊させたくないのは両軍同じ事だった。その考えを一成は利用しようと考えた。
「なので逆に騎兵を敵騎兵にぶつけて下さい。動くと思わない敵が動けば少なからず敵は乱れます。そして左右で目の前の敵に集中しなければならない状況になれば中央、つまり戦場の真ん中は開くという訳です。」
そこまで説明をした一成を静観していた阿利奈がニヤリとし言葉を発した。
「成程ねぇ、そしてそこを私が率いる本陣精鋭騎兵で一気に突破し青本陣に攻めると。」
阿利奈はそう言い少し、とはいえ数秒程考えこう言った。
「まぁイケるでしょうね。確かに策とは内容自体は完璧でも実行部隊が駄目なら成功はしませんわね。その点を考えればやはり私自らが兵を率いての突撃が成功率、ひいては勝利する最もな近道でしょう。」
阿利奈は自信たっぷりに言った。一成は事前に全国の情報は神から聞いていた。なので策自体有効性がある事を言えばこの姫なら乗っかってくるだろうと思っていた。ズルしている感覚は無い訳では無かったが。
「つまり?」
「この策でいきましょう。先ずは騎兵部隊に伝令を。交戦せよとな。同時に突撃隊も速やかに編成しろ。あと……」
阿利奈は次々と命令を下し準備に取り掛かった。そんな中、先ほど異議を唱えていた側近の佐義が一成に近づいてきた。
「この作戦、上手くいかなかったら覚えていろよ。」
悪態を付かれた一成だったが半笑いで答えた。
「大丈夫ですよ。姫様の突破力は聞いておりますし、敵本陣も欺くため旗を増やし本陣から兵が減っていない偽装もしています。つまり攻められるとは思っていないって事です。この状況で攻められれば必ず敵本陣は後手に回ります。そうすれば勝利は近いでしょう。」
そう答えた一成に佐義は言葉を失った。
「こいつ……そこまで考えて敵本陣奇襲の策を言ったのか?」
驚いていると更に一成は言う。
「あなたにはもっと説明しておきましょうか?奇襲部隊が来ると分かっていれば確かに迎撃は簡単です。しかしそれでは敵に新たな作戦を考えられてしまう。更に最悪なのは私のような知恵者が居ると感づかれて高度な策を仕掛けられるかもしれない。だからここは一気に敵本陣強襲なのです。そうすれば敵は少なくとも一時撤退しか出来なくなりますからね。あとは……」
続けて言う一成に佐義は戦慄した。軍師とは……ここまであらゆる事態を想定して動くのかと。
「ところで……佐義殿……でしたか?少し頼まれて欲しい事があるのですが。」
一成は佐義に頼み事を言う。それを聞いた佐義は驚いた表情をした。