七月九日 四人の霊能力者たち
事務所に入ってきた者たちを見て、高上は内心ほっとしていた。
事務所専属の霊能力者・周防が連れてきたのは四人。
事前に協力の返事をもらったのも四人。
つまり誰一人途中で臆することなく、ここに来てくれたことになる。
先ほどまでの不安が杞憂だったと知り、高上は胸を撫でおろす。
「所長、少し遅れましたな。申し訳ない」
「いや、いいんだよ、周防さん。それより遠路はるばるお越しくださったお客さんたちにお茶を用意してくれないか?」
「心得ておりますぞ」
高上より干支一回り分ほど年上の周防が、客人たちをもてなすべく室内をきびきびと動き回る。
その間に、高上は落ち着き払った態度で四人の霊能力者たちを来客用のソファーへと案内した。
年上のスタッフを顎で使う所長。
これは事前に取り決めていた役割分担であり、業界の中では若手の高上がベテラン相手に少しでも舐められないようにと周防が取り決めた演出だった。
そう。
今回ここへやってきた四人の中には、業界最高峰のベテランがいるのだ。
本来ならこんな事務所に来ることなどないような、超大御所が。
身が引き締まるような想いで、高上は四人の様子をちらちらと見る。
四人は腰掛けたソファーの柔らかさを物珍しそうに楽しんでいた。
そうしていると、一人が唐突に懐から煙草の箱を取り出した。
黒いスーツに身を包んだ、初老の男だ。
彼はゆっくりと、周囲に向けて問いかける。
「一本吸っていいか? 煙が苦手なやつがいたら手を挙げろ」
地の底から湧き出たような低い声。
有無を言わさぬような、威圧的な雰囲気。
その一言には、修羅場をくぐってきた一流の霊能力者の貫禄が滲み出ていた。
遠目で見ているだけで緊張してきた高上。
あの雰囲気のなかでは、自分だったら黙って下を向いてしまいそうだ。
だが他の三人は、遠慮することなく全員手を挙げていた。
修羅場をくぐってきた一流の霊能力者は、しょんぼりとしながら煙草の箱を懐に戻す。
その姿に高上は、現代の喫煙者の肩身の狭さを見た気がした。
実のところ、彼こそは高上が事前に最も注目していた来客だ。
初対面だが、業界誌に写真が載っていたので間違いない。
三十年以上の活動歴のなかで、千を超える怪異を葬ってきた大ベテラン。
退魔のエキスパートにして、最高峰。
エクソシストの照尾静雄だ。
事前のメールのやり取りを高上は思い出す。
最近は国難レベルの災厄でないと仕事を受けていないが、今回は旧友だった千条の弔いのために高上のオファーを受けた。
かならず雷の怪異を討ち取ってみせる。
そのように照尾は語っていた。
怪異討伐において圧倒的な実力を誇り、依頼に対するモチベーションも極めて高い
照尾こそは間違いなく今回集まった中での最高戦力になる。
そう高上は確信している。
その最高戦力に目をやると、未練がましく再び煙草の箱を取り出していた。
「一本だけ。一本だけだから。いいだろ?」
「やだ! 未成年の前でタバコなんて吸わないでよね!」
懇願にも似た悪あがきが、生意気で甲高い声にバッサリと斬り捨てられた。
高上はその声の主に視線を移す。
黒スーツの照尾とは対照的に、白の巫女装束に身を包んだ少女がそこにいた。
手元には退魔に用いる短い霊刀を大事そうに両手で握っている。
こちらもいくつかの雑誌で見たことがあるので間違いない。
現在業界で最も注目されている新進気鋭の退魔巫女、権藤千代だ。
近年急激に怪異討伐の実績を伸ばしているこの少女は、福岡県に勢力を持つ陰陽氏一族の末裔という出自と、十九歳という若さで業界では話題の人物だ。
バラエティ番組に出たりもしているので一般知名度もそこそこあり、キャッチーな外見とルックスで若者たちにはそこそこ人気を博している。
高上からすればややイロモノ枠に感じるのだが実績は本物であり、今回の案件に協力してもらえるのは非常に心強いことだった。
照尾と権藤。
ベテランとニューウェーブの二人組としては、考えられる限りで最高の組み合わせだろう。
そんな二人がここに揃ったのは出来過ぎのようだが、ある意味で納得がいく。
千条を退けた怪異に挑もうと思えるだけの実力を持つ霊能力者など、この日本には限られているのだから。
そういう意味では。
照尾の正面席でおもむろにスマホを弄り始めている中東生まれの呪術師、リミディ・フラクトの存在はある種の場違いかもしれなかった。
リミディは照尾や権藤ほど有名でもなければ、実績もそれほど多くない。
業界内では中堅どころで、高上とも何度か一緒に仕事をしたことがある。
占いや黒魔術の知識を持ち、それを応用して「呪いに対する防衛」の術を用いて依頼人を怪異から守るというスタンスの霊能力者である。
今回高上が日本中に協力依頼メールをばら撒いた際、大半が無視していた中で真っ先に承諾の表明をしたのが、このリミディだった。
いわく、いつも仕事を斡旋してくれる高上の力になりたいとのこと。
その言葉に高上は感謝していたし、心強く思っていた。
二人の実力者に加えて、気の知れた業界仲間がこの場にいること。
それだけで、今回の案件はなんとかなりそうだという希望が湧いてくる。
しかも、これに加えてさらなる協力者もいるのだ。
高上は四人目に視線を向ける。
照尾の横に座り、ぼうっと天井を見ているその人物。
あれはたしか……。
高上はしばらく考え込んだ。
だがやがて諦めて、ちょうど近くにいた周防を捕まえて小声で尋ねる。
「なあ、周防さん」
「なんですかな?」
「あそこに座っているのって、誰だい?」
思い出せない。
というよりも、知らない。
というよりも、なにかおかしいと高上は思った。
記憶が正しければ四人目は、岩手の神道系霊能力者・佐々木望喜である。
一週間前にメールで協力の申し出があり、昨日は電話で軽いやりとりをした。
顔は一度も見たことがないが、本人は還暦を過ぎた爺さんのはずだった。
だが。
さきほどから高上の視界に映っているのは、どうみても爺さんではない。
見た目は若い女性。
青いパーカーと灰色のショートパンツを身に着け、バックパッカーのような大きなリュックを膝の上に抱えている。
社会の日陰に生きている霊能力者にはまったく見えず、どちらかというと大自然の日向を楽しむ山ガールのような恰好だった。
「佐々木望喜さんがここに来るはずじゃあなかったかい?」
「ああ、実はあそこにいる子が望喜氏のお孫さんだそうで。望喜氏が急に腰痛で動けなくなったので、代理人として来てくれたとのことですな」
「……孫?」
高上は嘆息した。
急に本人が来れなくなったと言い出すのは、ある意味覚悟していた。
しかし、危険な案件に孫をよこすとはどういう了見なのだろう。
そんな疑問を口にしようとしていると。
「私も一応は霊能力者、みたいなものですよぉ?」
至近距離から不意に声が聞こえ、高上はぎょっとして跳ねた。
件の孫が、いつのまにか真横に立っている。
「おじいちゃんの代わりに来ました。言霊師の佐々木といいます。押韻を専門に扱ってますんで、以後お見知りおきくださいねぇ」
緊張感のない、ふわふわとした物言い。
言霊師や押韻などという、業界慣れした高上にも聞き慣れない単語。
この子はちゃんと戦力になるのか、と高上の脳内に疑問と不安が浮かんだ。
協力者を寄り好みできる立場ではないのだが。
とにもかくにも。
今回の怪異に挑むことになるメンバーが、この場に揃ったのである。