五月二十日 四件目の事件
ふざけんな。
ふざけんな。
まじでふざけんなよ。
八女揚羽は目の前の現実を呪った。
恐れていたことが、己の身に差し迫っていた。
三ヵ月前、冴也が死んだ。
二ヶ月前、麗奈が死んだ。
一ヵ月前、晴太が死んだ。
みんな、雷に撃たれて死んだ。
偶然であってほしかった。
でも、やはり偶然ではなかったのだ。
そして忌々しいことに、次は自分の番だ。
辺りが暗くなる。
周囲一帯が日常から切り離される。
見慣れた帰り道の夕暮れが、どす黒く塗りつぶされていく。
真夏だというのに凍てつくような冷気がその場に流れ、揚羽の体をその場に縛り付ける。
逃げ出したいのに。
逃げ出さなければならないのに。
揚羽は恐怖に打ち震える。
自分が狙われていることは、予測できていた。
落雷で死んだ三人の共通点を考えれば、すぐに分かることだ。
アイツの死に関わった連中は皆、気付いている。
これはアイツの怨念が引き起こしている、復讐なのだと。
だが。
目の前の景色はさすがに予測できるはずもなかった。
亡霊が見ている。
亡霊の群れがこちらを見ている。
先ほどから無言でこちらを取り囲んでいる。
なんなんだ、こいつらは。
揚羽は恐怖を通り越して怒りすら覚える。
落雷は多少覚悟していたが、まさかこんな心霊現象を目のあたりにすることになるとは想像すらしていなかった。
知らない。こんなやつらのことは聞いていない。
こんなやつらに絡まれたり祟られたりする覚えなんかない。
アイツがこいつらを呼んだのか?
死んだアイツが、冥界から仲間を呼んだとでもいうのか?
考えたって分かるわけがないが、それ以外には考えられない。
こうなるかもしれないということは、事前に分かってはいた。
だから護衛として、稀香の親が霊能力者だって雇ったはずなのに。
国内でも最強クラスの修験者で、雷にも敗けることはないと聞いていた。
なのにまさか全然歯が立たずに退場するとは思わなかった。
もう誰も助けてくれない。
天罰だ、と揚羽は思った。
かつての罪に、罰が下るときが来たのだ。
自分も間もなく受けることになるのだ。
裁きの雷を。
亡霊たちが揚羽を取り囲む。
逃げ場はもはやない。
すべてを諦めて目を閉じる揚羽。
次の瞬間。
真上で、空が一瞬閃いた。
数秒もしないうちに、その場から生命が消えた。
亡霊たちはいつのまにか影も形もいなくなっていた。
五月二十日。
澄みわたるほど美しい赤に染まった、雲一つない夕暮れ時の出来事であった。