表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第二話 今日から私も使役神 その①

朝だった。私は眉間にぎゅっと力を入れて、ゆっくりと目を開けた。ちゅんちゅんと囀ずる声がいつもより大きくて、陽の光もいつもよりも眩しい。まるでキャンプした日の朝みたいだななんて思いながら、重い息を何度も吐き出す。目蓋がやけに重くて、全身がまるで泥でかためたみたいだ。疲れている、物凄く体が重い。頭も重い。肺も重い。これは。

「・・・・・熱?」

私は呟いた。喉が凄くカサカサして上手く声がでなかった。意識がはっきりしてくると、頭も痛い。まだ雨が詰まっているみたいに重い。全部重い。どうやら発熱している。普段低体温の私は、多少の体温上昇でもぐったりするのだけれど、今回はちょっと様子が違う。これは流石にちょっと、病院に行かなきゃいけないかもしれないぞ。げんなりしてこめかみを押さえた。うーんと布団の中で伸びてみたものの、起き上がるのさえ億劫だ。まあ、あれだけ雨に打たれれば、熱のひとつも出すに決まってるか。そんな事を考えながら朝日の射す方を見上げた。木の格子からは、明るい陽光が射し込んでいる。木の格子。木枠。あ?ここ、・・・・・どこだ・・・?

「ええ?!」

一瞬で覚醒した私は飛び起きた。部屋が違う!私の部屋じゃない!だって、どう見ても和室としか言い様のない部屋は、お世辞にも老舗とか、高級とかは言い難いような、普通の、どちらかというと小汚ない・・・・いや、レトロな作りの畳の部屋。窓は小さな格子が壁がわに二つついているだけで、あとは襖で仕切られている。まじでどこ。まじでここどこ!私はパニックになって辺りを見渡した。が、部屋の中にはここが何処で何なのかを判別できるようなものは何もない。私が寝ている布団と、それから小さな座卓が一つあるだけだ。やっぱり何回見回しても、全然見覚えがない。私、何をやらかしたんだ・・・・。恐怖で血の気が引いていく。と、襖の向こうががたごとと鳴る音がした。びっくりして体が固くなる。襖ががたがたと鳴り出した。どうしようどうしようどうしよう。どうにも出来ずに、とにかく襖を凝視するしか出来ない。襖はがたがたと鳴りながら、ぎこちなく開いた。

「あ、お目覚めですか。」

と、ひょいと顔を出したのは、兎に角優しい声の男の人だった。低くて艶のある、チェロみたいな声。長い前髪を真ん中から分けた、眼鏡の似合う、すっきりとした顔立ち。優しそうな目もとがいかにも賢そうだ。黒絹のような髪の毛を左耳の下でゆったりと束ねている。全然知らない男の人。

「あ、あの・・・・・ここ・・は・・・?」

「僕の家ですよ。」

突然の事に全くついていけない。男の人はがたがたの襖を開けたまま入ってくる。手にはお盆を持っていて、コップと何やら湯気が立つお茶碗が乗っていた。男の人はてきぱきと私の横に座って座卓を引き寄せると、お盆の上の物を並べていく。

「先ずはこれを飲んで、それから食べられそうならこれ食べちゃってください。卵粥です。で、食べられたらこれ飲んでくださいね。漢方薬なんですけど、体が楽になりますから。」

「あ、どうもありがとうございます・・・・。」

コップを渡される。何か、やんわりとした口調なのに有無を言わせないこの感じ・・・・。私はどっかで既視感を覚えながら、取りあえずお水の入ったコップを受け取る。一口飲むと程よく冷たくて、とても甘い。沁みるように喉の奥に広がって、自分が発熱して喉がからからだったことを思い出した。

「美味しい・・・・・・。」

思わずほっとした。

「あーそれならよかった。それ、うちに伝わる秘薬なんですよ。天果水って言って、まあ成分としてはただの飲める温泉水なんですけど、傷や火傷に利くんです。炎症を抑える効果もあるので、これ飲んだら喉の痛みもちょっとは引きますよ。」

「え!温泉なんですか、これ!」

温泉なんて飲んだことない!って言うか、温泉って飲めるのか!私はコップのなかをじっと見つめる。別に普通のお水に見える、けど。天果水、というその水は、聞いたことはなかったけれど、どこか花のような匂いがして、甘くて美味しかった。そういえば美味しい水の事って確か甘露とか言うんだった気がする。なら、まあ、強ち変なものでも、ない、のかもしれない。

「はい、じゃあこれ食べてください。熱いんでね、気を付けてください。」

考えていた私から天果水を取り上げて、男の人は、今度は私にお茶碗と箸を持たせる。

「いきなり食べたら火傷しますよ。ちゃんとふーふーするか、取り皿持ってきましょうか?」

固まっている私の顔を覗き込む。

「いえ!大丈夫です!」

びびびびびびっくりした・・・・・!顔が良いのは間宮で慣れていたはずなのに、声が良いと更に威力が増すんだな、恐ろしい!男の人はびびっている私には全く気がつかない様子でにこにこしている。

「あの・・・・・?」

「あ!見られてたら食べにくいですよね!すみません、気が利かなくて!いやあ、人に何か作ったりするのって物凄ーく久し振りだったので、美味しく出来てるかちょっと心配で!味見はちゃんとしたんですが、お口にあうかどうか!」

男の人はわたわたとしながら赤くなっている。好みもなにも、ご飯を作って貰って嫌いとか不味いなんて事はない。有難いばっかりだ。出来立ての卵粥を口に入れる。確かに熱いけど、それよりもふわっとお出汁の香りと卵の匂いがして、卵もお米も更々してとても食べやすい。これは、かなり・・・・・。

「美味しいです。」

「本当ですか?!」

男の人はぱっと顔を上げる。この人、見た目には凄く大人っぽいと言うか、まあ本当に大人の人なんだけど、落ち着いた男の人って感じがするのに、目の前で瞳を輝かせてにこにこしている姿は何だか子供みたいだな。変な人だ。変と言えば、今更気がついたけれど、目の前の男の人は凄く妙な格好をしている。何か、なんだこれ。着物、なんだけど、いや平日に着物着てる男の人ってのも珍しいんだけど、そうじゃなくて、そうじゃなくって、これは、多分、お雛様とかで見るような、平安時代のコスプレ・・・?烏帽子がないだけで、まるでそれだった。袖がぶかぶかと広いあれである。浅黄色の着物を被って、その下から袴が出ている。えっと、あれだ、神社で神主さんが着ているようなやつ。あれを着ているのだ、目の前の男の人は。でも神主さんの衣装って、白くなかったっけ。この人みたいな色付きの衣装を着ている神主さんもいるのだろうか。というか、この人が神主さんなら、ここは、神社!?私、そうか、あのまま倒れちゃったのか!

「すみません!ここって、築地神社ですか!」

もしそうなら、私はあのまま倒れたことになって、神社の方に凄く迷惑をかけたのでは!申し訳なくて再度血の気が引いた私を余所に、男の人はけろけろっと言った。

「そうですよ、ここは築地神社で、私はここの主祭神をやっています、白井露湯彦と言います。お粥、食べられそうならついでに果物も持ってきますね、起きる前にりんご切っといたんで。」

へえー神様。神様って、神様?あれ?かみさま?

「神様?!」

「はあーい、そうですよおー。」

私はお茶碗を落っことしかけて叫んだ。あり得ない!神様!神様?!目の前にいるけど!見えてますけど!神様って、目に見えるものじゃなくない!?

「ちょっ、あの!」

「んー?どうしかました?」

男の人は奥の部屋に引っ込んだかと思うと、にこにこしながら戻ってきた。片手にはお盆、上にはりんごがうさぎさんの形に剥かれている。

「これねえ、結構時間かかったんですけど、上手く出来たと思うんですよー。初めてやってみたんですけど、キャラ弁って言うんですか?意外と楽しいもんですねえ!」

キャラ弁はうさちゃんりんごとは違うと思う・・・・・が、呆然となりかけた私はどうにか思考を取り戻した。いや、そういうことじゃない、今は!

「あの!神様って、言いましたか!?」

「はいはい、言いましたねえ。」

「貴方が?!神様なんですか!?」

「そうですねえ。一応、大国主様と天照大御神様には祭神としての許可証文を頂いてますんで、神様ですねえ。」

男の人は全く動じない。あり得ない。だって、この人、生きてるじゃん!

「あ、し、とか、ありますよ・・・・?」

それどころか、動いてたし料理作ってましたよ?この人。どう考えても異常なのはそっちの言い分なのに、男の人は驚いたように目を丸くした。

「そりゃあありますよ、僕、幽霊じゃないし。」

いや、そうじゃなくて!私は顎を落としたまま何も言えなくなってしまう。男の人は暢気に笑っている。

「面白いこと言うなー。僕、二千年以上生きてきましたけど、幽霊に間違われたのは初めてだなあ。面白いですね、綿天さん。」

「いや、面白いとか、そういう事じゃあ・・・。」

二千年も生きてきた男の人は鷹揚になるのだろうか。というか、幽霊でも神様でもどっちでもいい。どっちも非現実的だ。まるで生きてる人間みたいに目の前で話したり笑ったり、あまつさえ人の事面白いとか言ったりするものなのか。私は疑問の波に飲まれてあっぷあっぷで、なんの言葉も発することが出来ない。と、何を思ったか、自称神様の男の人は、心配そうに眉を潜めると、私のおでこにすらりと白い手を当てた。

「まだ、頭が痛いです?」

「!!!!!!!!!!!!!!」

おおおおおお男の人に、生で触られた!

「生きてます!大丈夫ですもう治りました無事生きてます!」

「ええ?生きてるって、そりゃ生きてるでしょうけど・・・・。」

本当に大丈夫です?顔を覗き込まれて、私はスライムのようにぐにゃりと首を後ろに捩った。

「・・・・・・それ、痛くないです?」

「・・・・・・・・・・痛くないです。」

だって、真正面から顔を近付けられるようなことされたらびっくりするから!慣れてないから!目とか、声とか、びっくりする程生身の人間だから!そんなことは言えず、思考が頭の中でぼんぼん爆発する。

「それなら良いんですけど・・・・・。」

小首を傾げた神様は、まるで人間そのもののように眉を寄せた。

「具合が悪くなったら、すぐ仰って下さいね。綿天さんは、僕の大切な神使ですから。」

はいはいはいーそうですかーわたしゃー大切な神使ですかー、と、恥ずかしさに聞き流した発言に、耳慣れない言葉を拾って私は一瞬固まっ

た。

「・・・・・あの、私が、何ですって?」

目の前の自称神様は、今度は逆方向に小首を傾げると、

「神使、ですよ?神の使役です。要するに神の使いってやつですね。良く、映画とか漫画とかで、式神とかって言うでしょう。あれですね。」

「・・・・・・・・・・・・・はあ。」

にっこり笑って指を立てているこの人は、何を言っているんだろう。私は、理解範疇を越えると、人は恐怖さえも感じなくなるのだと知った。ワカラナイ。解らない。解らないところが何処だかワカラナイです先生!

「え、えー・・・・・っと?つまり、貴方は本当に、神様で、私はその、お使いって、事ですか・・・?」

理解は置いておいて、帳面通り受け取るとそうなる。まだ夢でも見ているのだろうか。が、目の前の自称神様は実に嬉しそうに笑った。

「そうですそうです!だって、綿天さん、仰ったでしょう?僕がご友人の病を治したら、代わりに寿命の残り半分を私にくれるって。貴女の願いは、この築地神社の主祭神たる白井露湯彦が聞き届けましょう。契約は完了です。なので、綿天さんには今日からは僕の使役となって働いて貰います。まあ使役と言っても別にそんな大したお仕事は無いですから。僕が不在時の代理や神社の切り盛りやら雑務が主な仕事ですが・・・まあそんなに堅苦しく考えないで!ぱーっと!楽しくやりましょう!」

私は目の前で微笑む神様(確定)を前に、白目を向いて固まった。神様・・・・お願いしました・・・・・確かに私がお願いしました・・・・・・!

「・・・・・・・よよよよよろしくお願いします・・・・。」

「はあい、こちらこそ、今日から宜しくお願いします!」

何故かうきうきの男の人、もとい神様は、

「んー、折角使役としてうちに来て頂いたんですから、神様、綿天さんっていうのもちょっと堅苦しいですよね。僕の事は名前で読んじゃって構いませんので、僕も貴女の事はわためさんって読んでも構いませんか?」

目尻を下げてにこーっと笑うとそう言った。

「わため・・・・ですか?」

「はい、わためーめーつって、羊みたいで可愛くないですか?」

めーめー。めーめー。そう言って、大の男がはしゃいでいる。私はくらくらする額に手を当てて、

「お好きに呼んでください・・・・。」

と言うしか出来なかった。神様、露彦さんは、何やら嬉しそうに私の名前を呼んでいる。子供か。

「じゃあ!親睦も深まったところで、わためさんもまだ本調子じゃないでしょうし、取りあえず、今日はもううちに泊まって行って下さい。熱もあるのに一人ぼっちのお家に寝かせるわけにいきませんから。」

露彦さんは、そう言うとお湯をはった手桶と手拭いを持って来て座卓の上に置いて微笑んだ。

「さ、これで顔を拭いて下さい。さっぱりしますよ。」

至れり、尽くせり。良いのだろうか、この状況は。だって、このひとは(人ではないのでややこしいけれど)神様な訳で、この神社に祀られているわけで、凄く凄い神様な訳で、本来だったら使役となった私の方が露彦さんに花よ蝶よ主様よと尽くさなければいけないのではないだろうか。それなのに、体調不良とはいえ使役の私はこうして布団に転がっていて、神様である露彦さんが手ずから手拭いを絞って私に渡してくれているわけである。これいかに。

「どうしました?」

私の渋い顔に気がついたのか、露彦さんが小首を傾げている。

「いえあの、本当は私が露彦さんのお手伝いをしなきゃいけない立場なのに、私の方が露彦さんにお世話になりっぱなしで、なんか申し訳ないなって思って。露彦さん神様なのに、お粥作らせたりお湯を持ってこさせたり、家事までさせちゃって。本当にすみません。」

ぐっと頭を下げる。申し訳ない気持ちも勿論、それから、私の頭のなかには間宮の事が浮かんでいた。間宮の手術を成功させて貰う引き換えとしてなった使役の身分で、主をこき使ったのでは、いつか露彦さんの機嫌を損ねてしまうかもしれない。そうしたら、約束である間宮の手術の成功だって無しになってしまう可能性がある。それは困る、絶対に。

「・・・・・・・・あのね。」

俯いて頭を下げる私に、露彦さんのふわりとした優しい声が降った。

「確かにわためさんは契約を交わして僕の使役になった訳ですけど、使役というのは家来とは違います。少なくとも、僕のなかでは、使役は大切な家族です。家族があんな無茶してぶっ倒れたら、僕だって心配にもなるし、早く良くなって欲しい。僕に出来ることなんて僅かですけど、それでわためさんが良くなるなら、少しでも何かしてあげたい。それだけの事なんです。」

露彦さんはふっと微笑んだ。それから大きく笑うと、

「ほら!それに、この神社にはもう千年以上も使役なんていないですからね!炊事に洗濯、風呂洗いから境内の草むしりまで、ぜーんぶ自分で賄って来たんです!いやあ、こんなに自立した神ってのも僕の他にはなかなかいないと思うなあ、我ながら立派!うんうん、かしずかれるなんてもう古い!時代は独立独歩ですよ!」

「それって、単に誰も使役がいないから全部自分でやるしかなかったって事ですよね・・・。」

そんな貧乏臭い神様がいるだろうか。いや、現にここにいるわけだけれども。

「そうは言いますけどねえ、大変なんですよ!使役を維持するのって!お給金も渡さなきゃいけないですし、こんっっっな貧乏神社に来てくれる使役なんていないんですから!だったら自分でやるしかないでしょう!まあ幸い?時間は?たーっぷり有りましたし?千里の道も一歩からですよ!今では僕もう、自分の繕い物はおろか古い着物をおろして小物入れやらに作り替えて、ネットアプリで売りまくってますからね!」

神様がちくちくお裁縫して、可愛い小物を作ってはネットで売る・・・・その様子を思い浮かべたら頭がくらくらする。

「露彦さんって神様ですよねえ!?」

「そうですよー、由緒正しい神社の祭神です。何せ二千年も前から神をやってるわけですから!こーれは、なかなかね、いないですよ!この近辺にもちらほら神社がありますけど、僕が一番古いんじゃないかなあ?駅前のね、あの、何でしたっけ。あれ、ほら、あの神社。新しい氏神の。あの神社はね、これ三百年前くらいに出来たもので、まだまだひよっこですからねー。勢いはね、向こうの方が断然ありますけど。まあ一応ね、僕の方が先輩としてやらせて貰ってますんでね!」

全然自慢になってない。駅前の神社と言えばこの地域の氏神として、皆が七五三やら初詣やらで参拝する二神山神社の事だろうが、二神山神社はそれはそれは、こことは比べ物にならないほどに大きな神社だ。ちゃんと常駐で神主さんなんかもいて、社務所に行けばおみくじやお守りなんかも売っている。というか三百年も前からあれば、人にとってはもう充分古い神社な訳で、二千年も三百年も余り大差ないのではないだろうか。それよりも、使役も雇えない程に貧乏な事の方が問題である。なんか考えていたら、風邪とは別の意味で頭が痛くなってきた。これは、もしや、私、相当大変なところに仕えてしまったのではないだろうか・・・・・。そんな私を余所に、露彦さんは項垂れた私を見て大慌てで手拭いを押し付けてきた。

「ほら!そんなに起き上がってるからまた熱が上がってきたんじゃないですか!?ちゃんと清潔にして、終わったらゆっくり眠ってください!油断大敵、風邪は万病のもとなんですから、しっかり治さないと!」

ぴしっと指差した露彦さんは、慌ただしく立ち上がると、

「絶対ですよ!あとで見に来ますからね!」

と言って襖を閉めて部屋を出ていった。何かもう、台風にでもあったようなぐったりした気持ちだ。露彦さんが出ていった襖を暫く見つめていた私は、残された手拭いを思い出して、のろのろと顔を拭いてみた。おでこや首筋に当てた布がひんやりと気持ちいい。何度か手桶に浸して絞り直して、腕やお腹も綺麗に拭いた。汗が引いて、すっきりする。頭もベトベトする気がするし、明日にはお風呂に入りたいな。そんな事を思いながら布団に倒れた。やっぱり疲れているのだろうか、体は怠い。でも、心根しか喉の痛みは収まってきた気がする。霊験あらたかだという秘湯のお陰だろうか。ふんわり甘くて不思議な温泉。なんかまるで、ここの神様本人みたいな・・・・。ふわっと、薫るように笑う露彦さんの顔を思い出して、私は掛け布団を鼻の上まで引きずりあげた。慣れないお香の匂いがして、なんだか余計に不整脈がする。ごろんと横を向いて膝を抱えた。明日には、実は全部夢だったりとかするのかな。そんな風に思えるほど、色んな事が目まぐるしく起こっていった。朝、目が覚めて、ベッドから降りてカーテンを開けると、窓越しにいつもの悪戯っぽく笑った間宮がいて、遅刻する気なの?なんて聞かれて慌てて支度をして一緒に登校する。頭ではそんな風に思うのに。喉の奥に染み込んだ甘い香りも、ざらっとした甘いお香の匂いも、雑味のない深い声も、全部が露彦さんを証明しているようでならない。それに、ちょっとだけ、露彦さんが夢と消えてしまうのは勿体無いような気がした。明日朝起きて、夢だったら、私はきっとちょっと悲しくなる。ぎゅっと瞑っていた瞼の力がつつと抜けていく。

おやすみなさい。

耳の奥で、露彦さんの声が聞こえた気がした。私はそのまま眠りへ落ちた。

露彦さんと書いておかんと読みます。宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ