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「水魔法? あれはサルジュ様の……」

 新しい水魔法の開発は彼の研究で、アメリアはその手伝いをしているだけだ。

「元々、アメリアの婚約を阻止するために考えていたものだ。私は土魔法を使うことはできるが、属性は違う」

「そんなこと……」

 アメリアは首を振る。

 彼は自分の価値をわかっていないのだろうか。

 土魔法よりも桁違いに希少価値のある光魔法の遣い手であり、植物学を専攻し、この国の食糧事情を解決するために全力を尽くしている。

 その知識と貴重な魔法はこの国のみならず、帝国まで欲していると言われているくらいだ。

 たしかに父は、アメリアに土魔法の遣い手と結婚することを強く望んでいた。それもなりふり構わず、土魔法さえ使えたら誰でも良いと言わんばかりだった。

 それを知っていたサルジュは、アメリアの属性である水魔法の価値を高め、アメリア自身を当主にすればいいと考えていたのだ。

 女性が爵位を継ぐことは滅多にない。

 それでも後継者が他にいなかった場合など、過去に例がなかったわけではない。

 だが、水魔法の開発には予想よりも少し時間が掛かりそうだった。

 そこでサルジュは、アメリアが従弟に爵位を継いでもらうつもりだと知り、従弟にアメリアの父も納得できるような婚約者を探した。

 女性の土魔法の遣い手がこれほど近くにいたのは、幸運だった。

 しかも彼女もそれを望んでいる。

 加えて水魔法の開発も、アメリアの価値を高めるために続行していた。たしかにこれほど有効な魔法を完成させれば、サルジュの傍に相応しいと認めてもらえるだろう。

 でも、もしサルジュが娘を望んでいると知れば、父はアメリアの新しい婚約者を探したりはしなかった。

 彼はただ、ひとことそう言うだけでよかったのだ。

 それなのに、自ら色々と動いていた。

 ただ、アメリアのためだけに。

(どうしよう。私……)

 サルジュの顔をまともに見ることができなくて、アメリアは赤くなった頬を両手で押さえて、視線を外す。

 彼が自分のために色々と動いてくれているのは、なんとなくわかっていた。でもそれは友人のためであり、便利な助手を手放さないためであると思っていた。

 けれどサルジュを動かしていたのは、友情ではなくアメリアに対する愛。そのことが、涙が滲みそうになるくらい嬉しくて、まだ信じられずにいる。

(私の片想いだと思っていたのに)

 アメリアも、彼に惹かれていた。

 あれほど何度も助けてもらって、好きにならないはずがない。

 いつだって、アメリアに手を差し伸べてくれるのはサルジュだった。

 そっと視線を彼に戻す。

 熱を帯びた、少し切なささえ感じる双眸は、ただアメリアだけを一途に見つめている。

 サルジュにこんな瞳で見つめられるのは、自分だけ。

 そう思うと、たとえようもない幸福感が胸を満たす。

 自然と、彼を慕う言葉が口から出る。

「私も、サルジュ様のことが好きです。きっと、初めてお会いしたときから」

 あのときはまだ、名前も身分も知らなかった。

 想いを自覚したのは、随分後になってから。

 けれど、誰も信じられなくなりそうな絶望から救ってくれたのは彼で、その度に思いが募っていた。

「水魔法の開発、頑張ります。サルジュ様の傍にいられるように、手伝いではなく共同開発者として、名を残せるように」

 顔を上げ、はっきりとそう告げる。

 決意であり、誓いの言葉を。

「そうだな。ふたりで頑張っていこう。これから先、ずっと一緒に過ごせるように」

 誓いの証のように、サルジュの唇がアメリアの手の甲に触れる。

 それだけで真っ赤になって俯くアメリアを、彼は愛しそうに見つめていた。

「ああ、でも今日は休みだったね」

「はい。サルジュ様はお休みの日です」

 アメリアは当初の目的を思い出して、大きく頷く。

 彼の手を取って走り出したときは、まさかこんなことになるなんて思わなかった。

「だったら少し、休ませてもらう」

 サルジュはそう言うと、最初と同じようにアメリアの肩にもたれかかる。

「え、サルジュ様。さすがにここでは……」

 床に座ったままだったと思い出して、はっとする。

 彼をこんなところで休ませるわけにはいかない。それなのにサルジュは、あっという間に眠りに落ちてしまったようだ。

 やはり最近、無理をしていたのだろう。

(どうしよう……)

 彼にはゆっくり休んでほしい。

 けれどこんな場所で休ませていいものかと、迷う。

 結局昼休みになってユリウスが探しに来るまで、そのままの体勢でいるしかなかった。


「ああ、悪かった。肩が凝っただろう」

 そう言って謝ってくれたのは、サルジュではなくユリウスだ。彼はまだ眠ったままのサルジュを医務室に運んでくれた。

 ようやく彼をベッドで眠らせることができて、ほっとする。

「サルジュは一度寝てしまうとなかなか起きない。最近はほとんど寝ていなかったようだから、このまま放課後まで休ませておくよ」

 そう言ったユリウスは医務室を見渡して、懐かしそうに目を細める。

「アメリアに初めて会ったときも、医務室に来たな」

「はい。足をくじいてしまって。あのときは治癒魔法をかけてくださってありがとうございました」

 あらためて礼を言う。

「気にすることはない。あれはサルジュのせいだから」

「いえ、違います。私が悪いのです」

 慌ててあのときの訂正をする。

サルジュにぶつかってしまったのも、怪我をさせてしまったのも自分の方なのだ。

「そうだったのか。もしあのときの護衛がカイドだったら、ふたりとも怪我をすることはなかっただろうな」

「……カイド様には申し訳ないことをしました」

 突然護衛対象がふたりとも逃げ出したのだから、かなり困惑したことだろう。

「俺からも謝罪しておいたから大丈夫だ。彼を呼んで、放課後までサルジュを見てもらおう」

 サルジュをカイドに託し、アメリアはユリウスと研究所に戻る。

 カイドを置いて逃げてしまったことを、アメリアも直接彼に謝罪した。

 彼は困ったように笑いながらも、大丈夫だと言ってくれた。

「そうだ。研究所は今日から俺が取り仕切ることになった」

 もうすぐに卒業だからと、特Aクラスを受験しなかったユリウスがそう言った。

「ユリウス様が?」

「ああ。サルジュは好きにしてもらっていい。研究所に来てもいいし、以前と同じように学園の図書室にいてもいい」

 一応彼も学生なので、学園か研究所のどちらかにはいて欲しいようだ。ユリウスは卒業後、魔法研究所の、それも所長になるらしい。

 本来ならサルジュの役目だったようだが、彼の負担になるならとユリウスが立候補したという。

(朝にその話をしてから、半日で……)

 彼の対応の早さに驚くが、ユリウスはもともと末弟のサルジュをかわいがっている。すぐに話をつけてくれたのだろう。

 王家の人間というと、あまりにも希少な光属性の魔法を使うこともあり、雲の上のような存在だった。けれどこうして親しく接してみると、家族仲のとても良い、微笑ましい兄弟だ。

「サルジュ様のこと、大切にしているんですね」

「もちろんそうだが、俺が大切なのはサルジュだけじゃない。家族全員だ。マリーエはもちろんアメリアのことも、俺はもう家族のように思っているよ」

 ユリウスがどこまで事情を知っているのかわからない。

 けれど彼は、アメリアとサルジュが水魔法の開発に集中できるように、環境を整えてくれたような気がした。

「ありがとうございます。精一杯がんばります」

 そう言うと、優しく頭を撫でられる。

 アメリアに兄妹はいないが、まるで兄のような優しい手だった。


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