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 サルジュの調子が悪そうで心配だったが、彼はアメリアと一緒に学園に行くというので、そのまま向かうことにした。

 学園に着けばユリウスがいる。彼に任せれば大丈夫だろう。

 到着してサルジュと別れ、教室には行かずにそのまま職員室に向かう。あらかじめユリウスが説明してくれたらしく、授業には参加しなくとも構わないこと。自習室を自由に使ってもよいことを伝えられた。

 一年生で試験を受けるのはアメリアひとりのようだ。頑張れと激励されて頷く。

 そのまま自習室に向かい、時間まで集中して勉強をした。

 マリーエが教えてくれた試験のための問題だったが、思っていたよりも簡単に解けてしまったことに少し戸惑う。

 学園に入るまで家庭教師からと独学で勉強していた内容は、思っていたよりもずっと高度なものだったようだ。

 それでもまだ、サルジュまでは届かない。

 最終的なアメリアの目標は特Aクラスに合格することではなく、サルジュに追いつくことだ。

 もっと広く深く、知識を高めなくてはならない。

 午後の授業時間も終わったようなので、参考書ではなく専門書を借りようと、図書室に向かうことにした。

 自習室を出ると、隣の部屋からも人が出てきた。上級生らしく知らない顔だったが、向こうが軽く会釈をしたのでそれに倣う。

 この学園に入ってから、一般生徒と挨拶を交わしたのは初めてかもしれない。

 もしかしたら、日常を取り戻すことができるのではないか。そんな期待を少しだけ抱いてしまう。

 だが、背後からあまり好意的ではない視線を感じて足を止めた。

 振り返ると、面倒なことになりそうな予感がする。

 そのまま立ち去ろうかと思ったが、向こうから声をかけてきた。

「あの」

 呼び止められて、アメリアはゆっくりと振り返る。

 両手をきつく握りしめ、必死な様子で声をかけてきたのは、なかなか可憐な容姿をした美少女だった。

 肩くらいまでの艶やかな茶色の髪に、緑色の瞳。

 その姿には見覚えがある。

 図書館でリースと遭遇したときに、彼が連れていた令嬢だ。たしか、カリア子爵家の令嬢のセイラという名だったと思い出す。

 まだ授業は終わったばかりで、たくさんの生徒が周囲にいる。そんな中で声を掛けてくるとは思わなかった。

「はい。何か御用でしょうか?」

 困惑したように答えると、セイラは思いきったようにアメリアに告げる。

「……リースを、解放してあげてください」

 彼女の第一声は、直球だった。

「解放?」

 アメリアは困惑しながら首を傾げてみる。

「私達のことを、許せない気持ちはわかります。どんな償いでもするつもりです。だから、もうリースを苦しめないでください……」

 思い詰めたような瞳に、勇気をふり絞ったような口調。

 もしかして彼女はリースの共犯者ではなく、周囲の人達のように、彼の嘘を信じ込んでしまっているのではないか。

 アメリアでさえ、そんなことを考える。

 だが、彼女は二度もリースと一緒にアメリアの前に現れた。何も知らないはずがない。

 エミーラのことで、アメリアにサルジュやユリウスが味方になったことを知り、自分達が不利になったことに気が付いたのだろう。

「あなたはどなた?」

「……」

 周囲から聞いただけで、彼女から直接聞いたことはない。そう思って尋ねると、泣き出しそうな顔をされてしまう。

これでは、まるでアメリアが彼女を苛めているようだ。

「……ごめんなさい」

 彼女が泣き出す前に、先に謝罪をした。

「本当に知らないの。だから教えてほしい」

 セイラはそんなアメリアの言葉を完全に否定した。

「そんなはずがないわ。だってリースがあなたに手紙で謝罪をしたと言っていたもの。私とのこともきちんと説明して、許してもらえるまで謝るからと言っていたわ」

 周囲の生徒達がざわめいている。

 ここで否定しなければ前に逆戻りだと、アメリアも声を上げる。

「私が聞いたのは学園内のある噂だけで、肝心のリースからは何も聞いていないわ」

「嘘よ。じゃあどうしてリースから逃げたの? 話し合いもさせてくれないって、彼は困っていたわ」

「そんなの、当たり前でしょう?」

 冷静にならなければと思っているのに、答える声が震える。

 入学してから今までのことがひとつずつ思い出されて、涙が零れそうになる。

「どうして私がいない間にあんな噂を広めた人と会いたいと、話し合いがしたいと思うの? もうリースなんていらない。私だって婚約を解消したいの」

 だが、アメリアとリースの婚約は家同士が決めたこと。

 アメリアが嫌だから、リースが他に好きな人ができたから。そんな理由で解消することはできないのに。

「アメリア」

 タイミングを図っていたのか。リースがふたりの傍に駆け寄ってきて、セイラを庇うように前に立つ。

「もうやめてくれ。君を愛せなかったのは僕が悪いが、セイラに罪はない」

「……リース、ごめんなさい。私のせいで」

 リースとセイラはアメリアの目の前でそっと寄り添い合った。

 あらかじめ、ふたりで申し合わせていたのだろう。

「何を言っているの? 私はリースの愛なんか必要としていない」

「だが、土魔法は必要だろう? そのためにレニア伯爵は、サーマ侯爵家に多額の金を払って僕を買ったのだから」

「ひどいわ。お金でリースを縛り付けるなんて」

 セイラがリースに抱きつき、非難の目をアメリアに向ける。

 レニア伯爵家が元々優れた土魔法の遣い手であったこと。これが先々代当主の結婚によって失われたことは、有名な話だ。

 金の力で愛するふたりを引き裂いたのか、と誰かが呟き、それをきっかけに周囲がざわめいていく。

 何も言えなくて、アメリアは唇を噛み締める。

 父が土魔法にこだわっているのは本当のことだ。

 さらに父は、リースとの婚約のためにサーマ侯爵家に多額の金を支払っている。

 けれど貴族社会ではよくあること。むしろ向こう側が婚約を盾に、資金提供を願ったのだ。

 何も言えないアメリアに対して、セイラが勝ち誇ったように笑った。

 その瞬間。

「……どうするの? このままだと、せっかく流した噂が無駄になるわ」

 そんなセイラの声が聞こえてきて、思わず顔を上げる。

 だが、目の前にいるセイラも戸惑ったような顔をして周囲を見渡している。

 少し離れたところに、もうひとりのセイラがいた。

 彼女はリースの膝の上に座り、甘えるように胸に擦り寄っていた。

 そんなふたりの姿を見て、周囲からも驚きの声が上がった。

(これって……)

 ユリウスの再現魔法かと思った。

 だがこれはただの映像ではなく、もうひとりセイラがいるかと思ったほど鮮明なものだ。

「あの女が入学する前に徹底的に噂を流して、孤立させるまでは上手くいったのに。どうしてあのふたりが、味方をしているの?」

 憎々しげに言うセイラに、可憐な美少女の面影はない。

「私はリースと暮らせるなら、正式な結婚じゃなくてもいいよ。むしろ実質的な妻は私で、あの女には領地のことを色々とやらせればいいじゃない。レニア伯爵家って、結構お金持ちみたいだし」

 そう言って笑うセイラの姿に、現実の彼女が青ざめた。

「う、嘘よ。私はこんなこと言っていない……」

 そんなセイラに口づけながら、もうひとりのリースは言う。

「そうだな。向こうは何が何でも土魔法を取り入れたいだろうから、もっとアメリアを追い詰めて、懇願させればいい」

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