その3
「すまない。サルジュを連れて帰ることはできなかった」
戻ってきたユリウスは、最初にそう謝罪してくれた。
彼もまた、かなり慌ただしく動いていたらしく、髪や服装が珍しく乱れていた。それに気付いたマリーエが、そっと直してあげている。
「いいえ。ありがとうございました」
アメリアもそう言って、ユリウスをねぎらう。
あのサルジュのことだ。すでに魔法陣の解析に集中してしまい、ユリウスの言葉も届いていなかったに違いない。
それに、ユリウスがすぐにカイドを連れてサルジュを追ってくれたお陰で、レニア領の安全も確認されだ。だからアメリアも、サルジュを追って向こうに行くことができる。
「さっそくレニア領に向かおうか。準備はできているか?」
「準備はできていますが、ユリウスは少し休んだ方がよいのでは?」
エストがそう言った。
たしかに彼の言うように、サルジュを呼びに行ってからずっと動いているユリウスは、まだ朝食も食べていないはずだ。
「だが……」
ユリウスはそれどころではないと言いたげだったが、マリーエが注意するように、ユリウスの袖口を掴んで引っ張っている。心配そうなマリーエの姿に、ユリウスも少し落ち着きを取り戻したようだ。
「ユリウスはマリーエと、少し休憩してから来てください。私とアメリアが先に向かいます」
エストはそう言って、アメリアを見た。
「はい」
その視線を受けて、アメリアも頷く。
「向こうにはカイドもいますから」
そう言われて、ユリウスも従うことにしたようだ。
アレクシスと同い年のカイドは、普段は自由な王族に振り回されていることも多いが、やはり彼に対する信頼は厚いようだ。
「わかりました。兄上、サルジュを頼みます」
「ええ。もし言うことを聞かなくとも、アメリアがいれば大丈夫でしょう」
「は、はい」
やや緊張しながら、アメリアは頷いた。
サルジュには自分がいるから大丈夫。そう言われるのが目標だったが、いざ言われると、その責任を自覚してやや固くなってしまう。
「大丈夫だ。アメリアに嫌われるぞ、と言えば、サルジュは大抵のことは聞き入れる」
ユリウスが笑いながらそう言い、エストも頷いた。
「たしかに、確実ですね」
「そんなことは……」
アメリアがサルジュを嫌うなんてあり得ない。
慌てて首を横に振るアメリアを、ユリウスもエストも微笑ましく見守っていた。
ふたりとも、アメリアが緊張していることに気が付いて、それを和らげてくれたのだろう。
「では、先に行きます。ふたりは充分に休んでから、来てください」
「わかりました。兄上も気を付けて」
「ええ。もちろんです」
エストは頷き、アメリアを見た。
「移動しますね」
「はい」
呪文も魔法陣もなく魔法が発動し、次の瞬間には、懐かしいレニア領にいた。
王都よりも冷たい風が吹いている。
アメリアは慣れているので平気だが、あまり体が丈夫ではないエストは大丈夫だろうか。
心配になって彼を見上げると、エストはアメリアの視線に気が付いて、にこりと微笑んだ。
「風魔法で調整しているので、大丈夫ですよ。アメリアにもかけておきましょうか」
そう言って、軽くアメリアの手に触れる。
するとたちまち体を包み込む空気の温度が変わる。
「温かい……」
ここよりも気温の高いベルツ帝国で、サルジュがアメリアの部屋にかけてくれた魔法と似ている。
きっと光魔法も併用して使っているのだろう。
「この魔法は、なかなか便利ですよ」
エストはそう言って、周囲を見渡す。
「さて、ここがレニア領で間違いありませんか」
「はい」
アメリアは頷いた。
少し離れたところに、生まれ育った屋敷が見える。
そこまで歩いて移動して、父か母に状況を聞くことにした。
「ああ、アメリア様」
屋敷に近付くと、いち早くアメリアに気が付いた屋敷の者が、母を呼んでくれた。
慌てて出迎えてくれた母に、父は農地を回っているサルジュに同行していることを聞く。
もう少しで帰って来るらしいので、入れ違いにならないためにも、屋敷で母の話の聞きながら待つことに決めた。
「真夜中に、急に農地の方に眩しい光が現れて……」
母は、当時のことを詳しく語ってくれた。
それは、深夜のことだった。
何となく目が覚めた母は、外が昼間のように明るいことに気が付いて、慌てて窓に駆け寄った。時刻を確認したが、まだ真夜中だ。
光っているのは農地だったことから、父を起こして、そのことを伝えた。
父はすぐに農地に向かおうとしたが、真夜中だったこともあり、間もなく光も消えてしまったことから、朝になってから確認することにしたようだ。
すると、収穫間際だった穀物がすべて消えていたのだという。
そして、何もなくなった地面には、大きな魔法陣が浮かび上がっていた。
父も母も、すぐに確認しなかったことを後悔したようだが、その光が魔法ならば、近付くのは危険だった。
穀物と同じように、父と母も消えてしまったかもしれない。
「そうですね。近付かなかったのは賢明でした」
エストも、そんなアメリアの懸念に同意してくれた。
それでも、収穫寸前だった穀物が消滅してしまったことは、両親にとってはかなりショックだったようだ。
アメリアはそんな母を慰めながら、サルジュの帰りを待つ。
しばらくして、ようやく父が戻ってきた。
アメリアとエストの姿を見て、心底安堵した様子で、サルジュはまだ農地に残っていることを教えてくれた。
一度屋敷に戻って休むように言ってもなかなか聞き入れてくれず、ユリウスが戻ってきてくれることを期待して、先に屋敷に帰ってきたようだ。
「たしかに、魔法陣はいつまでも残っているものではありません。その前に確認したいのはわかりますが……。アメリア、連れ戻しに行きましょうか」
やや呆れたようにそう言うエストに頷き、アメリアはサルジュがいる場所に向かうことにした。
※本日、コミカライズ更新日です。
https://drecom-media.jp/drecomics/series/konkake
ユリウス初登場です!
とても丁寧に描いていただいておりますので、ぜひご覧ください。
よろしくお願いいたします!