コミカライズ連載開始記念特別編・その1
本日より、コミカライズ連載が開始しました。
DREコミックス
https://drecom-media.jp/drecomics/series/konkake
作画はあおいれびん先生です。
コミカライズ開始を記念して、特別編を開始します。
(短編の予定でしたが、少し長くなりそうな予感が……)
コミカライズに合わせて更新する予定ですので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!
窓を開けると、冷たい空気が部屋の中に入り込んできた。
季節は秋になろうとしている。
(クロエさんは、大丈夫かしら?)
寒くなってきた。
そう思ったときにアメリアが考えたのは、南方にあるジャナキ王国から留学しているクロエのことだった。
彼女はいずれこの国の第二王子であるエストと結婚する予定だが、やはり南方出身のため、寒さが苦手のようだ。きっとクロエの部屋には、もう暖炉の火が入っていることだろう。
でも大陸の北側にあるこの国でも、さらに北方にあるレニア領出身のアメリアには、このくらいの寒さは身に馴染んだものだ。
むしろ昨日の夜は、ベルツ帝国から届いた魔法の資料に熱中してしまい、少し寝不足だった。だから、冷たい空気で頭がすっきりとするくらいだ。
(それに、毎年のことだから……)
王都でも気温は数年前から下がり続け、今年の夏も雨が降り続いて、肌寒い日が続いている。
それでも、今年の春にアメリアの夫となった、第四王子サルジュの研究により、食糧事情は改善されつつある。
父からの手紙にも、昨年以上の収穫量が見込めると書かれていた。
そろそろレニア領でも、穀物の収穫が始まる。サルジュの研究の成果でもあるので、今年もふたりで向かうつもりだ。
アメリアは、学園を卒業しても帰ることのなかった故郷を思う。
当初の予定では、卒業後は領地に戻り、長年の婚約者と結婚する予定であった。そうなっていたら今の季節は、農作物のデータの収集に集中していただろう。
領地のためというよりは趣味のようなもので、父にも元婚約者にもあまり興味を持ってもらえなかったが、それでも習慣になって、ずっと続けていた。
それがサルジュに必要とされ、彼の研究に大いに役立つことができたのは、アメリアにとって誇りでもあった。
最近は父も、そのデータを活用してくれるようになっていて、それも嬉しい。
レニア領はアメリアの故郷なので里帰りではあるが、それでも公務である。ビーダイド王国の王子妃として、王家の馬車で行かなくてはならない。
そう思うと、少しだけ憂鬱になる。まだアメリアは、王族の一員として扱われることに慣れていなかった。
でもサルジュの兄たちが、それぞれ政治的な事情も含んだ結婚をしている中、アメリアとサルジュは恋愛結婚だった。
もちろんアメリアが、サルジュの研究の助手を勤めているという理由もある。でも、一緒に生きて行こうと決めたのは、ふたりだ。
だからこそ、それに伴う責務も受け入れて、しっかりと公務をこなさなければならない。
「うん。頑張ろう」
アメリアは気合いを入れるためにそう口にすると、窓を閉めた。
冷たい風は心地よかったが、あまり体を冷やすと、心配性の義姉たちが黙っていないだろう。
とくに、サルジュのひとつ年上の兄、ユリウスの妻となったマリーエは、本当の姉のように面倒を見てくれる。
そろそろ身支度をして朝食に行かないと、心配した彼女が迎えに来てしまうだろう。
アメリアは急いで準備をして、部屋を出た。
ビーダイド王国の王城はとても広く、王族しか立ち入れない居住区域がある。
そこにはサルジュのための図書室や、家族全員で食事をすることができる大きなダイニングルームがあった。
四人の王子たちは、それぞれ王族として忙しい日々を送っているが、朝食のときだけは、なるべく兄弟そろって食事をする習慣があった。
即位を間近に控えた、王太子のアレクシス。
その妻のソフィアと、去年生まれたばかりの息子のライナス。
王立魔法学園の学園長となり、忙しい日々を送っているエスト。
彼はジャナキ王国の王女クロエと婚約しており、来年の夏には結婚式を挙げる予定だった。その頃には、クロエもここに加わることだろう。
第三王子のユリウスと、その妻のマリーエ。
そして第四王子のサルジュと、この春に妻となったアメリア。
四兄弟はとても仲が良く、その妻となったソフィア、マリーエ、アメリアにも、それぞれとても優しく接してくれる。
地方貴族から王子妃になったことで、かなり重圧を感じていたアメリアも、彼らには本音を話すことができるし、何でも相談できた。
もちろんその妻となった女性たちも、本当の姉妹のように仲が良い。
マリーエ考案の『お泊まり会』は、参加者のほとんどが王城に住んでいる今も、開催されているくらいだ。
「おはようございます。遅れてすみません」
そう謝罪しながら部屋に入ったアメリアだったが、まだサルジュの姿がないことに気付いた。
「サルジュなら、今ユリウスが迎えに行きました。アメリアは先に座っていなさい」
エストが優しくそう言ってくれたので、その言葉に甘えることにした。
「はい。ありがとうございます」
「アメリア、少し目が赤いわ。夜遅くまで、本や資料を読んでいたのではなくて?」
「えっと、少しだけ」
隣に座っていたマリーエにそう指摘され、アメリアは決まり悪そうにそう答える。
「ベルツ帝国のカーロイド皇帝が、過去の魔法の資料をたくさん送ってくださったの。それに夢中になってしまって」
「サルジュが遅い理由も、きっとそれだね」
「間違いないですね」
エストがそう言い、マリーエも頷いた。
「そういえば、カーロイド皇帝も、無事にリリアンさんと婚約したそうね」
「はい。そう聞きました」
カーロイド皇帝が送ってくれた資料には、リリアンの手紙が同封されていた。
彼女は、ビーダイド王国の王家の血を引いている。
そのリリアンが、ベルツ帝国の皇妃となる。
ベルツ帝国は、かつて敵対していた国だ。でもこれからはその縁を機に、協力関係を築き上げていくだろう。
かつて独裁者であった父に反対したせいで、幽閉に近い生活を過ごしていたカーロイドには、頼れる味方が少ない。だがリリアンを妻にすることによって、力強い味方を得ることができる。
それだけなら政略結婚のようだが、ふたりは互いに想いを寄せ合っていた。
きっと仲睦まじい夫婦になるに違いない。
リリアンからの手紙にも、彼に対する想いが綴られていた。
この国でも、近々譲位が行われる予定だ。
四兄弟の父であるビーダイド国王は、まだ若くて健康だが、王太子のアレクシスに子どもが生まれたこともあり、王位を退くと決めた。
彼もまた若くして即位し、少しずつ悪化する食糧事情を何とかしようと、懸命に働いてきた。アレクシスだけではなく、他の三人の息子たちも頼りになるため、後を任せることにしたのだろう。
そのため、アレクシスはかなり多忙の日々を送っていたが、それでも毎朝ソフィアと息子のライナスと一緒に朝食を食べるようにしているようだ。
今もソフィアの膝に抱かれた息子に、しきりに話しかけていた。
穏やかで優しい、いつもの風景だった。
「兄上!」
その平穏を打ち破るように、ユリウスの声がした。
勢いよく扉を開いた彼は、そのままアレクシスとエストのもとに駆け寄る。
あまりの権幕に、ライナスが泣き出してしまい、ソフィアが慌ててあやしていた。
「ユリウス、どうした」
「ユリウス様?」
普段は落ち着いている彼の取り乱した様子に、アメリアは思わず立ち上がった。
ユリウスは、サルジュを呼びに行ったのだ。
彼に何かあったのではないか。
青ざめるアメリアの背に、マリーエがそっと手を添えてくれる。
「ユリウス、何があったの?」
マリーエの問いかけに、ユリウスも取り乱していたことに気付いたようで、ゆっくりと深呼吸をする。
「すまない。だが、緊急事態のようだ」
そう言いながら、ユリウスの視線はアメリアに向けられる。
「レニア領地の穀物畑に、巨大な魔法陣が現れたらしい。その魔法陣のせいで、収穫間近だった穀物は、すべて消滅してしまったと報告があった」
「えっ……」
あまりの事態に、すぐに理解することができなくて、アメリアは両手をきつく握りしめる。
「魔法陣だと?」
アレクシスも険しい顔で立ち上がった。
「サルジュはどうしました?」
エストの問いかけに、ユリウスが答える。
「それが、緊急事態だからと、転移魔法でレニア領に向かってしまった。すまない、止める暇もなかった」
サルジュたち四兄弟は光魔法の遣い手であり、属性に縛られない自由な魔法を使うことができる。
移動魔法や遠隔で会話をする魔法も使えるが、緊急事態以外では、使うことを禁じられていたはずだ。
「迂闊な。まだ、どんな危険があるかわからないというのに」
アレクシスはそう呟くと、ユリウスを見た。
「すぐにサルジュの後を追わなくては」
「俺が行きます。アレク兄上は、王城に居たほうがいい」
即位を控えたアレクシスを、どうなっているのかわからない場所に行かせるわけにはいかない。
ユリウスはそう言うと、震えているアメリアを見た。
「アメリアも、ここで待てるか?」
「いいえ。行きます。行かせてください。だって、サルジュ様が……。レニア領が……」
父と母のことも心配だし、何よりも領民たちが懸命に育てていた穀物が失われたと聞いて、黙ってはいられなかった。
今年は去年よりも豊作で、他の国に輸出することもできるかもしれないと期待されていた。それを心待ちにしている国もあったというのに。
「わかった。だが、すぐには危険だ。まず俺が様子を見て来るから、待っていてくれ。一旦サルジュも連れて帰ってくるから」
「……はい」
そう言われてしまえば、アメリアは頷くしかなかった。
サルジュのことも心配だったが、ユリウスの言うように、レニア領地が今どうなっているのかわからない以上、迂闊に行動するべきではない。
今はユリウスがサルジュを連れて帰ってくれるのを、待つしかなかった。
「アメリア」
マリーエが、震えるアメリアの手を握ってくれた。
「大丈夫。すぐにユリウスが連れてきてくれるから」
「……うん」
たしかにサルジュの行動は、無謀だったかもしれない。
だがアメリアは、レニア領の惨事を聞いて、すぐに向かったサルジュの気持ちも理解できる。
あの美しく実った穀物畑は、彼の努力の証なのだ。
アメリアと出会うまでは、周囲の期待を背負ってたったひとりで研究を続けてきた。それが理不尽に破壊されたと聞けば、黙っていられないだろう。
それでも、一番大切なのは彼の身だ。
心配でたまらなかったが、一緒に行けばユリウスの負担が増えるだけ。今は彼を信じて待つことしかできなかった。