表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/124

3-33

 アメリアが学園を卒業してまもなくのこと。

 ビーダイド王国第四王子サルジュと、アメリアの結婚式が執り行われた。

 その日は、快晴だった。

 空は青く澄み渡っていて、やや寝不足の瞳には痛いくらいだ。

「アメリアったら。もしかしてまた、魔法の研究に熱中していたの?」

 朝早く、準備を手伝うために部屋を訪れたマリーエは、心配そうに言った。

「結婚式の前なのに」

「ち、違うの」

 アメリアは首を振る。

「昨日は早く寝ようと思って、夕食後すぐにベッドに入ったのよ」

「それは少し、早すぎたわね」

「でも、全然眠れなくて……」

 いよいよサルジュと結婚すると思ったら、色々なことを思い出してしまって、まったく眠れなくなってしまった。

 結局、空が白くなるまで起きていたというと、マリーエはため息をついた。

「それなら、わたくしの部屋に来ればよかったのに。結婚式前に、友人の家に集まってお泊まり会をするというのも、最近は流行っていると聞いたわ」

「そうね。それがよかったのかもしれない」

 いつものメンバーで集まれば、あんなに緊張して、朝まで眠れない夜を過ごすこともなかっただろう。

「次はそうする」

「……次って」

 呆れたようなマリーエの声に、アメリアは慌てて否定する。

「違うの。わたしじゃなくて、来年の夏に行われる予定の、クロエとエスト様との結婚式のことよ」

 同い年ということもあって、クロエともすっかり親しくなり、名前で呼び合う仲である。

 そんなクロエも、来年の夏にはエストと結婚して、正式にこの国の一員となる。

 彼女も色々なことがあっただけに、結婚式の前は、アメリアと同じく、眠れなくなってしまうかもしれないと考えたのだ。

「ああ、そういうことね。驚いたわ。結婚式の日に何を言っているのかと」

「わたしには、サルジュ様だけだから……」

 顔を真っ赤にしてそう言うアメリアに、マリーエはくすくすと笑う。

「でも、そうね。せっかく特注のベッドを王城まで運んでもらったのだから、たまにはお泊まり会をしないとね」

 ほとんどが王城に住んでいるメンバーで、お泊まり会と言えるのだろうか。

 アメリアは少し考えたが、こういうのは形式ではなく気分の問題だと思い直す。

「今日は結婚式のあとに夜のパーティもあるし、長い時間よ。大丈夫?」

「ええ、もちろん大丈夫」

 アメリアは笑顔で言った。

 たしかに寝不足だが、ずっとこの日を心待ちにしていたのだ。

 朝から時間を掛けて、念入りに身支度をする。

 この日のために仕立てられたウェディングドレスは、小柄なアメリアでも似合うように、義母となる王妃とソフィアが考え抜いてくれたものだ。

 可愛らしいが上品なデザインで、衣装合わせの際には、マリーエもクロエも、よく似合っていると褒めてくれた。

 自分には勿体ないくらい素敵なドレスだと思うが、気になるのはサルジュが気に入ってくれるかどうかだ。

 サルジュがアメリアを愛してくれたのは、主に内面を気に入ってくれたからだと思う。

 魔法や植物学など、興味を引かれるものが同じで、熱中してしまうと周りを忘れてしまうところもよく似ている。

 一緒にいて、心地よい関係だ。

 これから長い年月をともにするのだから、きっとこういう間柄の方が、互いにしあわせになれるのだろう。

(でも今日くらいは、綺麗だと思ってもらいたい。サルジュ様のために精一杯着飾った姿を、見てほしい……)

 そう思っていたのに、ほとんど眠れずに朝を迎えてしまった。

 これではもう難しいのではないかと嘆いたが、王城のメイドたちの腕は見事で、アメリアも驚くくらい綺麗に仕上げてくれた。

「わぁ……」

 鏡を見て思わず感嘆の声を上げたアメリアに、マリーエが笑った。

「そうよね。そう思うわね。わたくしも、魔法をかけてもらったのかと思ったくらいだわ」

 マリーエは最初から綺麗じゃない、と言いかけたが、そういう問題ではないのだろう。

 いつもの自分と比べて、どれだけ綺麗になったのかが、大事なのだ。

 地方の領地から訪れた父と母も控室を尋ねてきて、ウェディングドレスを着たアメリアの姿に涙ぐんでいた。

「アメリアには、私のせいで苦労をかけてしまった。すまない」

 そう謝罪する父に、本当にその通りだと少し思ったけれど、そのお陰で今はしあわせなのだからと思い直す。

「お父様、お母様。今までありがとうございました。レニア領を継げなくて、ごめんなさい」

「アメリアは、もっと大きなものを背負うことになったのだから、気にしなくてもいいのよ」

 母は優しくそう言って、アメリアをそっと抱きしめてくれた。

「それに、あなたがしあわせなら、もう何も言うことはないわ。たまには帰っていらっしゃい」

「うん、ありがとう」

 父は今から号泣してしまい、母に叱られながら控室を出ていく。

 アメリアの両親として、これから色々なところに挨拶に行かなくてはならないようだ。

 地方貴族なのに娘が王子妃になってしまい、苦労をかけてしまうと思う。

 けれど母だけではなく父も、娘のしあわせのためなら、そんなものは苦労とは言わないと笑ってくれた。

 従弟のソルと、婚約者のミィーナも会いにきてくれた。

「お義姉さま、とても綺麗です」

 ミィーナは、アメリアを義姉と呼ぶようになっていた。

 来年、学園を卒業したら、ソルはアメリアの両親の養子となり、アメリアの義弟(おとうと)となることが決まっている。色々と話し合いを重ねたが、ソルには兄弟もいるし、それが一番良いということになったようだ。

 たしかに養子になれば、もうソルはレニア伯爵家の人間だ。その相続に、横槍を入れる者はいなくなるだろう。

 レニア伯爵家はアメリアの結婚によって王家と縁続きになるため、その相続の手続きも複雑になってしまうらしい。

 でもこれでミィーナはアメリアの義妹で、カイドは義兄になる。

 そして、そのカイドの妻となる護衛騎士のリリアーネとも、縁続きになれる。

(お泊まり会のメンバーは、全員親戚になるのね)

 これでは友人同士のお泊まり会ではなく、ただの親戚の集いではないかと、アメリアはひそかに笑う。

 でも大切な友人たちと縁続きになれるのは、とても嬉しいことだ。

「ありがとう。サルジュ様も気に入ってくださるかしら?」

 素直なミィーナなら、きっと正直な感想を言ってくれる。

 そう期待して尋ねると、ミィーナは何度も頷いた。

「もちろんです。絶対に、サルジュ様もお義姉さまに見惚れてしまいますよ」

 はっきりと言ってくれて、ほっとする。

 それでも少し緊張しながら、儀式の開始を待っていると、控室にサルジュが入ってきた。

 サルジュの正装に思わず見惚れていると、彼の視線がまっすぐにアメリアに向けられる。

「あ、あの……」

 何か言わなくては、と思わずそう口にしたが、言葉が出てこない。

「えっと……」

「アメリア」

 頬に、温かい感触がした。

 サルジュの手が、そっとアメリアの頬に添えられている。

「とても、綺麗だよ。他の誰よりも、アメリアが一番綺麗だ」

 一番になりたい。

 そう言ったことを、サルジュは覚えていてくれた。

 式の前に泣いてはいけないと思うのに、自然に零れてきた涙が、頬に触れているサルジュの手を伝って流れる。

「わたしも、サルジュ様が一番です。これから先も、ずっと」

 涙を零しながら、アメリアは微笑む。

「こんなにしあわせな結婚ができるなんて、あのときは想像もできませんでした」

 ――こうしてふたりが結ばれるのは、運命だったのよ。

 そう言ってくれた王妃の言葉が、頭に浮かんだ。

 アメリアも、サルジュと出会ったのは運命だったのだと、疑うことなく信じている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ