エピローグ
こうして、王太子の婚約破棄の茶番は幕を下ろした。
わたくしは、イッポリート王子と婚約しているうちは決して他の殿方とどうこう、と考えた事はないけれど、わたくしの婚約相手が双子の弟の方だったらどんなによかったか、と毎夜溜息をついて、時には涙で枕を濡らしていたという事は否定できない。
一方、フレデリック様もまた、長じるにつれて劣化していくような兄が、ほんの少し先に生まれただけで、わたくしの夫となり王国の将来を左右する、という事にずっと悶々としていらしたそうだ。自分は兄の補佐として生涯を国の為に捧げるのだ、と己に言い聞かせつつも、これくらいは許されるか、と思いながらわたくしを目で追っていた、と告白なさった。
臭気の中でも何人も証人が残っていたし、婚約破棄も真実の愛も正式に認められた。
王太子の位を剥奪されたイッポリートは、己の立場も弁えず愚かな行動をした結果、将来の王妃である女性を傷つけ、王国に大変な被害をもたらしかねなかった……という事で、王族の位も奪われ、真実の愛の相手であるニコレットと共に、辺境に追放となった。
そうして、取り決め通り、わたくしの婚約相手は繰り上がって双子の第二王子のフレデリック様となった。
わたくしたちは、幼い頃から、自分たちではそうとも気づかぬうちに想い合っていた。けれども、お互いの為を思えば尚更、この想いは生涯形にせぬままでいよう、とも考えていた。だから、正直にいえば、最初に定められた兄のイッポリートが自ら離れてくれて、本当に嬉しかった。
わたくしとフレデリック様は22で結婚し、その五年後に父王の逝去に伴いフレデリック様が王位を継いだ。宗主国との関係がこの上なく良好で、豊作続きで国内もとても安定した。
すぐに子宝を授かり、何もかもが幸福だった。
一方、かつての王太子とその真実の愛の相手は、辺境で民と共に畑を耕しているという。
罪を犯し、地位を剥奪されて流されてきたというのに、特権を忘れられずに横着なイッポリートと、犯した罪の所為で世界一口が臭いニコレットは、冷遇され苦労しているらしい。真実の愛を交わした筈なのに、二人の仲も冷え切っているそう。
それでも、イッポリートは容姿だけは優れている。なので、村娘の中には、薄幸の王子を口説き落とそうという者もいるんだとか。まあ、イッポリートは生涯、ニコレット以外の女性と結ばれるのは無理なのだから、いくら愚かでもそこは慎む筈だと思うけれども。
―――
ある夜。
フレデリック王は、下腹部に鋭い痛みを覚えて目を覚ました。記憶にない程の痛みだった。しかし、目を瞑って堪えていると、やがて痛みは退いていった。
(……まさか)
彼は、傍らで眠っている妃ルイーズを起こさぬようそっと寝台を離れ、厠に入る。
下穿きを脱いで確認したが、特に異変はないようで安堵する。
この痛みは、つまり。
(双子は、身体的な痛みを共有するという。過去にも、兄上が怪我をした時に同じ場所が腫れたりした事があった)
自分の身体に傷はないのに痛みを感じる。この痛みは、兄イッポリートから伝わったものだ。しかし、実際に兄が味わっている苦痛は、この程度ではない筈だ……。
流石に、血を分けた兄を少し可哀相に思う。
(兄上。遂に我慢が出来なかったのですね。まあ、我が愛しのルイーズを貶めた罪、まだ許せてはいませんから、つい、兄上好みの巨乳美少女軍団を送り込んでしまった私のせいかも知れませんが……)
この、痛みの共有によって、少しだけ、幼い頃に遊んだ幾度かの記憶が蘇る。双子の兄弟はなんと、遠いところに分かたれてしまったものか。
「兄上……もげてしまっても、凄絶な痛みを知っても、命はある筈です。どうか、健やかに天寿を全うしてください」
と、王は一人静かに祈るのだった。
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