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ゆるふわです。

「ルイーズ・ベルクソン公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する!! 私は真実の愛を誓う相手を見つけた。貴様との偽りの婚約は、もう終わりだ!」


 卒業パーティも中盤に差し掛かった頃、その声は会場に大きく響いた。壇上に現れて高らかに宣言したのはこの国の王太子イッポリート――わたくしが8歳の時に婚約した相手。

 いつもの大仰な動作で金の前髪を掻き上げ――この仕草がすごく優雅で自分に似合っていると思っているみたいだが、その思いがわかり易すぎていつも周囲はうんざりしている――王子は、その指をゆっくりと、目の前に立っているわたくしに突き付けた。

 遂に来たわ。待ちわびたこの瞬間が。

 わたくしは、思い通りの展開にこみ上げる笑いを噛み殺し、表情を変えずに冷静な視線を王子に向けた。


「まあ。こんな場所でそんな事を仰って、本当によろしいんですの? 大勢の方が証人です。後で、やっぱり撤回したいと仰っても駄目ですわよ?」

「な、何を言う。撤回などする訳なかろう!」


 わたくしが慌てふためいて泣いたり取り乱したりする姿を想像していたらしい。王子は若干怯んだものの、後ろにいた取り巻きの侯爵令息たちが、


「あの悪びれない態度……やっぱりニコレット嬢を虐めていたのはルイーズ様に間違いないな」


 と囁き合っているのですぐに気を取り直した。


「撤回なさらない、と。まあよろしいですわ。いちおう、理由を伺っておきましょうか」


 手にした扇で口元を隠したまま、わたくしは、よく『何もかもを見透かすような』と言われる銀の瞳を見開いて、王子をじっと見据えた。王子は苛立ち、


「なんだその態度は?! この王太子イッポリートが、婚約破棄を言い渡しているのだぞ! せめてしおらしく泣いて謝罪したらどうなのだ?! まあ、今更謝ったとて貴様の罪が許されるものでもないが、態度によっては、死罪は許してやってもよいぞ! 私は寛大だからな!」


 と叫んだ。おお、なんとお優しいイッポリート殿下! と背後から取り巻きが持ち上げる。王子は気をよくして笑む。

 ばかじゃないの、と吐き捨てたくなるけど、勿論淑女ですからそんな真似は致しませんよ。


「まああ。死罪? 殿下が、わたくしを、ですか。どうしてわたくしは死罪になるのでしょうか?」

「き、決まっている! 貴様は私の婚約者という立場でありながら、か弱い乙女を陰で陰湿に虐めるような根性の腐った女だからだ! そんな女は私にとっても王国にとっても望ましくない。虫も殺さぬ取り澄ました顔の裏での悪事……皆を欺いた罪は重い。死んで償うべきだと思うからだ!」

「まああ」


 小首を傾げて、わたくしはそれだけ言ってちょっと黙った。


「……どうした、言われた事がわからないのか? もっと平坦な言葉で言わないと理解が難しいか。貴様は才女とか持ち上げられているが、中身は空っぽだからな。優秀な成績とやらは、私の婚約者だという事で忖度された結果に決まっている」


 わたくしが即答しなかったので、調子に乗った王子はそんな事を言う。周りからざわめきが起こる。勿論、王子の戯言を真に受けたからではなく、そんな根も葉もない侮辱を吐ける神経に呆れた者が殆どだと思う。

 学院の成績優良者に対する表彰の審査はとても厳しい事で有名で、いかなる身分や富にも左右されない(落第ギリギリの者への救済は、裏交渉次第で融通がきくという話だが、上位者の選出に関しては、それがそのまま将来の国政に関わるからだ)。

 そもそも、そんな忖度があるのなら、王太子の婚約者であるわたくしを表彰するより先に、平均点以下の王太子の点数を水増しするものではないだろうか??



「ルイーズ、なんとか言ったらどうなんだ」

「あら、申し訳ありません。さすがに、どこから突っ込んだらいいのかと思案していましたわ。まずはお聞かせ下さいな。わたくしはか弱い乙女を陰湿に虐めたのですか?」


 壇の周りには人だかりができ、この騒動がどうなるのか、近くで見届けたいという貴族の子女が聞き耳を立てている。観衆は皆、貴族令嬢の模範的存在であるわたくしがなにかしらの罪を犯したなど微塵も思っておらず、こんな騒動を起こして王太子は一体どうなるのだろうとばかりひそひそ言い合っているようだ。

 そんな空気を読めない王子は、人々が注目している今こそ、宣言する時だと思ったらしい。


「貴様は見苦しい嫉妬に囚われ、この美しくか弱いニコレットを苛め抜いたのだ。その内容は」

「内容はどうでもいいですわ」


 ぴしゃりとわたくしは遮った。見苦しいでっち上げを長々と聞いてあげる程わたくしは心が広くはない。


「それより、そもそもニコレットとはどなたなのです? わたくしの友人ではありませんわね?」


 よくぞ言ってくれたとばかりに王太子は頷いた。


「ニコレットはここにいる」


 と言って、彼は取り巻きの背後に隠れていた、金髪碧眼童顔の、小柄だが豊満な美少女をいきなり抱き寄せた。わたくしとは正反対のタイプだが、こういう女性が王子の好みである事は知っている。


「皆も聞け。私は遂に真実の愛を見つけたのだ。このニコレット……彼女こそ、私を、王太子だからではなく、一人の男として愛して癒してくれる、たった一人の女性、私にとってかけがえのない運命の相手なのだ。将来の私の王妃には、彼女以外の女性はあり得ない!」


 一瞬、広間は、しん、と静まり、そしてまたすぐにひそひそ話が交わされ始めた。

 王太子が真実の愛を誓った。婚約者のルイーズ・ベルトランではない女性に対して! 

 それがどんなに重い事なのか、彼には考える頭がないらしい。『王太子だからではなく、一人の男として』? 今度こそ、必死に笑いを堪えなくてはならなかった。妄想が豊かすぎでしょう? 彼女が、王太子だからこそ彼に近づいたのは、誰の目にも明白なのに。


「あなたは……ニコレット・メナール嬢?」


 現れたわね、と思い、彼女の目を見ると、彼女の方でも敵意丸出しの、そして勝利を確信しているような視線を送ってきた。愚かな。

 しかし表向き、わたくしの問いかけに、彼女は怯えた様子で頷きながら王太子にしがみついた。


(男爵令嬢風情が、なんということを)


 と、見守る人々の間から不快そうな囁きがいくつも漏れるが、王子の耳には届かないようだ。得意げに、愛おしげに美少女を抱きしめている。

 嫉妬の気持ちなど微塵もない。

 今だから思える事だが、8歳で婚約が決まった時から、この王子に好意を感じた事など一度もなかった。いつも王太子の身分、つまりただ与えられただけのものを自らの最大の価値だと思い、威張り散らし、誰でも知っているような知識を偉そうにひけらかし、おべっかを真に受けて悦に入る。

 そんな相手でも、わたくしは王国の為に、彼をしっかり支え、盛り立ててあげるのがわたくしがすべき事と思って、一生懸命寄り添ってきたつもりだ。

 ただ、過去に幾度かした諫言は、全て、子どもじみた癇癪によって退けられ、数か月にわたって他人のいない所で意味の分からない罵倒を受け、しかも諫言した事柄に関してはかえって意地になって悪化する、という結果しか生まなかった。

 それで、わたくしもいい加減うんざりして、もうこの人を向上させようと思うのは時間の無駄だ、それより自分を磨いて国の為に尽くす方が現実的だ、と見切りをつけて、以降はただ王子の言葉は全て適当に褒めて流し、その陰で己は研鑽を積む、という事を繰り返してきた。

 いつも、同じ賛辞の言葉を繰り返し作り笑いしか浮かべないわたくしを、いつの間にか王子が愚かな女と思い込むようになったのは、まあわたくしにも全く非がない、とはいえないのかもしれない。しかし、だからと言って、素性も怪しい男爵家の養女に入れあげて、自分勝手に、王国の未来の為最善という判断で組まれた婚約を破棄するなど、許される訳もない。


 これから、自分が何をしでかしたかを思い知り、たっぷりと悔やむ事になるだろう。手加減するつもりはない。

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