第三十五話 湯煙り
早朝まだ薄暗い中、動きがあった。
目的を持って移動している。テントの様子を伺った間の後で川の方角に。
ちゃぷり
遠慮がちな水の中で身動ぎした音は、川の流れより静かであったが。
なんの音だ?と警戒を起こす程度には、異質な事だった。
魔力も感知し、その場所をのぞけば…
白く滑らかな肌。
風呂に入る水音だったらしいと知るが目を離せないほど美しい。お湯を楽しむように上げられた手。輪郭が朝日に艶めき、麗しいという言葉が頭の中を占める。
そして目が合った。
「おはよう?」
キースの朝風呂は未明から始まっていた。護衛はテントから見守る形にようだ。何か来るという心配より、風呂で寝てしまわないか気にしている護衛。交代で起きていた3人や、今はアレクセイが担当らしい。
挨拶が終わった後、長閑な時間。
「長湯だと、疲れなるって聞いた。」
「そう?温い温度だから大丈夫だよ。読書も捗る。」
明るい朝、セリは風呂に入っていた。朝風呂の気持ちよさに先にいたキースに挨拶をして今は一緒に、湯に浸かっている。
ロードが持ってきてくれた果実水は、冷えていて火照った身体に染み渡る。キースにもついでだという言葉とともに渡されていた。
ロードは入らず、セリに構っていた。キースの存在は気にせず髪をまとめてもらいながら。
「疲れは大丈夫か?」
「ちょっと足が重いかなー。」
「回復湯にする?」
キースの提案で薬湯となった。この濁り湯も見慣れてしまったが、ここは外で魔物も闊歩する。
近寄って来れないみたいだけど。
ガサっと気配や動きがあっても、やべっとばかりに遠ざかって行ってしまう。
「魔物の方が、遠慮している気分。」
対岸もそんな様子。危機を感じる事なくたまに跳ねる魚を見たりとお風呂を楽しんだ。
さっぱりした気分で朝食の準備を手伝いに行った。
キースもそろそろ出るだろう。
「貴人の風呂は危険だ。」
護衛に力が入るのか、ビクトールと交代している。
朝食には、ベンゼルと一緒に手伝って食事。
カナンが起きてきた。
「おはよー」
ぐしぐしと撫でる。
皆に見られた。
「あ。」
これも、人前でやらない習慣だったか。
大人を撫でる、少女。
絵面がちょっと怪しい。
ロードが入るため、問題というほどのことでもないのだが。
猛獣
気を許した関係は、複雑なものを感じる。
「カナン、だらしないワヨ。シャキッとしなさいな。」
シュルトが声をかけたが、そこか?という獣人と人族の感覚の違い。その溝を感じつつも、平和である事には違いなかった。




