何で辞めるんだ
一番じゃなくても、天才じゃなくても人は要ると思うあずみです。うん、そう信じたい信じさせて。
というか、ローターって初期設定時は熱い性格ではあっても、冷徹な判断を下す、もっとビシッとした性格の設定だったんです。
それが、ブチ乗せたらこんな子になってしまった。いやー本当に不思議です。
―――あれは何時だったか、
白衣の男が頭を抱えていた。
そこから少し離れた場所で、保安員の女が耳を抑えてベンチに座っている。
どうやら、度重なる出動の中、雷やら残存魔力の爆発音に耳をやられたらしい。
それに対し、白衣の男は、Fether Protectorに振動がああだの消音機能がどうだの、ぶつぶつ言っている。
また別の時は、残存魔力の渦に巻き込まれてPrtector内でシェイクされた保安員が、泣きながら自分の相棒に謝っていた。
どうやら中で振り回された時、自分の体重で相棒の手足を骨折させてしまったらしい。
その時も、男は同じように頭を抱えていた。
緩衝材を使おうだの、いや、代わりに気圧の操作をだのと、ぶつぶつ言っていたのだった。
そして、ある日とうとう男は机に突っ伏し、唸る様にこう言った。
―――俺は此処に居る資格など無い
死んだ奴だって居たんだ。
何時も何時も、誰かが傷ついてからばかり直しているんだ。
そう言って彼は保安課から姿を消したのだった。
それに自分はこう言った。
―――い、
いやいやいやいや、まってくれ。そもそも資格ってなんなんだ?
まず天候保安課自体が急拵えの組織で、対策だって手探りの後追いだ。それに発足当初は今よりももっと酷い装備で出ていかなくてはならなかったらしいが、お前さんが改良してきて今があるっていう話しだろ!?・・・なのに!
「お前が辞めてどうなる!」
そう噛みつくローターに、フィーリアが絶対零度の視線をローターに向けた。だがそんなものに負けじとローターが続ける。
「さっきも言ったがお前が辞職する必要はない!それに、お前は奴等の要求をのんで天候保安課にFrail Guardianの使役を中止させろってのか?」
対して、フィーリアは実に淡々と冷静な口調で返していた。
「いいえ、そっちの要求は私ものまなくていいと思うわ、けど私の辞職は構わない。だって私はこれで二度もFrail Guardianを危険に晒したHost Animalだもの。そんなものHost Animal失格よ」
二度?と明人が眉を顰める。だがローターはそんなフィーリアに対し、腰に手を当てふんぞり返り、見下すように言った。
「それがどうした、どんだけ対策したって驚異はあちらから勝手にやってくる。その対策以上の力でぶん殴られて、無事でいられる訳がないことも分からない程、あんたは馬鹿じゃあないだろう。だから今回は教団が悪い、全面的にあいつらが悪い!お前は悪くない!」
うん、いや、言い方、お前言い方!と明人が怪訝な目をローターに向けるが、フィーリアは淡々と返した。
「例え教団側が悪くても、結果的に私はあの子を守れなかった。どんな脅威からもFrail Guardianを守ってこそのHost Animalでしょう?でも私にはそれが出来なかった。だからレベッカにも、私じゃなくもっと強いHost Animalを宛がった方があの子の為だし、教会側とはそれで交渉して手を打ってもらえばいい」
ぐっと憎々しげにローターの目に険が宿る。
「向こうだって全ての要求が通るとは思ってない筈よ。大丈夫よ、私さえいなくなれば、きっと教会は手を引くわ」
悪名高いFrail Guardian潰しを辞職させて、その野生種を保護出来たとなればね、と顔色も変えずフィーリアが言った。
Frail Guardian潰し?と明人が思っている横で、その言葉を聞いたローターは更に表情を険しくし、此方を見たかと思えば突如フィーリアを指さし「明人もなんとか言ってくれ!」と叫んだ。
何とかって何だよ!?とのけ反りながら面食らう明人たが、ローターは見逃してくれるつもりはないようだ。だらだらと冷や汗をかきながら、明人が慎重に言葉を選ぶ。
「あのさ、事情は分かんないけど、彼女自分の相棒を不当に誘拐されたんだろ?された側がなんで退職って話になってるんだ?」
明人は自分の疑問をただ口にしただけだったが、ローターはその言葉に「そうだ!だからお前が退職する理由になんかならん!」と胸を張っている。こいつはもうダメだ、何となく明人がそう思っていると、フィーリアもローターには構わず氷の視線を明人へと向けた。思わず明人の背筋が伸びる。
「言っているでしょう、私はHost Animal失格なの、そんなものがHost Animalで居続けるなんて、色々と不都合だってあるのよ。分かったら黙っていて頂戴」
その視線に背筋が凍り付く様な気がしながら思った。色々ある……大人の言うこれには大体碌な理由はない。多分この辺に何かしらのわだかまりがあって、ローターもこうも噛みついているのだろうが……明人は努めて自分を落ち着かせる様に促し、続ける。
「……色々ね。確かに俺は詳しい事情もこの国の常識なんかも分かんないし、何も言えないかもしれないな。ただレベッカは?」
「だから、レベッカは教団が新しいHost Animalを……」
「いや、そうじゃなくて、レベッカ自身はどう思ってるんだって話だよ」
「……?」
「ちゃんとそういう話しはしたことあるのか?」
動物相手に話しとはと思わないでもないが、これまでFrailという動物を見てきて、例え言葉ではっきりと会話は出来なくても、お互いに意思疎通をしようと努力すればそれに近い事は出来るような気がしたのだ。そう言った事も含めての「話し」という表現だが、恐らく彼女には通じるだろう。
その事を示す様にフィーリアの顔色が一瞬変わった。たがすぐに元の無表情に戻ると、落ち着いてこう言った。
「……きっとあの子も、その方が良いとすぐに気付くわ。なんだったら、もし野生の動物がHostになれば、あの子もずっと野原にいられるし」
その言葉を聞いて、明人が何かに気が付く。
……そうか、
居なくなる奴っていうのは、そんなことを考えたりもするのか、と胸中で呟いた。
ただ、その会話を聞いていたローターの握り拳が震えていた。明人がそれに声を掛ける。
「おい?」
そのままローターは拳を机に叩きつけた。ぎょっとする周囲に構わずローターは激昂していた。
「それで何がどうなる!?」
心底納得がいってないのだろう、まるで糾弾でもする様にフィーリアを睨みつけた。
「野生の動物がHostにだ?お前がそこいらの草食動物より弱い訳がないだろうが!しかもそんな事でうちのエースが欠ければ現場はどうなると思ってんだ!?居なくなれば他の職員の負担も増える!全く何故あいつも、あいつも、お前も、そうやって変な責任を背負い込んでいなくなろうとするんだ!?お前はよくやっている!自覚しろ!お前が辞めて良い事なんぞ一つも起こらん!」
エースなのか!?と明人がフィーリアに向き直る。流石野生種に選ばれし強者……確かにそれは保安課としてもキツイだろう。特に現場の人間が、と、今はそんなことを言っている場合ではない。そしてだから言い方!
「……つか、草食動物より強いって」
思わず呟いた明人に「牛より強いぞ!」と力強くローターが肯定した。駄目だ、こいつ絶対モテないだろう。ローターはそのままの勢いで捲し立てる。
「今回お前を辞めさせて表面上取り繕ったって、どうせまた同じ様な問題は起きてくる。ならば、もっと保安課全体で問題に対処して教団に掛け合うべきだ、それが今後にも生きてくるだろう。だから諦めるなフィーリア!」
「私は……」
一拍おいて、深く息を吸いフィーリアが答えた。
「悪いけど、保安課より何より……レベッカの事を一番に考えたいのよ」
その言葉に、ローターが一瞬だけ傷ついた様に目を見開いた。それはフィーリアが保安課よりレベッカを優先させた事に対してではなく、何かもっと別種の反応の様であった。
そして眉間に皺を寄せ、悲しそうな目を彼女に向ける。
「お前……まさかまだエイデンの事を引き摺っているのか?あれは事故だ、お前のせいじゃない」
エイデン、その単語が出るなり、フィーリアの顔色が変わる。同時にローターの肩にいたブチも弾かれた様に反応した。
「あいつだってお前を―――」
「黙って」
フィーリアが低く告げ、ローターが言葉を止めた。
極寒地獄の様な目でフィーリアがローターを睨みつけている。
そんな一触即発のその状況下、明人がふと視線を感じる。その視線の主は、ブチだった。
ブチは悲しそうな、すがる様な目で明人を見ていた。その目を見て、明人は無理にでも軽く微笑んでやることで返事をする。
―――わかっかてるよ、
お前のHost Animalは別に誰の事も傷つけようとなんてしていない。
ただ、
「お前ちょっと頭冷やせよ」
「明人・・・」
「多分その先は危ないぞ、ブチ見ろ」
はっとした様にローターがブチへと目をやる。そして心配そうな顔をしたブチと目を合わし、ぐっと何かを呑み込むような顔をして、ローターが黙る。
そして絞り出すように続けた。
「どうしても辞めるってのか・・・」
「ええ」
フィーリアの返事を聞いてローターがついに沈黙する。するとさっさとフィーリアは踵を返してしまった。
「話しは済んだわね、それじゃ、私は私の意向を上司に話してくるわ。安心して、貴方達に迷惑は掛けないから」
それをローターは黙って見送っていた、が、
ふと、明人が違和感に気付き彼の肩を見た。
するとそこにいた相棒は先程よりも悲しそうな、すがる様な目で明人を見ていた。
それを見るなり、ざっと背筋に嫌な予感が走り、ローターを見た。
すると彼は今正に何かを言おうと息を吸っていた。
まずい!
「おい!」
明人が声をあげると、ローターははっとした様に目を見開き、そのまま再び黙り込んだ。
何を言おうとしていたのかは、分からない。
彼の顔が悔しさに歪む。
沈黙した肩が震えていた。
この前来た時と同じ体制で食堂の席に座る。この間と違う事と言えば、明人の前に軽食が置かれている事と、ローターがふて腐れた様な表情を浮かべている事だろうか。
「……落ち着いたか?」
「ああ、みっともないとこ見せて悪かったよ……」
頬杖をついて、ぶすっとした表情を浮かべるローターに、明人が言う。
「俺は気にしてないよ、事情も分かんないで突っ込んでこっちこそ悪かったな」
まあ、お前に促されたからなんだけど、とは言わず、サンドイッチを口に放り込むと、ローターが口を開いた。
「……フィーリアは本気で辞職するつもりだ」
「ああ、そうだな」
気休めを言っても仕方がない。素直に明人が返事をすると、ローターがいつになく真剣な顔をしていた。
「さっきも言ったが、あいつが辞めたって何にもならん、辞めるだけ損だ。だがあいつは自分に降りかかる批判から、保安課にまで批判が来る事を気にして、挙句レベッカを守れなかった事にまでいらん責任まで感じている」
批判?と明人が眉根を寄せる。
「だから天候保安課全体で何とかするよりも、自分一人職を辞して、事を納めるつもりなんだろう。そうすれば教団以外にも喜ぶ奴等がいると知っているからな、その事からも保安課はそこまでの非難はされない」
「……そう言えばさっき、Frail Guardian潰しだの、二度Frailを守れなかったの言ってたな。それが何か関係あるのか?」
ローターが視線を明人からそらす。そして気まずそうに、口早にこう言った。
「……今のフィーリアの相棒のレベッカは、二代目だ。フィーリアは、その前に一匹Frail Guardianを殉職させている」
サンドイッチを放り込む明人の手が止まった。
「それがエイデン、枝状の角を生やした、雄のFrail Guardianだ。あいつは、そうだな……」
複雑なものがあるらしく、上手く話せずにローターが口を閉じてしまう。それに明人はこう言った。
「……全部聞くから話してくれ、上手く喋れなくてもいいから」
頼むから、と我知らず口に出ていた。
その言葉に疑問符を浮かべたローターだったが、深く息を吐くと、何とか言葉を探ろうと努力する。
「……そうか、それなら」
そしてローターは少しずつ、口を開き始めた。
ひつじのはね様
小説「もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた」web版→小説家になろうhttps://ncode.syosetu.com/n7009fc/
書籍化もされているのでそちらも是非!もふもふと、冒険と、飯テロ小説です!
羊毛フェルト作品→ひつじのはねhttps://sheepswing.theshop.jp/
どちらも幻獣好きは必見ですよー。